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ディア・ハンター THE DEER HUNTER
1978年/米/監督:マイケル・チミノ
出演:ロバート・デ・ニーロ、クリストファー・ウォーケン、ジョン・サヴェッジ、メリル・ストリープ、ジョン・カザール、ほか
この作品、映画史において多くの人々に、‘重要な作品’として認められているようです。その理由を、私はこんな風に考えています。
「自分が、自分でいられる」あるいは、「自分が自分の意志というものを持っていられる」ということは、平和に暮していられるうちは当たり前のことに思えてしまいます。しかし、戦争、あるいは、犯罪といった状況の中に立つことで、それが当たり前のことではないのだと知らされることになります。この映画はその点を、実に説得力ある手法で描いており、それによって、評価されているのだと思います。
時は、1960年代末。米国ペンシルベニア州クレアトン。地元の鉄工所で働く5人の若者たち。彼らは私生活でも仲がよく、車で山に鹿狩りに出かける仲間……という設定で、物語はスタートします。
5人の仲間うち、マイケル、ニック、スティーブンの3人がヴェトナムに出征。ヴェトナム戦争です。偶然にも戦場で再会する3人。しかし彼らは、一時北ベトナム軍の捕虜となります。そして、人生に大きく影を落とす、重い経験をすることになります。
この映画では、観た人がきっと忘れることができなくなる、‘賭け’の場面があります。詳細は書きませんが、その場面で、観ている人は必ず、「おいおい、人の命って、何なんだよ」という怒り、悲しみ、その他の何とも言えない感情に包まれるはず。もちろん、これは、観客を脅えさせるために用意されたシーンではありません。観客が、登場人物たちが体験する、特殊な状況を、すこしでも共有できる様にと周到に準備された「場」なのです。そこで感じるものは、緊張感を超えた、切迫感といいますか、押しつぶされそうな息苦しさです。
この映画が観客に投げかけるものは?私の場合、「考えろ!」というメッセージが、頭の中に投げ込まれたような気がしました。「そこのあんた、考えろ!」というメッセージ。考えろって何について?私の場合はこう思います。人間の‘意志’というものは何からできているか。というと抽象的過ぎます。つまり、自分が自分の‘意志’を持ちつづけるとはどういうことか。私の‘意志’を奪っていくものとは?自らの‘意志’を奪われた後も、生きていくことは可能か?
この映画の中で、ヴェトナム戦争は、問いを投げかけるという意味で重要な役割を果たしています。しかし、私が考えなくてはならないと思うのは、戦争を行う、人間そのものについてです。本能について、組織について、そして、社会について。いやはや、これらのものについて考えても、疲れてしまうだけですね。しかし、私たちの暮らしは、まさにそれらのものから、‘恩恵’と‘脅し’を常に同時に受けているのです。
ディア・ハンターのディア(deer)は鹿です。鉄工所で働く仲間たちが鹿狩りに行くシーンは、ヴェトナムに出征した前と後で2度あります。ロバート・デ・ニーロ演じるマイケルにとって、戦場に行く前と行った後とで、鹿狩りの意味は変化したのでしょうか、それとも同じだったのでしょうか。山の中で行われるこの鹿狩りのシーンでは、その点が見ものです。鹿とマイケル。この2つの生き物。両者の関係とは?
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Copyright(C) 2004, コーギーおじさん