| TOP |
| 伝言板 |
| ち〜すけの部屋 |
| おやの部屋 |
| リンクの部屋 |
| 写真館 |
|
|
|
|
私の父は厳しくて子供の頃は「父以外の運転する車(バスは除く)」に乗ってはいけないことになっていた。もちろん、叔父の車も例外ではない。 中学入学を目前にしたあるとき、叔父は私に「入学祝いに腕時計を買ってあげるから時計屋さんに行こう。」と車でやってきた。 「腕時計は欲しいが、車に乗っては父に怒られる」と当惑したが結局、母の「行ってらっしゃい」の言葉に父には内緒で初めて「人の車」に乗り、2万円くらいするシチズンの自動巻腕時計を買ってもらった。 当時の物価を思えばずいぶん奮発して立派なものを買ってもらったものだと思う。ちょっとした冒険と新しい時計にドキドキワクワクした気持ちは今でも忘れない。 今はただ、悲しい気持ちで胸いっぱい。冥福を祈りたい。 | |
|
|
|
|
前よりも聞こえるし、書けると思っているが何が悪いのだろう。反応が鈍くなっている。ヒアリングの文章を聞いてマークする時間が長くなり、次の問題が聞けないし、リーディングは最後まで行かない。 これは日本語で会話していても同じ傾向があり、脳の老化が影響していると思う。もっと時間を制限したトレーニングをしないと回復しなそうだ。 (トレーニングというよりもリハビリテーションかな?ヘコむなあ・・。) | |
|
|
|
|
頭のイイ人はそうでない人の行動がわからないのかもしれない。使われている技術はテキストマイニング技術であっと驚くことができる。 守秘義務の関係で詳しく書けないのが残念であるが、そのうち商品化もするだろう。まだまだ日本はイケるかもと思った。 | |
|
|
|
|
内容もバラエティに富んでいたから夕方3つ目の打ち合わせの時にはもう何か頭の中が混沌としてしまっていた。こんなことではいかんですな! (しかも打ち合わせは宿題がたまるからなかなか帰れないし・・。サトラレの最終回、半分くらいしか見れませんでした。) | |
|
|
|
|
ちょっと面白かったのは「結婚したほうがいい」あるいは「しないほうがいい」のテーマだった。 「したほうがいい」派で「好きな人と一緒にいられる」なんてスイートなことを言う若者がいるかと思えば「義務感ができて成長する」落ち着いた大人。 5グループあるうちの4グループまでは「結婚したほうがいい」派でこんな調子で話がまとまっていったが、「しないほうがいい」派が「自由でいられる」「経済的問題」などで健闘していた。 皆まだ若いからこういう方向なのだろうがきっと同じことを幹部社員研修でやったら逆転するのかもしれません。 | |
|
|
|
|
研修所は豊田の工場の竹やぶだったところに建っている。昔、春の筍の時期に「筍をとるな」という総務の看板が立っていたのを懐かしく思い出す。 窓からは見なれた日野の夜景が広がる。懐かしむばかりでは前に進めないが、よかった頃を取り戻したいと強く思った。 | |
|
|
|
|
ちょっとずつ広がる視野に達成感はかすかにあるのだが・・。お風呂の底に沈んだ石鹸を拾うようで滑ってなかなか実態がつかめません。 | |
|
|
|
|
女の子にはいろいろ買ってあげたいものを思いつく。男の子は難しい。これは自分が女だからなのか?しかし、百貨店の売り場へ行っても男性向けの贈り物売り場は面積が狭いのでやはり男の持ち物は少なく、女は物持ちだということなのかもしれない。 ともあれ、何をお祝いに買うか、買い物中毒でもある私には楽しみが一つ増えたことになる。 | |
|
|
|
|
渋谷区東の閑静な神社の近くにあるそのお寿司屋さんは、こじんまりとしていたが職人風のお父さんと年よりも若く見える美人のお母さんが守っている、伝統的なお寿司屋さんだった。 自慢の息子はドクターで、会社では情報ネットワークの研究職、週末には英語教室に通い、奥さんと生まれたばかりの赤ちゃんを連れてよく実家に立ち寄るという、幸せを絵に描いたようないい息子さん、いいご家庭である。 奥の座敷は仲間達のために解放され、大皿には新鮮なお刺身が美しく盛り付けられていた。 タコ、イカ、マグロ、カツオ、タイ他名前は知らないが美味しいサカナたち。そして茶碗蒸や煮物、お寿司!もともとディスカッションが主体のクラスなので話も楽しく、盛り上がった。 オーストラリア人の先生、日本語も上手な中国人Kさんの意外な観点、他のメンバーの前向きでアグレッシブな姿勢に感化されるひとときだった。 | |
