「……なんで?」

20日(木)に国語学力テストがあります。先日、算数学力テストの時は、まったく手をつけませんでした。出歩いたり、しゃべっていて、やる気がないようでした。テストは40分あり、静かにしているのも無理なようです。今度の国語は、文章の長い、考えるテストや、聞くテストもあります。他の子の集中力も心配しているところです。大変失礼とは思いますが、shin君が静かにしていられなかったら別の教室に行かせてもよいでしょうか?」
 新学期が始まって間もなく、shinの連絡帳に担任の先生からのこんなメッセージを見つけたときは、正直言って途方に暮れた。
 shinは4年生になってから、どうも不安定だ。授業中も立ち歩きながらしゃべり続けているらしい。集中してテストに取り組みたい周りのお友だちにとっては、確かに迷惑だろう。

 人はたいてい、迷惑をかけられるのはうれしくない。迷惑なことはなるべく、ない方がいい。だからおとうさんやおかあさんやおじいちゃんやおばあちゃんは、小さい子どもに「他人様に迷惑をかけちゃいけませんよ」と教える。たぶん必ず、教える。小さい頃からたたき込まれた「ヒトに迷惑をかけちゃイケナイ」という価値観は、私の中にも抜き難く存在している。shinを普通学級に入れるにあたって、私にとって一番のハードルは、この「人に迷惑をかけちゃイケナイ」という価値観と「じゃあ、shinは迷惑なコドモなのか。いたらいけないのか」という思いのせめぎ合いだ。しかし「迷惑をかけないために別室へ」というのは、どう考えてもマズイと思った。shinがうるさくしていることを理由に別室に連れて行かれたら「周りに迷惑をかける人は、隔離してもかまわないんだ」という意識がお友だちの中に生まれるだろう。それは絶対によくないと思った。

 できれば迷惑かけたくないし……だからって別室隔離はマズイし……先生も親もお互いに納得できる、リクツに合った着地点はないだろうか。久しぶりに脳みそがだるくなるほどモノを考えた。そうだ、いっそ先生からクラスの子どもたちに「国語のテストの時も、算数のテストの時みたいに、shin君はウロウロしたり大きな声でしゃべったりするかもしれない。そうするとみんなは、テストの問題がゆっくり考えられなくなっちゃうんじゃないかと、先生は心配している。だから先生はshin君が静かにできなかったらテストの時間だけ別の部屋に連れていこうと思うんだけど」と問題提起してもらうというのはどうだろうか、と思って、連絡帳にそのように書いた。。案外子どもたちは「だいじょうぶだよ」と言ってくれるんじゃないか、なんて甘い期待だろうか。
 その後も、思いあまっていろんな人に相談した。「それはもう、先生に慣れて頂くしかない!」という意見もあった。「子どもはねえ、うるさくたって寝るときは寝るし、やるときはやるよ。家でだって、shin君が騒いでいるからってkenちゃん(兄)もJunちゃん(弟)もなにもできない、っていうことはないでしょう?」とのこと。そりゃそうだ。でもやっぱり、当事者としては「慣れて頂くしかないですね」なんて突き放せない。お互いに納得できなければ、前に進まない。
 結局学校に出かけて、先生と1時間半も話をした。たっぷり時間をとってもらえて、先生の考えていることもこちらの考えていることも、お互いにじっくり話ができた。先生の目には、shinは「勉強もわからないのに、普通学級に入れられてしまって、わけもわからず静かにしていなければならないかわいそうな子」と映っていたようだった。また、親の私たちに特殊教育に対する偏見があるのではないか、と先生は思っておられたようだった。私は、どうしてshinを普通学級に入れたのかということを、一生懸命話した。先生が納得されたかどうかはわからないけど、少なくとも特殊教育に対する偏見からやみくもに普通学級に行かせているのではない、ということはわかっていただけたと思う。また先生は私の提案を受け入れて、クラスの子どもの前で「shin君が騒いじゃうかもしれないけど、どうする?」と訊いてくださったそうだ。「だいじょうぶだよ」「耳栓持ってくるよ」などの声にまじって、やっぱり「うーん、もしかしたら気が散っちゃうかもしれない」というお友だちもいた、とのことだった。
 学力検査については、次のように話し合った。前提としては、shinが教室にいて、みんなと一緒に学力検査を受けるのがベスト。でもあまりにもいやがったり騒いだりした時は、自由帳を書かせたりして気分転換する。自宅からも念のため、なにかshinが集中できそうなものを持たせる。どうしても大騒ぎしてしまったら、今回のみ緊急避難的に、他の場所に行かせることもやむを得ないかもしれないが、それは最後の手段にしてほしい、とお願いした。また、周りの子に「うるさい子は隔離してもかまわない」という印象を与えることを危惧している、ということも話した。先生はそのことも既に考えてあったようで、もしもshinが騒いだら「あっ、お熱があるみたいだね」と言って保健室に連れていく、という筋書きを作り、あらかじめ保健の先生にも話をしてあったようだった。
 これがベストの方法ではないかもしれない。ないかもしれないけど、先生も私も、お互いに妥協できるところは妥協して、歩み寄った着地点がここだった。

