| TOP |
| 伝言板 |
| ち〜すけの部屋 |
| ぽんすけの部屋 |
| リンクの部屋 |
| 写真館 |
|
|
|
|
医師も「あなたは慎重そうなのでギプスではなく装具で歩きましょう。」と言ってくれたのであまり無理な動きはできない。(しかし、慎重な人は怪我なんてしませんよ。) 病院から家に戻ってひとしきり歩く練習をしたら午後から会社。バス停までは歩くのに時間がかかったが、お天気も良くて気持ちよかった。やったー!! (しかも医療費2割負担は今日まで。ちょっとだけラッキー。) | |
|
|
|
|
早速、文句の電話をかけたらおばちゃんはひとしきり訂正したあと、「奥様お忙しいのにお手数おかけしてすみませんでしたー。」と謝った。 そうね、家にいるのにだんなをお遣いに出すなんて、そう思われるかもしれませんね。怪我して行けないことなんて、普通はないですから・・。 | |
|
|
|
|
少しでも歩けるようにならないと、間に合わない・・。 | |
|
|
|
|
| |
|
|
|
|
| |
|
|
|
|
| |
|
|
|
|
| |
|
|
|
|
このまえの靭帯専門の先生は「大掛かりな装具をつけてまだ2ヶ月くらいかかりそう」、と言って私をヘコませたが、骨折専門の先生は「ひびは入っているが幸い、歩いても体重のかからない場所なのでもう少し腫れが引いたら足をついてもいい。」と言ってくれた。 ちょっと希望の光が見えてきた。 | |
|
|
|
|
| |
|
|
|
|
国家という皮はどんなに悪いとしても(ほんとうにアメリカの言う通りなのかは知りませんが)中身の国民はわれわれと同じ普通の人々、 なすすべもなく、逃げ惑い、傷つき、死んでいく。あんな暗い中、爆弾が次々飛んできたら民間人は狙っていないといわれてもやっぱり怖いし、巻き込まれる人だって相当いる。 TVのおかげでどんな正義の目的を掲げても戦争は人を殺すことだとよくわかった。 | |
|
|
|
|
ほんとうなら妹は実家の両親と共に今頃、カナダに旅行している予定だったが、イラクとアメリカは戦争を始めるし、恐ろしい肺炎は流行りだすし、2、3日前に急遽中止していた。代わりに日曜からハウステンボスへ行くらしい。 怪我をして動けない身としてはどうせどこにも行けないので案外影響が少ないかも、と思った。 (実は4月の初めに海外リゾートなど、と考えていた矢先に怪我していました・・。) | |
|
|
|
|
体は疲れたけれどちょっと仕事が片付いて気分的にすっきりした。 | |
|
|
|
|
来週、骨折専門医に診てもらうことになる。なんかだんだん大変なことになってきて不安がつのる。 治癒まではまだ2ヶ月ほどかかるので装具をつくることになるかもしれないとのこと。 でも病院の後は会社へ行く。バスを乗り継いで大崎に出張にも行く。バスはノンステップならなんとかはいあがれることがわかる。 打ち合わせも無事終了し、帰りのバスに乗り、渋谷に向かう。帰りのバスはノンステップでなかったから乗り込むのも降りるのも運転手さんの手を借りた。 降りるのは特に大変で、渋谷駅にたまっていた運転手3人がかりで降ろしてもらった。周囲は夕方のラッシュ、ちょっと注目されてしまった。 ほんとうにすごい人でバスを乗り継ぐのは難しいし、体もけっこう痛くなっていたのでタクシーで自宅まで帰った。街は健常者向けに出来ている、とつくづく思った。 | |
|
|
|
|
タクシーで乗りつけたはいいが、松葉杖を手に途方に暮れた。すると見知らぬ中年男女3人が寄ってきて「手を貸しましょう」と手伝ってくれた。 とてもありがたかった。知らない人に親切にしてもらえる幸せにちょっとじ〜んとする。 MRIは閉所恐怖症かどうか確認され、非常用停止ブザーを持たされて受けた。 それだけで大変な検査のイメージになるが、うるさいだけで痛くないし、どうということはなかった。30分の検査で約5千円。お財布は痛かった。 | |
|
|
|
|
しかも断層撮影でナゾの歪みがあることがわかり、急遽MRIの検査を受けることになる。 本当に必要な検査なのかちょっと疑問に思いつつ、予約する。医大のは混んでいてすぐにできないため、離れた場所のクリニックで明日、受けることになる。 | |
|
|
|
|
先週は捕獲してオホーツクに返そうとした団体が現れ、今日はその団体がホタテ貝をばらまいていた。 アザラシが気ままに暮らすことすら許さない世の中は窮屈ではないでしょうか・・。 (それにしてもおいしそうなホタテ貝だった。) | |