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ドキドキハラハラ新学期 まずは、昨年度の成績表の話から。 昨年度二学期、shinの成績表には斜線が目立った。「学習の記録」は、31項目中11項目が斜線。「生活の記録」は11項目中10項目が斜線だった。斜線というのはつまり、評価がされていないということだ。「学習の記録」については、わからないでもない。ノートもとっていない、発表もしない、テストも白紙では、評価のしようがないのだろうとも思う。「学習の記録」は「たいへんよい」「よい」「もう少し」の3段階評価だが「もう少し」ではなく「全然話にならない」という項目があれば、shinはそこに属するのかもしれない。 しかし、私がナットクいかなかったのは「生活の記録」に斜線があったことだ。「生活の記録」は「よい」「ふつう」「がんばろう」の3段階。「基本的な生活習慣」とか「責任感」「創意工夫」などの項目がある。それらが全部、斜線になっていた。たとえば「明朗・快活」が「よい」でも「ふつう」でも「がんばろう」でもない、というのはどういう状況なのだろうか。shinが明朗快活かそうでないか、それは果たして評価不能なことだろうか……と私はすごくナットクいかなかった。 3学期はウレシイことに、斜線の項目がひとつもなかった! ひとつ残らず、3段階のどこかにきっちり評価されていた。評価されたらされたで「それじゃあどうして、2学期には評価できなかったのか」というギモンは残るのだけれど。 さて、4月10日は新学期最初の日。担任の先生が決まるこの日は、子どもももちろんそうだろうけど、親もハラハラドキドキだ。shinが帰宅したとき、私はピアノのレッスンの仕事中で、彼に声が掛けられなかった。レッスンが終わって生徒さんが帰るなり、shinのところにすっとんでいって「おかえり」より先に「4年1組の先生は誰?」と訊ねる。shinはまだ新しい先生の名前を覚えていなくて「ぷっ、ぷりんと」と言ってプリントをくれた。今までうちの子どもたちは誰もお世話になったことがない、初めての先生だった。担任の先生がわかると、近所のハハオヤ同士で電話が飛び交う。「先生誰だった?」「○○先生。わたしよく知らないんだけど、どんな先生か知ってる?」「ちょっとキビしい先生だっていうウワサは聞いたことがあるけど……」etc. 先生は、オヤたちがこんなふうに情報交換していると知ったら気分悪いかなあ。でも、やっぱり不安なんだよね。だから一生懸命情報を集める。 こういう情報は、実は学校を越えて飛び交っている。私は4月10日の朝、担任の先生がわかるちょっと前に、ある人と電話で話をしていた。話のついでに「そういえば今年度、そっちの学校にうちの学校から××先生が行ったんだよ。shinが1年生のときにお世話になったんだけど、おおらかで、すっごくいい先生だったんだよ」「ふーん」……しばらくして、その人から電話がかかってきた。「ねえねえ、さっきちえちゃんが言っていた××先生、うちの子の担任になったよ!」「ほんと、良かったね〜!!」 shinの担任の先生についての情報は結局のところ、ほとんど集まっていない。4月半ばの懇談会ではじめてお目にかかることになる。普通学級で学ぶ障害児のオヤはこういう時、最初の懇談会前にどっと資料を揃えて「うちの子はこんな子なのでヨロシク」と先生に説明に伺ったり、最初の懇談会で他のおかあさんたちにも子どもの障害のことをいろいろ説明して理解を求めたりするタイプの人と、とりあえず何もしないタイプの人がいると思う。私は今まで、断然後者だった。これでいいのかどうかわからないけど。今年はどうしようかなあ。どんな先生かなあ。shinがクラスの中にいることを認めてくれる、shinのことを理解してくれる先生だといいなあ……と考えている。 (00.4.10) |