随想録『パラボラ・アンテナ』
★P−107
五十歳になって、私は、内臓、呼吸器、神経系などさまざまな病気に悩まされている。
むしろ、人間個体として生まれたときから、ずっと病気を抱え込んでいたのではないかと思われる。
人間個体として、そもそも完全に健康な状態など、一瞬でもありえるのだろうか。
むしろ、健康な状態が異常であり、病気になっている状態が正常なのではないだろうか。
誰かがこんな箴言を吐いていた、「人間は病いから癒えることはできない、病みつつ生きることしかできない」
−−かつて有益だった遺伝子が環境の急変で有害になることもある。「倹約遺伝子」がその代表とされる。飢餓の危険にさらされてきた生物が、少ない栄養で効率的に生きるために進化させたとされる遺伝子。飽食の時代、それが肥満や糖尿病を引き起こす。
この「倹約遺伝子」仮説は62年、米国の遺伝学者ジェームス・ニールが提唱した。90年代、関係するとみられる遺伝子が見つかり始めた。「β3アドレナリン受容体」「PPARγ」という脂肪細胞のエネルギー消費や肥大化を調節する遺伝子だ。
(中略)
なぜ人は病気になるのだろうか。「進化医学」はその答えを、体内に刻まれた約38億年の生命進化の歴史に探り、病気とのつきあい方を再考しようとしている。
朝日新聞 2001年10月17日夕刊「DNAに刻まれた38億年 病の起源」
★
☆
人類が戦争を止めないのは、生まれながらに闘争本能がヒトゲノムに刻み込まれているからである。
遺伝学者が言うように、第七染色体上に存在するのかどうかは分からないが、闘争本能の遺伝子は確かに存在する。
その遺伝子が人間の行動をも決定している。
だから、人間は自らの闘争本能を自らの意志で自由にコントロールできないのである。
その遺伝子は人間に活力と破滅をもたらす諸刃の剣である。
人類はこの諸刃の剣を自由にコントロールする分別をいつ身につけるのだろうか。
★
☆
強靭そうに見えるがちょっと切るとすぐに血を噴き出す柔らかい皮膚と、頑丈そうに見えるがちょっと叩くとすぐひび割れる脆い骨格を持ったあなた!
生まれたときから自由で、能力は無限で、行い正しく、動物界の霊長類などと自惚れ、世界をことごとく支配したり、宇宙を隈なく理解したり、あわよくば神の地位に登りつめようなどと妄想しているあなた!
しかし、自分の妄想の影に隠れた身長と体重と寿命を忘れているかもしれないあなた!
「汝自身を知れ、徹底的に!」
★
☆
今、世界中に被害妄想の暗雲がたちこめている。
テロ組織も、反テロ社会も、自らの被害妄想を勝手に「正義」と呼んでいる。
自らの被害妄想を覆い隠すために、「敵が一人残らず死ぬまで戦う」と血気盛んに叫んでいる。
そうしなければ、自らの虚弱な存在が不安でいたたまれないからだ。
本当は被害妄想こそ最大の敵なのである。
人間はたとえば不意に目にゴミが入っただけでも被害妄想に襲われる動物である。
自分の目にゴミが入っていることに、一体いつ目覚めるのだろうか。
精神科医のフロイトは、正義のためといいながら戦争に熱中する人々を見て、「人類は自ら誇張するほど立派でも優れてもいないのだ」と失望感を隠さなかった。
自分の目にゴミが入っていることに気づかない人が多いのである。
★
☆
絶対の神を信仰して、心安らぐよりも、かえって怒り騒ぐ人の何と多いことか。
あなたの正義の神が、あなたをそんなにも怒りっぽくさせている。
次ページへ
前ページへ
目次へ