カリンズ森林のエコツーリズム計画

〜熱帯雨林の保護と地域経済活性化の両立を目指して〜

京都大学霊長類研究所  橋本千絵

明治学院大学一般教育部 古市剛史

はじめに

調査小史

伐採の再開とエコツーリズムの立案

カリンズ森林のエコツーリズム計画

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はじめに

カリンズ森林は、ウガンダ共和国森林省が管轄する森林保護区(日本の国有林にあたる)である。かつてはウガンダ西部を南北に貫いて走っていた熱帯雨林も、伐採のためにそのほとんどが消失し、このカリンズ森林保護区と隣接するマラマガンボ国立公園をあわせた森林が、現存する最大の森林ブロックとなっている。

森林保護区は、森林資源を適切に管理しつつ利用することを目的とした地域である。このカリンズ森林でも、とくに南部で過去に大規模な伐採が行われた。また現在は、コンベ製材所と呼ばれる伐採会社が、銅鉱山の坑道の柱に用いるパリナリという樹種のみを目的とした選択的伐採を北部で行っているが、親会社の銅鉱山自体が業績不振で操業を止めているため、伐採は小規模にとどまっている。このような背景で、とくに森林の保存状態のよいカリンズ森林北部には、チンパンジーをはじめとする6種類の昼行性霊長類、カモシカ類、イノシシなどが高密度で生息している。

カリンズ森林周辺に住むアンコーレ族の人々は、バナナを中心とした農耕とともに、彼らの部族名から名付けられたアンコーレ種の牛を飼い、肉や牛乳を常食としている。そのため、動物性タンパク質は十分にとれており、野生動物を食用とするアフリカ熱帯雨林の他の地域のように、森林の野生動物からタンパク質を取る必要がほとんどない。実際彼らは、とくに美味とされるカモシカやイノシシ以外は狩猟の対象とせず、霊長類に至っては「犬も食わない」と言って決して口にしようとしない。

このような食物タブーのため、カリンズ森林では、人間がたくさん森の中を歩いているのに、サルたちがほとんど人間を怖れない。

調査小史

国際空港から車で5時間も走れば人に慣れた野生のチンパンジーを見られるというこの特異な状況を生かして、まず京都大学の加納隆至が1991年に予備調査を行い、1992年には、橋本千絵がチンパンジーの生息密度を中心とする本格的な研究を行った。その後一時中断するが、1997年からは、カリンズ森林を永続的な調査地とすべく、橋本に明治学院大学の古市剛史、京都大学の田代靖子をともなって、長期継続調査を開始した。その後も京都大学の五百部裕が参加し、また研究者の不在中は地元の調査アシスタントが基礎的データの収集を続け、今日に至っている。

その間、チンパンジーの作るベッドの数によるチンパンジーの植生利用の季節変化の研究や、チンパンジーのグループサイズを決める要因に関する研究、森林の植生タイプとそこに住む動物数の関係についての研究など、熱帯雨林の生態系を明らかにするさまざまな研究がなされ、学会誌などで報告されてきた。

伐採の再開とエコツーリズムの立案

 調査を再開して2年後の1999年、調査地の中央部にあたる第29林班で、期限付きの伐採権を複数の地元業者に売り渡す形での伐採が始まった。この伐採は、胸高直径50センチ以上(一部の木に関しては40cm以上)の大きな木だけを選択的に伐採するもので、森林省が事前に調べてナンバーをふった木だけを伐ることができる。もともと木材利用を目指した森林保護区で研究をはじめたときからこのような選択的伐採が起こることは予想しており、当初私たちはこの伐採を静観していた。

 ところが、伐採の影響は、予想以上に大きかった。伐採対象となる木は限られているものの、その木を倒すためや、その後の製材作業のためにまわりの小さな木も切り倒され、ほとんど裸地となってしまうところもあった。また、400人以上もの森林作業者が森林内にキャンプを設営して生活したため、生活の場は森林の再生がほとんど不可能となるほど踏み固められ、また生活のために用いる炭焼きのあとは、土が焼けて草も生えない状態になった。

 森林省は当初、この選択的伐採を、森林の回復を待って50年周期で繰り返すという利用計画を立てていた。ところがこの現状を視察していた森林省幹部は伐採の影響の大きさに驚き、とりあえず伐採を一時中断させて計画の再検討を行うことになった。伐採前チンパンジーがよく観察されていた第29林班では、チンパンジーはほとんど見られなくなり、動物相への重大な影響が懸念された。

 この状況を憂慮した私たちは、森林省の地元責任者であるモーゼス氏と意見交換を始めた。そこで私たちが知ったのは、約4平方キロの林班ひとつを伐採して森林省が得られる利益が、わずか55万円程度にすぎないということだった。当初森林省は、このような伐採を北部に残る10ほどの林班で繰り返す予定で、すでに第34林班でも測量を開始していたが、向こう10数年かけてこれらの伐採をすべて実行しても、得られる収入は500万円ほどでしかない。しかもその10数年が終われば、森林が回復するまでの長い間、何の収入も得られない。

