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なんだか人ととりとめのない話しがしたくてデパートの化粧品カウンターをたずね、ファンデーションを買った。 薬屋で買えば2割引のを定価で買ったが、なんだか少し気が晴れたように思えた。 | |
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具合の悪いせいで、せっかくの楽しい寄り道もできずに(金曜日は寄り道の日)残念だったし、家をとっても遠くに感じた。 | |
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主演の鹿賀丈史は体も顔も大きく、迫力があった。(魔女役の荻野目慶子は顔が小さくてよく見えなかったのと対照的だった。) マクベスは戦争の帰りに森の中で魔女にあい、「おまえは領主になり、やがて王になる」という予言をされ、そのことを手紙で妻(高橋恵子)に送るものの半信半疑でいた。 しかし領主になることは実現し、さらに妻にそそのかされ野望を遂げるために王や仲間を殺して王座につく。 マクベスは周りの人を信じられなくなり、さらに仲間を殺していく。最初はけしかけた妻はマクベスを恐れるほどになり、死んでいく。(自殺?) マクベス自身も、不眠になり亡霊を見て気が狂って滅びていくという話だった。 ちょっといい話だなと思えたのは妻が死んだとき、最初の予言を伝える手紙を肌身離さず持っていたところだろうか。 信じられない話だが、王妃になるかもしれないという話を伝えたかったというような言葉で結ばれていた。 不幸な結果に終わっているものの、そこには夫婦の愛情が確かにあったのだ。つまり、最初にけしかけたのは自分を想ってくれる夫を後押ししたい気持ちからであり、そのあとの殺戮に心痛めたのも全ては愛情からきていたのだった。権力闘争に明け暮れることの空しさを感じた。 たまにはこんな文化的な娯楽を味わうのもいいかもしれない。話はどろどろしたものだったが心は晴れ晴れしてゆっくり眠れた。 | |
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うんざりした夏の暑さが今は懐かしく思える。これからまたどんどん寒く、日が短くなると思うと憂うつな気持ちになる。 日の短い間は所定労働時間を短くして欲しいと思う。だって明るいうちに帰れるとなんだか嬉しい。 昨日の夕刊によれば成果主義だなんだいって結局、労働のコストは削られているらしい。 くれるお金ばかり削っていないで提供する時間も削ってもらいたいものだ。 | |
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体もなんだか痛いし、胃も悪いのか口の端も切れている。季節の変わり目はよく人が亡くなるけれど「なるほど」と思える今日この頃である。 | |
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その茎には猛毒があるというけれど彼岸花なんて地味な名前のくせになんだかギリシア神話のようである。 | |
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以前、車で通った時に見かけた看板を確認したかった。小学校の時の先生の自費出版した本の看板である。 先生は神奈川に住んでいるからなんでこんな裏通りの住宅の角に看板があるのか知りたかった。 見に行ったら家の人が周りを掃いていて、看板には「当家にて販売中」とあった。 先生の年賀状で自費出版の話は知っていたものの、なかなか見つからなかったから買っていなかった。 この家で売っている理由も知りたかったし、丁度人が出ていて声をかけやすいということもあって本を買うことにした。そしたらなんと先生の妹さんの家だった。 こんなに近所に先生の妹さんが住んでいたとは・・と驚いた。というのも先生は青森県出身だったからである。 不思議な縁を感じて家に本を持ち帰り、少し読んだが眠くなってしまった。内容は古代史ものでこちらにはとんと縁がなかったようである。 | |
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ぽんすけは何やらアルバムを発掘してきて眺めていた。なるほど、楽しかった思い出を見るとこんな日でも心晴れ晴れか?と思いきや、なんと年表をつくっていた。 (なんかいかにも「ぽんすけらしい」が旅行年表とは思い付きませんでしたよ。) できてみるとなかなか面白い。何回か行ったところなんかはいつ行ったかよく覚えていなかったりするがこうして整理してみるとはっきりする。 だからどうってことはない自己満足(家計簿と同じ)なんだけど楽しかった。 | |
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都心は黒塗りの車で出勤する人からこういう気ままに暮す人までさまざまなクラスの人が混在している。 ここでもしも東京大地震が起きたらどうなるのだろうか。クラスを超えた助け合いになるのか、はたまた暴徒が出てとんでもない状況になるのか。 地震はすごく恐いけれど人間の可能性を知る興味深い事件でもある。 (生きていればね。) | |
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今やっている仕事自体はまあまあ気に入っているし、他にやりたいこともないからこうして続けている。慣性の法則に近いですな。 | |
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瞳孔を開く目薬をさして、光をあててみてもらったがとりあえず現段階では心配ないとのことだった。目が疲れたりしていると、そういうことはあるそうだ。 眼科の帰りが大変だった。しばらくは瞳孔が開きっぱなしになるので眩しいし、よく見えない。 お気に入りの串あげのお店で夕食をとったが、美味しいのに何を食べているのかよく見えない。 視力が弱くなるとこんなにも不便とは、と思った。眼は大切にしたい。 | |
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子供の頃は西荻が最寄り駅で電車に乗ってどこかへ行くといってもせいぜい2〜3駅程度がほとんどだった。電車に乗るのが好きだったわたしはもっと電車に長く、遠くまで乗りたいとよく思った。 今は願いかなって(?)日野が最寄り駅、通勤には1時間近く電車に乗っていくはめになっている。 電車に乗るのは今でも好きだが、なぜか通勤で乗る電車は同じ電車なのに心はずまない。 | |
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帰ってくると隣の男の子が2人、社宅の通路でウロウロしていた。「おでかけ?」と聞いたら「うんうん。お父さん待ってるの。」お父さんとはこの前、オリンピックで雄たけびをあげていた彼である。 歳はまだ20代後半くらいであろうか、立派な体格の御仁である。最近、会社の帰りが遅いようでなかなか声が聞こえない。 よく、彼が大きい声で子供たちを叱って、子供たちが大声で泣く様子が聞こえてくるがこんなふうに慕われているとは。 そういえば休みの日、よく駐車場で子供たちと遊んだり、車でどこかへ行くのを見かける。 オリンピックの雄たけびの横では子供たちのはしゃぐ声がしていた。子供たちはどんなに叱られてもお父さんの愛情をわかっている。 | |
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ショッピングセンターの駐車場は新しいシステムにリプレースされていて、空車のある列は電光掲示され、出口も自動化で駐車場内に人が必要なくなっていた。 あのおじさん達はどうしたのだろう。それに、ちょっと暗いので置き引きなどの犯罪も心配である。 こういうシステムはうちの会社なんかも扱っていると思うけれどほんとうに社会のタメになっているのかなあと少し、思った。 | |
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なんか長屋にいるみたいだが、ちょっと嬉しさをおすそ分けしてもらった気分である。 | |