随想録『パラボラ・アンテナ』


★P−101

21世紀早々に、アメリカ文明は終焉するのだろうか?
20世紀の第一次世界大戦、第二次世界大戦で、参戦国でありながら唯一空襲を受けなかった大国アメリカが、何と今凄まじい空襲に曝されている。
はたして英語で「空襲」を何と言うのか、私は知らない。
2001年9月11日夜10時(日本時間)、NHKニュースで衝撃の国際映像が中継されている。
ニューヨーク・マンハッタン島の貿易センタービル(南北ツインタワー)に相次いで航空機が突っ込んで、南側タワービルは上部が吹き飛んで倒壊した。
さらに、アメリカ政府の中心地ワシントンでもペンタゴン(国防総省)に飛行機が突っ込んで黒煙を上げ始めた。
さらに連邦議会でも同時爆発が起こっている。
さらに複数の旅客機がハイイジャックされて行方不明になっている。
アラブ首長国連邦アビダビ通信によれば、DFLP(パレスチナ解放民主戦線)が、ニューヨーク、ワシントン同時多発テロの犯行声明を出したという。
しかし、情報は混乱していて確かなことはまだ分からない。
テレビに映し出されているのは、火曜日朝の平穏なニューヨークが恐るべき空襲に曝されている光景である。
そして、夜11時30分にはニューヨーク貿易センタービル北側タワービルも白煙のなかに倒壊した無残な光景が映し出されている。
110階のツインタワービルが次々とあっけなく姿を消したニューヨークはまるで両腕を失ったミロのヴィーナスを思わせる。
ニューヨーク全市が阿鼻叫喚の火炎に包まれている。
それはほとんど、敗戦の泥沼に入った昭和20年頃の日本主要都市が蒙った空襲の似姿を思わせる光景ではないだろうか。

こんな陰惨な光景を目にする私の背後で、追い討ちをかけるようにショーペンハウアーの辛辣な声が響いてくる。
「この世界は、考えうる最悪の世界である、たとえ21世紀になろうとも…」


2001年9月13日(木)の朝日新聞夕刊からの抜粋。

−−ブッシュ米大統領が12日午前、発表した声明の要旨は次の通り。
昨日の計画的で多数の死者を出した行為は、単なるテロを超えた戦争行為だった。我々は断固とした決定と解決のために団結しなければならない。自由と民主主義が攻撃されている。
米国民は、これまでとは違った敵と対決していることを知る必要がある。敵は隠れ、人命を何とも思っていない。しかし、いつまでも隠れおおせることはできない。この敵は、我が国民だけでなく、世界中の自由を愛する人々すべてを攻撃した。(中略)
米国は団結している。世界の自由を愛する国々は我々の味方である。これは善と悪の歴史的な闘争となろう。しかし、善が圧倒するであろう。

−−「狂」という文字の使用に伴う、ある種の判断停止や差別の作用に留意しつつ、ニーチェの一節を思い起こす。「狂気は個人にあっては稀有なことである。しかし、集団・党派・民族・時代にあっては通例である」(『善悪の彼岸』木場深定訳)
同時テロは「戦争行為」と米大統領。戦争こそ「集団や時代の狂気」の発露だが、そうだとしても、対処の仕方は問われよう。被害者には深い哀悼を、容疑者には報復ではなく裁きを。

−−ブッシュ米大統領は12日、英国、フランス、ロシア、中国、カナダ、ドイツの各首脳と電話で協議し、テロ対策の連携を求めた。長期的なテロ防止の協調体制づくりを目指すとともに、イスラム過激派組織に対する軍事報復への理解を求める狙いがあるのは確実だ。米政府はまた、同時多発テロへの関与が濃厚になっているオサマ・ビン・ラディン氏が活動拠点としているアフガニスタンのタリバーン政権と関係が深いパキスタン政府に対し、米国への協力を要請した。(後略)

−−ビルへの航空機激突などのショッキングな映像が繰り返し流れたが、かえって惨劇のリアリティーを失わせていると感じた。今回の事態は、当事者が軍人ではなく、私たちと同じ市民だという点で湾岸戦争と大きく異なるのだが、そのリアリティーが伝わってこない。それは、あの映像に、あるアングルから撮影され、編集されるハリウッドのパニック映画のような「文法」が組み込まれているからだろう。
日本のテレビ局にすれば、限られた状況で来たものを流すしかなかったのだろう。だが今回のテレビ報道には、どこか米国中心のハリウッド的文化を上塗りする構図を感じる。アクション映画「ダイ・ハード」的なリアリティーのなさと、「米国に敵対する野蛮なイスラム」のような単純な図式と固定化する危うさがある。それは、他者への単純な礼賛と憎しみを生むことにつながる。(後略)

−−米国の同時多発テロの背景にイスラム系過激派組織が疑われることから、米国各地でイスラム教徒に対する暴行事件が起きている。(後略)

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