| 社会体験チャレンジ事業! 〜どこまで続く「正露丸の日々」〜 中学生が3日間、さまざまな事業所に分散して、朝から夕方まで仕事を手伝わせていただくのが「社会体験チャレンジ事業」(以下「チャレンジ」)である。 2年前、shinの兄であるkenも「チャレンジ」をやった。その当時から私は、今からチャレンジに行くkenよりも、当時まだ5年生だったshinの方が心配だった。「はー。shinも中学生になったら、チャレンジに行くんだよねえ……」なんてタメイキをついて、kenに「あたりまえでしょ」と軽くあしらわれていた。 でも私はそこで、いいことを思いついた。T保育園に行けばいいんだ!! T保育園は、shinの出身保育園である。shinのことを知っている先生がいっぱいいる。先生たちはきっと、それなりに成長したshinの姿に目を細め、彼にできそうな仕事をあてがってくれるだろう。 2年前から勝手に心配して、勝手にshinの行き先まで心に決めて、ついに迎えた今年の「チャレンジ」。kenのときには、親と相談しながら、自分が行ってみたい事業所を第3希望までリストアップした。だから、事業所選択に関しては、親が意見を言える部分があるんだと思いこんでいた。そしたら、2年の間にシステムは若干変わったらしい。 ある日shinが持ち帰ってきたのは、事業所の方への「自己紹介カード」だった。社会体験をするに当たっての意気込みを、事業所の人に宛ててカードに書くのである。ということは、もう行き先は決まってるはずだ。shinは、いったいどこに「チャレンジ」をしにいくのだろう…? 「ねえ、shinはどこにチャレンジに行くの?」「うーん、Tほいくえん」 ああ、私の思い通りになって良かった〜!と思った。shinがまだ発語もなければオムツも取れていなかった2歳児の時、新卒でイキナリ彼の担任になって苦労したであろうK先生も、ちょうど産休が終わって職場復帰したところだ。大きくなったshinの姿を見てもらおう!! 「よかったねー、T保育園で。T保育園でまちがいないね?」「えーっと……はくぶつかん」 まずい。供述が二転三転している。これはひょっとして、自分の知っている事業所を片っ端から言ってみているだけだな。 仕方ない。担任の先生に電話をした。 「shinのハハですが……いつもお世話様です。実は、チャレンジ事業の自己紹介カードを書かせようとしているのですが……ワタクシ自分のコドモがどこに行くのか存じませんで……」 「shinくんは……総合クリーンセンターです! 一緒に行くのは、KくんとSくんです!!」 担任の先生がゲンキに教えてくれた。 電話を切って、しばらく放心してしまった。総合クリーンセンターは、遠い。歩いていける距離じゃない。自宅付近からのバス便はない。じゃあ、自転車……? 自転車は3年前のゴールデンウイークに練習して以来、ほったらかしだ。発進して、前に向かってなら走れるようにはなったものの、ブレーキ使わないで足ついて停めようとするし、ハンドル切って曲がるのも難しい。 夜、帰宅したオットにグチった。「shinのチャレンジ、総合クリーンセンターなんだって〜。どうやって行き帰りさせようか〜。困っちゃうよー。T保育園なら歩いていけたのに〜」…… 後ろ向きにウダウダ愚痴る私とは正反対に、オットの行動は素早かった。翌土曜日、近くのホームセンターで、今のshinの身長にあった自転車を新調した。そして早速、練習。「だいじょうぶだよ。ブレーキも使えるし曲がれるようになったし、なんとかなるでしょ」と言う。 翌週火曜日。shinは自転車を押して学校に向かった。午後、学校からクリーンセンターに行って、先方との打ち合わせをするのだ。しかし、午後は雨になりそうである。自転車で行けなかった時のためにバス代を持たせ、小雨の場合に備えてレインコートも持たせた。オットは「だいじょうぶでしょ」と言うけど、私はshinが自転車に乗る様子を見ていない。見ていないから出せる、とも言えるのだが。ホントに大丈夫だろうか。私の心労はピークである。 そして午後4時過ぎ。弟のJunが帰ってきて「ちょうど今、shinちゃんも帰ってきたよ」という。「自転車に乗って帰ってきてた?」「うん、お友だちと一緒だったよ」。 あわてて外に出た。小雨が降っていた。shinは自転車置き場に、自分の自転車を停めているところであった。その傍らに、ジャージの上からレインコートを着た中学生2人。雨の中レインコートを着て、自転車に乗って、クリーンセンターまで行き、帰りはわざわざ、2人してshinを自宅まで送ってきてくれたのだ。 思わず近くに行って「あのー、shinのハハですけどー。きょうはどうもありがとう! 本番の時も、よろしくね〜」と言った。私には、アイマイなホホエミを浮かべてアイマイに会釈をした2人であったが、shinが自転車を停めてカギをかけたのを見届けて帰るときには「shinクン、ばいばーい」と大声で言いながら帰った。shinも「ばいばーい」と手を振っていた。 なるべくフツーに育てたい気持ちはヤマヤマなのだが、ほんとにヤマヤマなのだが、悲しいことに私は極度の心配性なのだ。どれぐらい心配性かというと……何の連絡もなく、オットの帰りが予定よりも1時間遅れると「なにかあったのではないか」と心配になる。2時間遅れようものなら、既に保険証も準備した上で、電話の前でじっと待つのである(←アタマの中では「ケーサツですが、ご主人の車が事故に遭いまして」という電話がかかってくる、という妄想がふくらんでいる)。今は携帯電話を持っているからだいぶマシだが、誇張でも何でもなく、それぐらい心配性なのである。そんな私にとって「shinに自転車で外出させる」というのは、なかなか越えられないハードルだったのだ。 このハードルを越えることができたのは、わざわざ「shinが自宅からクリーンセンターまで通えるか?」なんて余計な心配をしないでくれた(ある意味イッチョマエに扱ってくれた)学校と、だからといってイッチョマエに行動できるわけではないshinを、フォローしてくれた友だちのおかげである。あー、本当にありがたいよ。 結局KくんとSくんの2人は、「チャレンジ」の3日間毎朝自宅近くまでshinを迎えに来て、やっぱりちょっと心許ない運転をするshinを真ん中にはさんでクリーンセンターに行き、帰りはまた自宅近くまでshinを送ってくれたのだった。2人とも、すごい回り道になったはずである。自分たちだって初めての「チャレンジ」で緊張したり心配だったりということもあっただろうに、shinのことにまでいろいろ気を配ってくれて、すばらしい! こういう仲間関係の中で、shinはここまで育てられて来たのだ、と思う。 この一連のデキゴトのなかで気づかされたのは、私自身の、ある種の二面性である。 なるべく大勢の人の中で過ごさせたい、なるべく多くの人にshinを知って欲しい……そう思ってshinを育ててきた、はずだった。なのにふと気づけば、私は自分の安心のために、shinを「shinの障害をよく理解してくれる人がいる」事業所に行かせたがっていたのである。自分の安心のために「歩いて通える」事業所に行かせたがっていたのである。ふだん口にしたり文章にしたりする「思い」や「願い」とは裏腹に、shinのステップアップのチャンスをひとつ摘み取るところであった。アブナイアブナイ。 中学の後は高校にも行かせてやりたいし、その後は就職もさせてやりたい。彼が知らない人ばかりの世界にも出て行けるように、彼が出て行こうとしたときにウロタエないように、見守る勇気を持たなければ……と改めて肝に銘じた心配性のハハなのだった。 |