|
|
|
|
料理はイマイチでも、個室で仲間と楽しくカラオケで盛り上がれるお勧めのお店、新宿コマ劇前「大馬鹿地蔵」・・。 (前、部の飲み会でも来たけれどそのときは一人で歌いまくりな人がいてちょっと閉口でした。皆で歌えば楽しいんですね。) | |
|
|
|
|
寝る部屋で横になり、そこから遠くに見える台所の窓から見ると同じ窓から見ているはずなのに大きく、窓いっぱいに見えるのだ。 なんていうかこれってカメラのレンズみたいな感じの現象なんでしょうかね。不思議ー♪ | |
|
|
|
|
| |
|
|
|
|
メールが50通くらい来ていて、読むだけで半日近く過ぎる。午後は発明補償規定改定の打ち合わせ。 朝はくじけそうだったが今回の旅行は短かったようで、意外とスムースに仕事に復帰した。 Gさんの旦那は同じグループの会社に勤務しているが、「日本にいた頃は会社に就職するのが当然と思っていたが、マレーシアに来て長くいたら考えが変わってきた。」という。 会社を起こしたいと思うようになったそうだ。私が、うちの会社で中国人マネージャを育成しようとしても、スキルが身についた頃辞めてしまう話をしたらそれは当然ではないかとも言っていた。 今、会社は労働者にお金になるかわからない「忠誠心」よりも具体的な「成果」を求めている。 しかし、「忠誠心」がなくなったとき、「成果」が出せるようになればよりお金になる道を選ぶのは競争原理にかなっている。 自分はこれからどうするべきなのかとても考えさせられた。 | |
|
|
|
|
なんとか家にたどりつき、洗濯を始める。急に生活感が出てきて悲しい。 (そういえばGさんちはメードさんが洗濯していた。) 部屋が狭いので日野にいた頃みたいにスーツケースを広げておく場所がなく、せっせと片付けることになる。眠れないのだ。 なんだかわけもわからず一日は終わり、眠りについた。 | |
|
|
|
|
こちらは1400ドルくらいしたかったので困ってしまった。銀行は休みなので、街の両替商しかない。 とりあえず、Gさんの家に行くことになっていたのでその周囲のショッピングセンターの両替商をあたることにしたが、結局アメリカンエクスプレスのチェックしか扱っていなくて持っているのはシティバンクとVISAだったので換えられなかった。 やむをえず、家族中の日本円をかき集めて支払った。それにしてもひどいのはホテルの対応である。 目の前でサインしているのにチェックを受け取ってから「あ、お金足りない」みたいなことを言い出すからサインしてしまったチェックはどうしてくれるのでしょう。 ホスピタリティがいいことで常宿にしていた5つ星ホテルだったのでショックは大きかった。 Gさんの家では下の子(10ヶ月)に初対面。つたい歩きを始めたばかりのその男の子はとってもおとなしくてお姉ちゃんとは全く逆の性格であった。人見知りするのだ。 お姉ちゃんは赤ちゃんの頃からとてもフレンドリーで誰にでもだっこをせがんだものだった。 弟は目が会うだけで泣きそうに目がウルウルしてくるのだ。(これはこれでカワイイが。) 中国系はみんなフレンドリーなのかと思っていたが、やはり子供の性格なのだと思い直した。 デジカメでリゾートで撮った写真のスライドショーを見たりしてあっという間に時間は過ぎ、夜の飛行場に着いた。 「昼間の便で帰りたい。」という父の希望と「日航じゃなきゃイヤ」という母の意見と家族別々の原則に基づき、両親と妹はシンガポールに1泊して朝の便で帰ることになっていたので見送る。 私達は23時発の便で狭くて眠れず、死にそうになりながら帰るのだった。 私は3列の席の真中、右にぽんすけ、左にマレー人のおやじという陣容で、おやじの動静を気にしながら乗っていた。 マレー人のおやじは日本人のおやじと習性が似ていることがわかり、なんとなくおかしかった。 (書くと下品になるのでここでは割愛しますが、まあ、そういうことです。) そういえば機内の映画は行きは「陽はまた昇る」「ヘドウイックアンドアングリーインチ」「パニックルーム」、帰りは「タイムマシン」を見た。 半分寝ながらのところもあったが、気に入ったのは「タイムマシン」「陽はまた昇る」、期待はずれは「パニックルーム」、 なんじゃこりゃというのは「ヘドウイックアンドアングリーインチ」でした。 | |