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例会に出ていろいろと考えたこと
半年前くらいから延々と続いている、Oさんの「付き添いについての学校との話し合い」が例会の中心的話題だった。当事者でもないわたしが詳細をここに書くのは避けるけれども、すごく考えさせられた。 それは「普通学校」の「普通学級」にとって、「障害児」がいることはものすご〜く「特別」なことで、「障害児」は特別の思し召しによって、そこに「居させていただいている」という感じなのかな、ということだ。Oさんから語られる内容のはしばしには、学校側が「わたしらこれだけ譲歩してんだから、わがままいうな〜」と思っている様子がありありと伺えるのだ。「障害児なのに、普通学級に居させてもらえるだけでもありがたいと思いなさい」と言われているように感じられるのだ。 確かに「手のかかる子ども」がいたらタイヘンだ、という気持ちはわからないでもないけれど。でも、障害がなくても「手のかかる子ども」は、いるもんね。そういう子どもの親にも、学校は恩を着せるのかなあ。「あんたの子どもは手がかかって、学校ではとても手が足りないから、介助に来てください」っていうのかなあ。もっと言っちゃえば、自分の親が半身不随になったり寝たきりになったりしたら、「自宅で介護してもらえるだけでもありがたいと思いなさい」って、思いっきり恩を着せながら介護するのかなあ。 shinの授業参観の様子を思い出す。 生活科の授業で、教室のはしからひとりひとりが自分の調べたことを発表していく。shinの番になった。彼はそしらぬ顔で、けしごむかなんかをいじりながら空想の世界だ。shinをとばして、次の子が発表をしようとしかけたときに、shinの隣に座っていた女の子が「せんせいっ、しんくんだいじょうぶだよ! ちゃんと書いてあるんだから!!」と、shinの発表用レジュメ(というほどのものでもないが)を、立ち上がって先生に見せてくれたのだった。先生はそれを受け取って、黒板に貼ってくれた。そして、次の子の発表が始まった。shinは相変わらず、そしらぬ顔でけしごむで遊んでいた。 きっと彼女は、ドキドキしていたんだろうなあ。おとうさんやおかあさんがいっぱい来ているのに、shinは発表しようとしない。次の子が発表しちゃうよ。もうもうっ! と、やむにやまれず立ち上がってくれたんだろう。すごくありがたかった。 もしもわたしがshinの介助をしていたとしたら、彼女はshinのことをここまで心配してくれただろうか。「おかあさんがいるからだいじょうぶ」って思うだろう。どきどきさせたのは申し訳ないと思うけど、他人のことでドキドキハラハラ心配する体験は、彼女にとってもマイナスにはならないような気がするのだ。 shinのクラスのこどもたちは、わたしの顔を見ると「きょうはしんくんが××できたんだよ!」と、さもうれしそうに報告してくれる。他人のためにドキドキしたり喜んだり、という体験って、貴重だと思うよ。障害のある子どもって手はかかるかもしれないけど、そういう意味では迷惑なことばっかりじゃないと思うんだけどなあ。こっちも学校に恩着せちゃおうかなあ。(1999年5月) |