 まず思いつくのは、森林トラスト運動などで募金を集め、この地帯の伐採権を買い取ってしまって森を守るという方法である。しかしそれでは、伐採作業員として働く地元の人々の収入を断つことになる。そもそも地元の経済活動を封印するような形での自然保護は、特に人の住まない未開地でもない限り、実現は難しい。そこで私たちは、この地域を観光資源として利用するエコツーリズム計画をつくり、年間50万円以上の収入が得られるのであれば、森林の利用を伐採からエコツーリズムに変更することが可能かとの打診をおこなった。これに対して地元森林省は、ふたつ返事でその計画に同意し、エコツーリズムの本格的立案を私たちに依頼した。

カリンズ森林のエコツーリズム計画

 エコツーリズムとは、観光という手段を用いて森林や動物などの自然を保護していく方法で、現在アフリカなどでは広く採用されている手法である。観光と同時に自然教育の活動にも力を入れ、また、ガイドとしての雇用や地域の産物の販売などで、地元経済の活性化も追求する。

 エコツーリズム導入の場として、カリンズ森林は大きな可能性を秘めている。まず第一は、人慣れした霊長類が高密度で生活する熱帯雨林という環境である。アフリカには、ライオンやシマウマが走り回る草原地帯の国立公園は多いが、近年注目されている熱帯雨林を見せる観光地はほとんどない。これは、ひとつには森林内では動物を見ることが難しいという理由によるが、カリンズ森林ではそれができる。実際、ウガンダに住む日本人商社マンの家族を案内したことがあるが、5才の子供でも、ほんの2時間ほどの散歩コースを歩いただけで、チンパンジーを含む5種類もの野生のサルを観察することができた。

 第二は、アクセスの良さである。首都カンパラから車で5時間、一日5便以上の路線バスも走る幹線沿いにあるこのカリンズ森林は、アフリカでも珍しくアクセスのよい森林観光地になる。しかもカリンズ森林は、カンパラからウガンダ最大の国立公園であるクイーン・エリザベス国立公園に向かう途中にあり、草原地帯の観光を楽しむ観光客が行き帰りに気軽に立ち寄れる場所にある。このような立地を生かせば、大規模なホテルなどを建設しなくても、日帰り、あるいはテントや山小屋を利用した短期滞在の観光客を集めることができる。

 第三は、カリンズ森林が、現在アクティブな霊長類の研究地であることである。我々の研究チームはここ3,4年の間に10本以上の学術論文を発表し、高い評価を得ている。この研究地であるという特徴を生かして、「研究参画型のツーリズム」という新しいタイプのツーリズムを提案したい。

 カリンズ森林のエコツーリズムの青写真では、以下のように、「長期滞在型」と「短期訪問型」の2本立ての計画を考えている。

短期訪問型

○キシュンジュ・ヒル

小道路わきのスンズ・ヒルを利用したキャンプサイトとそこからの眺めである。この丘は、幹線道路の峠から歩いて20分ほどで登ることができ、そこからはカリンズ森林と背後の美しい村々の360度の展望を楽しめる。ここはまた、キャンプサイトとしても好適で、ここで一晩泊まれば、森の地平線に夕日が落ちる風景や、早朝、深い朝霧の中からわき出すように熱帯雨林が現れる現像的な風景を楽しむことができる。

○フォーレスト・ウォーク

キシュンジュ・ヒル近くを起点とした、約4時間の森林散歩コース。もっとも美しく保存状態の良い森の中の遊歩道を歩く。途中の大木に、上から森を眺めるための簡易ゴンドラを設置する。このあたりは、チンパンジーやサルの密度も高く、動物たちとの遭遇も楽しめる。

○モンキー・ウォーク

製材所の周りの約2キロの遊歩道を利用した初心者向けコース。子供でも歩ける2時間ほどのコースであるが、チンパンジーやサルの密度はこのあたりが一番高く、動物観察にとっても最適のコースである。

○ヴィレッジ・ウォーク

カリンズ森林に隣接する村の中を歩くコース。バナナ畑の中に家々が点在する村の風景は、はっと域を飲むほどの美しさと平和なムードに包まれている。アフリカを旅行してもなかなか現地の村人とふれあうことがないが、このコースの散歩で、直に地元の人々の生活の様子を知ることができる。村人たちもこのコースの設定には賛成している。


長期滞在型プログラム

○研究参加

 このプログラム参加のツーリストは、1週間〜1ヶ月間滞在し、実際に研究者が調査をするのについてきてもらい、調査に参加してもらう。具体的には、チンパンジー追跡調査、果実量センサス、サルの密度センサスなど。

○ウガンダの大学との共同研究

ウガンダの大学(マケレレ大学、バララ大学)との共同研究をスタートさせる。卒業研究や博士論文の研究などの場を提供する。

○地元小・中学校の林間学校など

地元小・中学校が行う林間学校、遠足の場を提供する。これによって、ウガンダの子供たちに森や動物たちを守っていく大切さを理解してもらう。

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