随想録『パラボラ・アンテナ』
★P−94
もしも「理性的なロボット」と「感性的なロボット」が完成したとして、あなたはどちらのロボットを選ぶだろうか?
私はたぶん「感性的なロボット」を選ばない。
そのロボットの相手をするのは精神的に疲れるからである。
人間を相手にして精神的に疲れるのは宿命的で致し方ない。
しかし、ロボットの相手をして疲れるのは拷問的で受け入れがたい。
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盛夏、今日も33度を超える猛暑。
私は千波湖公園の緑地を散策する。
気息奄奄たる暑い夏の日、鬱蒼たる深い緑の森のなかに入ると、鼻腔の呼吸まで楽になる。
「呼吸する、呼吸が楽になる…」、果たして未来のロボットにこの気持ちまで賦与することはできるのだろうか?
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私は、人間の理性をそれほど過大評価はしていない。
理性を過大評価した二十世紀の人間が、どんなに非理性的で残酷な歴史を刻んだかを知っているからである。
残念ながら人間の本性は、それほど理性的ではない。
理性を過信したとき、人間がどんなに残酷な怪物になるかを知っている。
人間は自分が怪物になることを望むことがあるが、そのときは決まって自尊心の強い非理性的な存在である。
心優しく理性的な怪物を、私は一度も見たことがない。
どんなに理性的な人間であっても、究極的には他人の痛みをついにその理性で理解できない存在なのである。
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人間は「理性の脆弱さ」を知って初めて、「感性の強靭さ」を求めるようになる。
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人間は「理性」と「感性」の間を揺れ動く振り子にほかならない。
最大限に「理性」の方向に揺れても、振幅には限度がある。
やがて、反対方向の「感性」めがけて激しく揺れ返す。
人間は極大地点にも極小地点にも留まってることはできず、常に揺れ動いていなければならない振り子である。
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ひどく痩せこけた人は見苦しい。でっぷり肥った人は見苦しい。どちらも病的である。
はした金のために殺人まで犯す貧乏人は見苦しい。際限なく資産を殖やす金満家も見苦しい。どちらも犯罪的である。
身体や金銭をコントロールできない人はすべて精神を病んでいる。
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あなたは楽観主義者ですか、それとも悲観主義者ですか?
どちらでもなければあなたは正常です。どちらでもあればあなたは危険です。
あなたは現実主義者ですか、それとも虚無主義者ですか?
どちらでもなければあなたは正常です。どちらでもあればあなたは危険です。
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コンピュータを「理性」の体現者だと仮定しても、彼らが話す言語はじつに多彩である。
数学のように基本から応用まで、すべて共通の定理や記号を使うことはまずない。
インターネットで使われるプロトコルもTCP/IPで統一されているように見えるが、クライアントの手元にとどく時には多彩な言語に翻訳されている。
共通で使える方面では惰性的であり、それ以外の方面では個性的である。
OSやアプリケーションというコンピュータの仕組みも、実は統一がとれないままどんどん築き上げられてきた「バベルの塔」なのである。
一つの共通の「理性」によって、全世界が統一された未来を共有できることにはならない。
インターネットの未来に「天を衝く理性の塔」の完成を期待するなら、古代の譬えのように混乱と挫折を味わうことになるだろう。
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