『人間五十年リスト』 22頁目
96【ジャマール・アブダル・ナセル(Jamal Abd al Nasir) (1918-1970)、52歳】
エジプトの軍人・政治家・大統領。郵便局員の子として生まれる。
早くも中学生のときに反英デモに参加し、民族主義にめざめた。
第二次世界大戦では北アフリカ戦線に参加。その後パレスチナ戦争で負傷した。
1952年七月革命により王制を打倒し、56年大統領に就任。スエズ運河を国有化した。
後年はパレスチナ問題に苦慮し、70年イスラエルによるヨルダンのパレスチナ人弾圧事件(黒い九月)の調停にあたっている最中に急死した。
97【ジョージ・フランシス・フィッツジェラルド(George Francis FitzGerald) (1851-1901)、50歳】
アイルランドの物理学者。
ダブリン大学の教授を勤めながら、光の電磁理論の研究を行い、1895年にマイケルソン・モーリー光速度測定実験の結果から、「エーテルの中で運動する物体は、進行方向に対してわずかに長さが縮む」というフィッツジェラルドの収縮仮説を唱えた。
同時期、オランダのヘンドリック・ローレンツも同様の仮説を唱えたので、「フィッツジェラルド・ローレンツ収縮」と呼ばれる。
98【オー・ヘンリー(O.Henry) (1862-1910)、48歳】
アメリカの短編小説家。本名William Sydney Porter。
薬屋、牧場、銀行などの職を転々とし、公金横領罪で訴えられて、南米に逃亡した。
98年に妻の臨終を知り、放浪生活をやめて帰国し、入獄した。
3年余模範囚として服役し、オー・ヘンリーの筆名で雑誌に寄稿した。
出所後、ニューヨークに暮らし、風刺の利いた人間味あふれる短編小説を発表した。
代表作に、『賢者の贈り物』、『最後の一葉』、『キャベツと王様』など。
99【キャプテン・クック(Captain Cook) (1728-1779)、51歳】
イギリスの探検家、軍人。本名James Cook。
7年戦争に従軍した。ニューファンドランドやラブラドル沿岸を踏査した。
ソシエテ諸島を発見した。クック、クリスマス、ハワイ諸島を発見した。
ベーリング海峡を越えて極北の地を探検し、再びハワイにもどったところ、原住民に殺害された。
100【孟浩然(689-740)、51歳】
中国、唐中期の詩人。字も浩然。湖北省襄陽の生まれ。
若いころから襄陽郊外の鹿門山で隠居生活を送った。
40歳になって長安に出て、科挙試験を受けるが落第した。
各地を放浪し、王維や李白と親交を結び、自然詩人として名を馳せた。
作品に『孟浩然集』があり、なかでも「春暁」が最もよく知られる。
−−春暁 孟浩然
春眠不覚暁
処処聞啼鳥
夜来風雨声
花落知多少
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