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明日からまた会社かと思うと「はーっ!」とため息がでそうである。リフレッシュはしたんだけどお休みが名残惜しくて・・。 | |
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暑い中、お世話になった人や友人のことを気遣い、少ない文面ながらもハガキを書くというのは美しい習慣である。 書くのは大変だけれど、これからも頑張って続けたい。 | |
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しかし、いつもこうでは採算がとれないだろう。結局、いつもの生活用品程度のものしか買わなかったけれど、わくわくした気分を持ち帰った。 | |
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友人は元気で、子供も3歳になり、電話口で「もしもし、こんにちは。」と片言の日本語でお話した。 友人は華僑のマレーシア人で、マレー語、英語、中国語、日本語の四カ国語を自在に操る。 このレベルに到達すると自分が今、何語で話そうと意識しなくてもどれかの言葉が出てくるらしい。 以前、子供には何語で話しかけているのか尋ねたらあまり考えていないと言っていた。 子供はちゃんと話せるようになるんだろうかとひそかに心配していたが、それなりに意思の疎通が図れるようになってきているようだ。すごい国際人が育ちそうでうらやましい。 自分はこの前5年ぶりにTOEICを受けたばかりだが、ヒアリングの会話をまるで音楽のように聞き流してしまった。すでにこの3歳の子供に負けているのかもしれない。 | |
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先週も夏休みをとったが、またお休みなのである。現在は出向中であるが、所属している親会社は某Y電機と並んで年間休日の多い会社で土曜日に祭日が来ると、金曜が振替休日になるというルールまである。 給料の安さを休暇の多さでカバーしているのだから、休むことは給料の一部なのである。 人の一生にある時間は限られている。どんなに努力しても成功してもその時間は増やすことができない。 そう考えると、時間以上に貴重なものはなくて、多少の給料や残業代に代えることはできない。ただ、生きるからにはお金が必要だから働くだけである。 今の会社員は働きすぎなのではないか。仕事がすごく好きで没頭したい人は別として、もっと自分のために時間を使える社会になるといい。 家族と一緒に過ごせずに、心身をこわしたり、自殺するまで働くなんて論外である。 | |
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初めて行く場所はなんだか遠足気分である。しかも会議なんかと違って準備や緊張感もないから、いたってお気軽なものである。 お昼のパンもいつもと違うお店で買えて(いつも朝は閉まっていて買えない。)、大満足のおつかいであった。 さらに少しだけど旅費手当まで出ちゃうんだからなんだか悪いよね。 | |
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例えばお刺身ならマグロのサクが色悪くなったら切って盛り合わせにしてさらに売れなかったらネギトロに加工して売る。 お肉はもっとすごい。切り身の肉が色悪くなったらひき肉にしてさらに売れなかったらハンバーグにして、もっと売れないと焼いて惣菜のハンバーグにしてそれでもだめならお弁当に入れるんだそうです。 コロッケなんかにもするんだけれど売れないとコロッケを洗ってもう一度揚げて売るとか。 ちょくちょくスーパーの惣菜は利用してきただけにそのリサイクル技術の凄さに背筋が寒くなる思いがした。 なんかスーパーはビジネスライクで品が豊富だから利用しやすいと利用してきたが、個人商店のありがたさがわかった。 しかし、いまさら個人商店に行こうと思ってみても、スーパーにすっかり淘汰されて無くなってしまっている。 デパートはどうなんだろう。今、安心して買えるお店ってあるのだろうか。 | |
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グランデにしようかとも思ったが、結局トールにした。ちょっともの足りなかった。 しかし、ダイエットを考えるとショートくらいにしておけばよかったかも・・。 (四国で2Kgも太りました・・。トホホ) | |
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今まで気づかなかったのだが行ったばかりの高知の「とさでん」のバスもいた。いい思い出の場所と新宿がつながったみたいでなんだかちょっと嬉しくなった。 今日はそれにしても一日だるかった。早く家に帰りたかった。 | |
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夕方には写真をプリントして、もう思い出となってしまった四国の日々を振り返った。 | |
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南国のゴキブリは動きが速くて大きい。2匹ともぽんすけがとってくれたが、怖かった。 おかげで今日は寝不足。桂浜ではぼうっとしていて首や肩を猛烈に日焼けしてしまった。 明日以降、ヒリヒリしそうで怖い。 | |
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夜間ならともかく、のんびりしたものである。こんなにのんびりしていたって、生きていけるのである。普段の忙しい生活は間違っているのかもと思った。 カルストの広い山肌にのんびりと牛が草を食んでいた。風が強くて外で見るのは容易ではなかったけれど、そこそこ綺麗なレストランもあり、生まれて初めての川魚「あまご」を食べることができた。 空気は済んでいて、気持ちまで透き通るような感じがした。山間を抜けて四万十の源流を見ることもできた。森が水をつくる、というイメージにぴったりな風景だった。 | |
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(雨なので他に行く場所を思いつかなかった。) けっこう量が多いし、カビ臭いコレクションで、珍しいけれども特に面白くはなく、見た後はどっと疲れた。 しかしこれを見に来るお客は中年のフツーのおじさまが多くて、しかも「どんな人だろう?」と見ようとするとスッと物陰に隠れてしまうのは面白かった。 夕飯は宿の中庭にある小屋で炭火焼の焼き鳥を食べながら周囲の山々を眺めたり、小鳥や蝉のなく声を聞いたりで楽しんだ。雨はもう上がっていた。 | |
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(東京で知らない子供に挨拶されたら「宗教の勧誘?」と疑ってしまうだろう。) 暑いながらも歩きまわって観光用でない街並み(これも十分古い)も見て楽しんだ。 途中、老婆に何か話しかけられたが、方言が強くてよく聞き取れなかった。 英語でもそうだが、私はよく聞き取れないときは、聞き取れた部分から類推して今の状況を話すことにしている。 失礼な場合もあるかと思うが、これにより相手が返してくれる言葉はたいてい理解できる。 老婆は裏道を歩いている私達を見て、肝心な観光スポットを見逃しているのではないかと心配してくれていたのであった。 あたたかい気持ちが伝わってきてすごくうれしかった。 | |