けんちゃんがいない

 我が家は、小6、小4、それに保育園年長組の三人兄弟だ。上から順にけん・しん・じゅん。
 5月の半ば過ぎから、けんは6月初めの修学旅行に向けて、周到に準備を進めていた。まずは「パジャマの購入」。けんは昨年の林間学校に「牛柄のつなぎパジャマ」を持参して、お友だちにとてもウケたらしい。「だから、今年ボクがどんなパジャマを持っていくかってことが、結構みんなの間で話題になっているんだよね」と本人は言う。そういうことなら……と、家族一同で「今年はどんなパジャマにするか」を真剣に検討した。しかしけんの身長もそろそろ150センチ。「トトロ」とか「ゴジラ」とかのオモシロパジャマはなかなかないし、あってもバカ高い。洋品店でさんざん探したが、なかなか「これ」というのがない。「いっそ、ネグリジェにしたら」「ネグリジェって何」「これよ。ほら、ヒラヒラがいっぱいついててドレスみたいでしょ」「……さすがにそれはイヤだ」などと悩んだ挙げ句、結局オットが「これなんかどうだ」と選び出したのが「甚平」だった。藍色の甚平。着せてみると、意外と似合う。「よし、これで決まりだ!」ということになった。続いてはおやつの購入。いったいどういう理由からなのかはさっぱりわからないが「ボク、修学旅行のおやつは95%“梅味”のもので統一したんだよ。だから、お弁当も梅干しおにぎりにしてね」という。つわり中か、キミは。
 さて、修学旅行当日。朝6時25分、けんは「じゃ、しんとじゅんにちゃんと説明しておいてね」と言って家を出た。そのコトバ通り、朝7時に起きたしんとじゅんは「けんちゃんいない」「けんちゃんどうしたの」と大騒ぎ。「けんちゃんは、修学旅行に行ったんだよ」「しゅうがくりょこう?」「うーん、お泊まりの遠足みたいなもんだよ」・・・チチハハは、一生懸命説明するハメになった。
 あさごはんが終わって、しんの登校時間。班登校だが、班長さんのけんがいないから、副班長のアカネちゃんが代理班長。しかし班登校の集合場所で、しんは困り顔で座り込んでしまった。メンバーが揃っていざ出発……の時点で、涙目になっている。陰から様子を見ていた私は、ここで出ていって「きょうはけんちゃんがいないから、アカネちゃんと一緒に行くんだよ」としんに声をかけた。アカネちゃんも当惑しただろうが、「いったいなんなの、この子」という雰囲気ではなく、「うふ、しんくんったら、しょーがないんだから♪」という感じの優しい目でしんを見ていてくれたのが印象的だった。
 出かける時はそんな様子だったしんであったが、6年生のいない学校で1日過ごしてコトの次第を飲み込んだのか、帰ってきてからは別人28号。じゅんのお迎えのために一緒に保育園に行ったのだが、ふだんは全く無関心な様子で園庭で遊んでいるしんが、きょうは教室から出てきたじゅんに駆け寄って「さあ、お迎えに来たよ」といわんばかりのそぶりを見せた。また、夜寝る前に「けんちゃんがいないから、きょうはしんちゃんがおふとんを敷いてね」と声をかけると、しんは、じゅんと二人分のふとんをせっせと敷いた。「パジャマも出してね」と言うと、じゅんと自分のパジャマをちゃんと揃えた。これらのことはふだん、全部けんにやってもらっていることだ。
 しんはいつも、けんに任せっぱなし、頼りっぱなしのように見える。それを「けんがなんでもやってしまうことが、しんのジリツのサマタゲになっている」と見る人もいるだろう。でも今回わかったのは、けんがふだんやってくれる様子を見るともなく見ながら、しんはいざというときにはそれらの仕事を自分でもできるスキルを、きちんと蓄えていたんだ、ということだ。まるで興味がないようなそぶりをしながら実は、周囲で行われていることをしんは少しずつ自分の中に蓄えているのだ、と思った。あとは、蓄えたモノがどういうタイミングで出てくるかだ。今回の「けんの不在」は、それを確認するきっかけになった。

 さて、けんは1泊2日の修学旅行から無事に帰ってきた。
 「甚平どうだった?」「ウン、ウケたよ。あのね、お風呂上がりに甚平を着て、旅館の廊下を歩いていたの。そしたら友だちが後ろから走ってきて、ぶつかっちゃったんだよね。友だちが『あっ、すみません』って、大人の人に言うみたいに言うから、ボクも『いえいえ、どういたしまして』って言ったんだよ。そしたら『なーんだ、けんじゃねえか!』って言われちゃった。ボク、大人のおじさんと間違えられたみたい」
 宿では、夜中の12時ぐらいまで起きていたそうだ。「えっ? おかあさんが子どもの頃は、先生が部屋を調べに来て、寝てないと怒られるから、先生が来たときだけ寝たふりしたりしてたんだよ」「ボクたちの先生は、部屋から出たり大騒ぎしたりしなければ起きててもいいよ、って言うんだよ。夜中の3時ぐらいまで起きていた人たちもいて、その人たちの部屋には先生が来て『せっかくこの時間まで起きているんなら、屋上に出て天然プラネタリウム見るか』って言って、みんなで星を見たらしいよ。いいなあ。僕も天然プラネタリウム見たかった」「ふーん、今時は修学旅行事情も変わってるんだねえ」「うーん、っていうか、ボクらの先生がいい人たちなんだと思うよ」
 ……イキなハカライで子どもたちに楽しい思い出を作ってくださった引率の先生方に、感謝。
                                (00.6.10 Chie)

《前へ》《次へ》《ほにゃららメニューへ》《トップへ》《ゲストブックへ》