随想録『パラボラ・アンテナ』


★P−50

−−三十五億年に及ぶ生命の歴史は進歩の歴史ではないと、繰り返し主張されていますね。
「人間は、物事は何らかの目的があって起こるものだと考えたがります。さらに、自分たちを最も複雑で高級な存在だとも思いたがる。その結果、非常に偏った仕方で歴史を表現してしまう。自分たちに焦点を当てたいのです。少なくとも西洋の人々には、人間という到達点に向かって生命は進歩してきたという考えが根強く存在しています。私はそうした偏見を打ち破るべきだと思っていますが、とても難しい」
(中略)
−−ダーウィンの進化論は間違っていたのでしょうか。
「いえいえ、とんでもない。私は進化は予測不可能だということを強調していますが、それはダーウィンが考えていたことに含まれます。ダーウィン理論の基本原則は自然選択です。これは、ある地域の環境に適したものがより多く子孫を残す、ということです。環境への適応は、進歩を意味しません。より単純な生物になることが、より良く適応するという場合もある。ダーウィンはこのことをよく認識していました。生物に対して、より高等なとか、より下等なといった言い方をしないように、とノートに書き付けています」
「一方で、ダーウィンは、この進化のメカニズムからは進歩が導かれないという点に悩みました。産業発展と植民地拡大の絶頂期にあった十九世紀英国の裕福な家庭に育った彼は、進歩を擁護せずにいられなかったのだと思います」
−−ダーウィンの『種の起源』の結語の直前には、「すべての肉体的、心的資質は、完成に向かって進歩していくだろう」と書いてあります。
「旧習にとらわれず深い思索をめぐらせたダーウィンですら、そう書いてしまった。進歩の観念を信じたいという力がいかに強いかの見本でしょう。自然は進歩するという考え方は、今から見れば社会病理といえるもの、たとえば多くの人々を殺し、自然を征服し、人口を増加させるといったことを助長しました」
−−進化とは幸運な生物がたまたま生き残ってきたことと考えればいいのですか。
「すべてが偶然の結果というわけではありません。時間の尺度が非常に重要だということを忘れないでください。ある環境でどういう生物が繁殖するか、死滅するかはそれぞれ理由があり、予測可能です。しかし、より長い時間尺度で考えると、環境は全く思いもよらない方向に変化します。そのため、生命の歴史は予測不可能になるのです」
(中略)
−−十九世紀の進化論は弱肉強食の思想を支え、二十世紀のそれは平和共存の思想を支えたとはいえませんか。
「十九世紀の進化論は強者の支配を正当化するため広く誤用されました。それが誤った結びつきであることを認識するなら、平和に生きるべきであると進化論を使って主張することもまた誤りです。道徳に対して科学は無力だ」
−−それでも、進化論の正しい理解が進むことによって、社会に変化が起こるのではないですか。
「進化論が人間の倫理にそれほど強い影響力を持つとは思いませんが、確かに良いことが起こりうるでしょう。生命の歴史を進歩と見るのがなぜ社会的な偏見であって科学的な発見でないのか。それを理解すれば、この惑星を尊重し、ほかの形の生命を尊重し、価値について独りよがりな主張を控えることを学ぶかもしれません。環境運動がここまで広がってきたのは、こうしたことと関係があるでしょう」
(中略)
−−二十一世紀の人間は、どう変わるでしょう。
「予測は不可能だといったでしょう(笑い)。人間の脳や身体は十万年前に人類が登場して以来、変わっていません。進化の速度はそれぐらいゆっくりです。この先わずか百年の間に私たちの身体に変化があるとすれば、遺伝子工学によって押しつけられるものだけです。遺伝子技術は強力です。ただ、だからといってやめさせるのは誤りでしょう。善い利用法もあるからです。何が善くて何を禁止すべきかは、その場その場で倫理的判断を下していくしかない。結局、人間の生物学的な性質がこの先どう変わるか決めるのは、人間の文化です」
 話し手:ハーバード大学 スティーブン・グールド教授
 聞き手:朝日新聞論説委員 高橋真理子
 2000年7月31日 朝日新聞朝刊 新世紀を語る 「人への進歩」という偏見

この新聞コラムを読んで、私は自分のパラボラ・アンテナが強く共鳴するのを感じた。タイトルにある「偏見」という言葉に私は人一倍敏感である。

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