随想録『パラボラ・アンテナ』
★P−111
人間は収集し、分類し、整理したがる動物である。
形あるもの、色を持つもの、音を発するもの、人間は身の回りにあるものは何でもかき集めた。
古今東西、人間の思考の博物館に収納されなかったものは何一つない。
物質や現象や時間の流れさえも、時空間に存在するものは片っ端から集め、博物館に収めた。
しかし、人間が思考の博物館に収めたものはことごとく概念であり、ミイラである。
本当の事物は標本化され、防腐剤を施され、博物館の棚で干涸らび、形骸化している。
その中では、人間の観察に好都合なように、空間は歪み、時間は凍りつき、細胞は死滅し、原子核は崩壊するのである。
しかし、博物館の外で、子供が次のような問いを発したとき、果たして誰が正しく答えられるだろうか?
「月までの距離はどうやって決めるの?海の広さはどうやって決めるの?一日の長さは誰が決めるの?」
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あらためて言うまでもないことだが、この世界、われわれの宇宙は、空間と時間が分かちがたく結びついたものである。
空間は知覚の幻影、時間は意識の幻影である。
空間と時間が結びついた認識だけが現実世界である。
しかし、空間が広大で物質が膨大なものだから、人はとかく空間に知覚を奪われ、時間は細い一筋の道であるかのように思いこんでいる。
だが、時間は時空座標の太い鉄骨なのである。
数式で時空座標は全反転して考えることができる。
だが、現象としての時空間は反転させることができない。
数式でビッグバンを描き出すことは可能だが、ビッグバンの現象を再現することはできない。
恒星や惑星だけが宇宙ではない。
人体の細胞やDNAも時空の記憶を宿した宇宙である。
それらを数式や理論で都合よく反転させることはできない。
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−−現実は、時間と空間が分離しないでつながっている四次元の世界である。私たちは経験により、直感的に時間と空間の性質を分けて考えるが、直接の経験から物理学が導き出そうとする客観的世界に、この性質の違いは介入しない。それは、「時間」でも「空間」でもない四次元の連続体なのである。
ヘルマン・ワイル 『数学と自然科学の哲学』
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「宇宙」という漢字は、「宇(上下四方の限りない空間)」と「宙(過去現在未来の限りない時間)」から作られている。
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−−曰く、遂古の初は、誰かこれを伝道せる
上下未だ形あらず、何に由りてかこれを考うる…
屈原 『天問』
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現代は、多くのメディアで多くの思想が氾濫している。
多くの思想は多くの人生観と言い換えてもよいだろう。
誰もが他人と違った独自の人生観を持っている。
誰もが競争心に駆り立てられたように、様々な人生観を所かまわず告白する。
それらが、雑誌やTVやメールやインターネットによって大量に流布している。
しかし、あまりに饒舌な思想は、ほとんど人々の心にとどまることなく、いつのまにか時間の彼方に消え去って行く。
饒舌な思想は、沈黙の思想と変わらない。
何でもそうだが、思想も人の心に残るためには、できるだけ短い方がいい。
私の受容能力は貧弱で、人生はあまりに短い。
私は、一体誰の思想に耳を傾けたらいいのだろう?
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あなたは、生きていることが楽しいですか?
ところで、あなたは他人を感動させるようなことを何かしましたか?
一度も?あなたの人生で一度もないって?
あなたは、生きていることが無意味だと考えたことはありませんか?
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