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| 「原爆小頭症」という障害をご存知だろうか? 原爆小頭症は母親の胎内で被爆したことが原因でおこる障害で、生まれながらに頭囲が小さく、患者のほとんどが知的障害を伴う。内臓や四肢に異常のある人も少なくない。彼らは原爆投下の翌年に生まれたことから被爆2世と間違われることがあるが、母親の胎内で直接被爆した「最も幼い被爆者」なのである。原爆小頭症児の存在は、戦後20年間にわたり一部の研究者の間だけに隠され、被爆との因果は公表されなかった。アメリカが広島と長崎に設置した、ABCC・原爆障害調査委員では原爆小頭症児の調査を続けながら、家族には障害の原因は栄養失調と伝えていたという。 原爆小頭症は直接被爆による原爆後障害であるが、成人式を過ぎても被爆者としてさえ認められず、患者とその家族は「被爆者が障害ある子どもを産む」とのいわれなき差別や偏見に苦しめられた。「兄弟の結婚や就職に支障があるから」と社会から隠れるように生きてきた彼らの多くはマスコミの取材を拒み続け、原爆小頭症患者の実情がテレビや新聞などで取り上げられることはほとんどない。しかしRCCでは数名のディレクターやカメラマンが個人的な関係を築き、40年前から現在に至るまで継続的に取材を続けている。私は先輩から受け継ぐ形で15年前から取材を続け、被爆60年にあたる今年は、その集大成として、55分のドキュメンタリー番組を制作した。「絆〜原爆小頭症患者の60年〜」8月6日の平和祈念式典中継の直後に放送したこの番組では、5組の小頭症患者のケースを紹介した。 これまで隠し続けてきた体験を晒す事は、当事者にとって辛いことである。今の彼らにとって、自分たちの日常を公開されて、彼ら自身の暮らしが良くなることは、なにひとつ無い。「どうか放っておいて欲しい…」彼らの本音である。そんな中で「他の会社はイヤだけど、あなたにだけには伝えたい」と初めてカメラ取材を許してくれた人がいる。取材者としてはとてもありがたいと思いながら、私の心は揺れている。取材者としての私は、伝えることの意義と確信を持って撮影しているが、もうひとりの私が、「これ以上彼らを傷つけるなよ」と耳元でささやく。 ある患者の家族から取材の後で言われたひと言…「母は生前、マスコミの人は一度取材を承諾すると床の間まで土足で入ってくるんだよ…と言っていたが、本当ですね。」細心の注意を払いながら取材をしているが、その取材者自身が対象者を傷つけてしまう。私は今回の番組の中で、この家族についてふれるのをやめた。 小頭症患者の方々の抱える問題は、老いをむかえた知的障害者のいる家庭のそれと表面的には大きな変わりはない。しかし彼らの障害はけして運が悪かったわけではない。胎児の時に被爆さえしなければ、少なくとも現在のように苦しむ事はなかった…彼らの苦しみは、原爆の放射線こそが原因なのである。これまで小頭症をテーマに何本もの番組を作ったが、そのたびに寄せられる声の多くは「初めて小頭症の問題を知りました」だった。それは今回の番組でも同じだった。隠し続けている彼らへの配慮も要因のひとつではあるが、私たちの訴えは、まだまだ伝わっていない。 たった1時間の番組を通して原爆小頭症の問題すべてを伝えることは不可能だ。しかし番組を通して視聴者のひとりでも原爆の罪について考えるきっかけになってくれればと心から祈っている。 2005年8月6日OA 「絆 〜原爆小頭症患者の60年〜」 制作後記 |
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