 帰宅してから「shinが集中して静かにしていられるもの……」と考えた。しかし彼のお気に入りのモノは、CDについている歌詞カードとか、ゲームの攻略本とか、目にすれば思い出して歌ったりセリフを言ったりしそうなものばかりだ。考えた挙げ句、絵本を1冊持っていかせることにした。shinに「先生が好きな本を1冊持ってきてもいいって言っていたから、選びなさい」というと、彼は『となりのせきのますだくん』という絵本を選んだ。
 「じゃあ、これをカバンに入れておいて」というと、shinはなんだか困った顔をしている。重ねて「明日学校に持って行くんだから、カバンにいれなさい」というと、彼は「……なんで?」と言った。「なんで?」と言われて、こちらがうろたえた。今までshinに、こんなふうに質問をされたことなどなかった。
私「明日はテストがあるんだよ。テストのときにはシーしてなくちゃいけないんだよ。シー してられる?」
shin「うーん、できないよ。それはむずかしいよ」
私「shinが大きな声を出すとみんなが困るんだよ。自由帳になにか書いていてもいいから、シーしててね」

 翌朝。テストの実施日だ。shinはまた「おかあさん『となりのせきのますだくん』は、クラブ見学(で使うの)?」と聞きに来た。ふだんと違うものを持っていくことについて、なんだか納得がいかない様子だった。もう一度「テストの時にシーしていられるように持って行くんだよ」と説明した。でも、ひょっとして騒いでしまったら……「お熱があるみたいだね」なんて保健室に連れて行かれて、彼は納得できるのだろうか。かえってパニックにならないだろうか。不安なまま、送り出した。
 帰宅後。とにかくまず連絡帳を見た。「ご協力ありがとうございました。テストの前に全員に向かって、今日、四年として大事なテストをすることを話しました。私も不安いっぱいでしたが、今日のテスト中、shin君はよくがんばって静かにしていられました。ほめてあげてください。一度も席を離れませんでした。 −−中略−− 昨日からの一日で新しいshin君を知って、また、今後に生かせていけたら……と思います」と書かれていた。とてもうれしかったし、ありがたかった。
 しかし「新しいshin君」を知ったのは、私も同じだった。「おかあさん『となりのせきのますだくん』は、クラブ見学(で使うの)?」とshinに訊かれたとき「ああ、私はこの子を見くびっていた」とものすごくものすごく反省した。そして「テストでは静かに席に着いていた」という先生からのメッセージを読んで、また、ものすごくものすごく反省した。shinは「テストの間はシーしてなくちゃいけないんだよ」と話したのが、わかったんだ。話せばちゃんとわかるんだ。それを、きちんとshinと対峙しないで、小細工で対処しようとしていた。毎日shinと一緒に暮らしていながら、彼の状況をきちんと把握できていなかった。彼を信頼していなかった。
 最初は本当に途方に暮れたけれど、いろいろ考えられて良かった。最初は落ち込んだけど、先生ともいろいろ率直な話ができて良かった。shinの成長ぶりに気がつくことができて良かった。貴重な経験だった。                    (2000.05.06)

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