随想録『パラボラ・アンテナ』


★P−49

人間の知恵の源は大脳皮質である。大脳皮質には深いしわがよっているが、これを伸ばして広げると、新聞紙1ページの大きさになる。
この新聞紙上に140億個の神経細胞が隙間なく敷きつめられている。
大脳皮質の神経細胞の数は、年齢や性別や人種によって違うわけではなく、生まれたときから同じであり、細胞分裂で増えることもない。
年をとるにつれて脳がボケてくるのは、神経細胞数が減少するからではなく、神経細胞がその機能を失ってゆくからである。
赤ん坊が生まれたときの脳の重さは約400グラム、6ヶ月後には約800グラム、5歳児で約1200グラム、20歳ごろで約1400グラムになる。
成長するにつれて脳が大きくなるのは、個々の神経細胞の樹状突起が伸びてさかんに枝分かれをくり返すためである。
一個の神経細胞には、数十から数千もの突起がでていて、これが隣の神経細胞と密接にからみ合っている。
学習や経験によって大脳に刺激をあたえると、この神経ネットワークがいっそう複雑になる。
人の頭の良し悪しは、脳の重さではなく、この神経ネットワークの配線によるのである。
天才や秀才だからといって、みんな大きな重い脳の持ち主だったわけではない。
湯川秀樹は1370グラム、アナトール・フランスは1100グラム、バイロンとツルゲーネフは2200グラムといった記録がある。
大脳の神経ネットワークは、一度できあがってしまえば、もう形や機能が変わらないというのではなく、育った環境や教育によってひんぱんに変更される。
つまり、人間の脳は、自意識や世界観が相対的に変化する可塑性を持っているのである。


人間は自分の脳の中に世界を内蔵している。
自分の脳を離れた世界を知覚表象することは誰にもできない。
とすれば、人それぞれに神の観念も内蔵している。
その神はどのように神秘的に表現しようとついに個別的である。
私の神は私に相応しい顔つきをしており、あなたの神はあなたに相応しい顔つきをしている。
個別的であることを超越した普遍的な神は、私にとって狂信的でありどこか胡散臭い。
だから私は、多神教を容認できるが、唯一絶対神を容認できない。


−−ニヒリストというのは、いかなる権威の前にも屈しない人間なのです。たとえ、どんなに周囲から尊敬を受けているものでも、何らかの原理をそのまま信仰として受け入れない人間なんです。
  ツルゲーネフ 『父と子』


当然のことながら、ニヒリズムについて語ることは、人間存在について語ることである。
自意識の強い人間だからこそ、存在が空虚になるニヒリズムに苦悶することになる。
誰の本で読んだのか忘れてしまったが、若くして自分に飽き果てた連中がニヒリストになる、と述べていた。
自分に飽き果てたということは、人間存在や社会制度に飽き果てたということである。
人間存在に飽き果てたニヒリストが、今ではオカルトやテロリズムに熱狂している。
社会制度に飽き果てたニヒリストが、今では犯罪や不倫に走っている。
自分に飽き果てるのは何も若者の特権ではなく、中年男女の平凡な市民でさえニヒリストの相貌をしている。
しかし、私はといえば、ニヒリズムを隠蔽できないが、自分の存在に飽き果てることがないため、くり返し「汝自身を知れ」と問いかけている。

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