随想録『パラボラ・アンテナ』


★P−15

デカルトは『方法序説』で、明証性、分析、総合、枚挙を学問の基礎をなす準則と見なした。「第一の準則は、いかなるものをも、それが真であると明証的に私が認識しない限りは、けっして真として受け入れないこと。つまり、速断と先入見とを入念に避けること。私が疑いを差しはさむいかなる理由もないほど、明晰かつ判明に私の精神に立ち現れてくるもの以外は、何ものも私の判断のなかに取り込まないこと。」
こう主張することで、デカルトは速断と先入見を本当に避けることができたのだろうか。デカルトが疑いを差しはさむいかなる理由もないほど、明晰かつ判明に彼の精神に立ち現れてくるもの受け入れたとき、まさにその時に彼は恐るべき機械的決定論を、彼の判断の中に取り込んでしまったのである。
人間の精神が有限である限り、「疑いを差しはさむいかなる理由もないほど、明晰かつ判明に私の精神に立ち現れてくるもの」など実際には有り得ないのだ。
私が、頑迷なデカルトの哲学を非難するのはまさにその点である。
固定した真なるものとは、もはやその事に関して考慮する意欲を失った精神の惰性なのである。


−−世界史は自然的意志の放埒を陶冶して、普遍的なもの、主体的自由たらしめる訓育である。東洋は一人の者(専制君主)が自由であることしか知らなかったし、いまなおそうである。ギリシア・ローマの世界は若干の者が自由であることを知り、ゲルマン世界はすべての者が自由であることを知っている。
  ヘーゲル 『歴史哲学』
ヘーゲルの歴史哲学を一言で要約すると、「進歩史観という名のこじつけ」である。
「ゲルマン世界はすべての者が自由であることを知っている」というとき、すべての者とは具体的に誰と誰と誰と誰なのか、はっきりしてもらいたいものである。でなければ、ゲルマン世界のすべての者とは、たわごとに過ぎない。
すべての者が本当に自由であることを知っていたなら、マルクスの革命思想が生まれてくるはずもなかっただろう。


−−この世で私たちの仕事は、全ての物事を知ることではない。私たちの行為に関わりのあることを知ることなのである。
  ジョン・ロック 『人間悟性論』


1953年1月15日、コレージュ・ド・フランスの哲学教授に就任したメルロ・ポンティは、その就任講演で、「自分の哲学は歴史の真ただ中にあり、完成したもののなかでは退屈してしまう哲学である」と主張した。
私は、彼の誠実な哲学的態度が好きである。
言葉は経験に寄り添う。経験が実体なら、言葉は影法師である。
経験のすべてを言葉で語り尽くしたとき、人間は自らの実体を喪った倦怠感に襲われる。
言葉は人間を他の動物から際立った存在として特徴づける。
そして、その言葉が他の動物には見られない倦怠感を人間にもたらす。


少しだけ、阿呆らしい精神の戯れをやってみよう。
「哲学史は阿呆のギャラリーではない」と言ったのはヘーゲルである。
では、このテーゼに対する、ヘーゲル得意のアンチテーゼは、「哲学史は阿呆でない者のギャラリーではない」?
それとも「哲学史でないものは阿呆のギャラリーではない」?
そしてジンテーゼは、「要するに阿呆のギャラリーなど定義できない」?
こんな精神の戯れもある。
「神は死んだ……ニーチェ」というテーゼに対して、
「ニーチェは死んだ……神」というアンチテーゼ。
そしてジンテーゼは、「いかなる言葉も虚しい」。


有史以来、用いる言語は違っていても、表現する内容は大差のないことわざ、格言を多く見聞きする。
『マイ・パンセ』などと気取っていても、私のほとんどすべての表現は過去に言い尽くされているのかも知れない。
いや、きっと言葉として残っていないだけで、すでに誰かが同様なことを考えていたことだろう。
哲学もやはり模倣の産物である。ただ、クローン哲学のような完全コピーだけは許されない。


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