「共に生きる」以前のモンダイについて

 もともと肩が凝りやすい上に、ピアノだのパソコンだの、どうも眼や肩や腰には悪いことばっかりしている私にとって、接骨院にマッサージに通うのは無上の楽しみだった。その日も買い物がてら、冷たい雨の中、傘をさして出かけた。
 お天気が悪いからか、ほぼ貸し切り状態の接骨院で、ヒートパックをあててもらっていい気持ちでいると、ひとりのお客さんが来た。カーテンひとつ隔てたところで治療を受けながら、彼女は施術者に話しかけた。
 「ねえ先生、ダウン症って知ってる?」

 なんせ、隔てているのはカーテン一枚。わたしは耳ダンボ状態。
「知ってますよ。最近多いんじゃないですか。ダウンの人は、みんな同じ顔をしてるんですよね」
……おいおい。と、思わず心の中でツッコミを入れる。
「脳性麻痺なんかとは違うの? あれはどういうこと? 脳みその成長が止まっちゃうってこと?」
「いや、脳性麻痺は生まれてくるときの事故なんかで起こるんです。ダウンはもともとのものですから」
「最近は産婦人科で、ダウン症の検査するじゃない。私の友だち、陽性だったんだって。でもお医者さんは“だいじょうぶ、今までに5例陽性がありましたけど、みんな五体満足で生まれてきましたから”って言うんだって。普通は“堕ろせ”っていうもんでしょ、そういうときは」

 ・・・! いたたまれない気持ちと、間のカーテンをスパッとめくって「オバサン、知らないくせに何いってんのよ」とタンカでも切ってやりたい気持ちが交錯する。こんなのを聞いている私が悪い。悪いんだけど、聞こえて来るんだよ。

「そりゃひどいですねえ。5例大丈夫でも、6例目が大丈夫とは限りませんから。それに6例目がアレでも、病院は何もしてくれませんよ。まあ、本人のためにもならないし、ふつうは“どうしますか”って訊くでしょうね」

 本人のためにもならない、ってどういう意味よ! もう私は、脳みそが沸騰しそうだ。
 背中に乗っているヒートパックが、ぜんぜんあったかくないような感じがする。来る前よりも肩が凝ってきたような気もする。針のムシロに寝て、上からおもりを載せられたような気分だ。

「そうよねぇ。彼女、高齢なのよワリと。若ければイキオイで育てられても、年いっちゃったらねえ」
「まったくですよ。いつまでも親が面倒見られるわけじゃないですから」
 お客と施術者の会話は、その後「これから降り始めるであろう大雪」の話題に移っていった。

 共に生きる、共に育つはおろか、生まれてくることすら許されない「障害児かもしれなかった」命がある。あのオバサンは、脳性麻痺とダウン症の違いもわかっていなかった。ダウン症の子どもがどんな子どもなのかも、おそらくは知らないのだろう。それなのに「障害があるとわかっていれば、生まないのが当たり前」と思いこんでいるのだ。どうしてそのように思いこむに至ったかはわからない。しかしこのオバサンとそれに答える施術者の、おそらくは素朴なホンネに、私は打ちのめされた気分だった。
 もしもあのオバサンの身近にshinがいたならば。障害児の誕生を否定することはshinの存在を否定するのと同じことなのだと、彼女らは気付いてくれるのだろうか。あるいは「shinちゃんはもう生まれちゃったから仕方ないけど、これからはなるべくなら生まれない方がいいよね」と思われてしまうのだろうか。私は頭の中がぐるんぐるんになった。
 以来、接骨院から足が遠のいたまま、ガチガチの肩をもてあましている。(1998.4月)

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