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半日プールで遊んだらけっこう疲れたのでクアラルンプールに戻ってからはゆっくり買い物に出かける。 今日はマレーシアの独立記念日なのでやたら混んでいた。禁断の違法コピーDVDなどをひとしきり眺め、洋服・靴を少々買って部屋に戻る。 夜はホテルの部屋にマッサージ師を呼んで中国式マッサージを受ける。生まれて初めて、言葉のロクに通じない人から異国のマッサージを受けた。 緊張したが、不思議な感覚ですごく気持ち良かった。(これもGさんの紹介。ディスカウントしてもらって2千円くらいで1時間。) | |
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おしゃれなサンダルを用意していったら、コテージを結ぶ板でできた桟橋みたいなものの隙間にハマって何度も動けなくなった。水上コテージにピンヒールは向かないようだ。 着いた時は南国特有の激しい雨と雷でヘコんだが、やがて雨があがったのでプールに入る。 ぽんすけは嵐で落ちた葉をプールから拾ったり、ヘンな虫(アメーバみたい。塩素が足りないのか??)を見つけたりして楽しんでいた。 Gさんは下の子供をメイド兼ベビーシッターに預けてきたのでのんびりとしていた。 Gさんの娘Sちゃん(4歳)は魚のように軽々と泳いで、浮きマット(Gさんが面白い道具を持ってきました。うちも欲しい!!お風呂場に敷くマットみたいなのですが、乗って漂うこともできるスグレモノです。)にしがみつく泳げない私をマット毎泳いで運んでくれた。けっこう不思議な感じで楽しい遊びだった。 ホテルの部屋は天蓋付ベッドで気分はインドのお姫様だった。今回、あの天蓋と白い布は高級感を出すだめではなく、蚊などをよけるためのものだということがわかった。 水上コテージは木造でけっこう蚊やヤモリが出入りできるのである。 (ヤモリはキュッキュッキュッって鳴くんですよ。ちょっとカワイイ。) | |
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旦那様が時折送ってくれるデジカメの写真で太って疲れた様子を見ていたので心配していたが全然、違っていた。「どんな写真を送ったのかしら(怒)」と話していた。 父の神経痛も今は調子が良いらしく、私達家族5人とGさんでクアラルンプールの新名所・ツインタワーの下のショッピングセンター(KLCC)や、おなじみセントラルマーケットなどを歩いた。 いつも仕事と子育てで買い物をする暇がないというGさんも「おかげでショッピングができる」、と言って一緒に楽しんでくれた。(お揃いのブラウスを買いました。) アジアの経済危機で一度は建設中のビルがそのまま放置されていたり、空店舗が増えて活気を失っていた数年前が嘘のように、街はエネルギッシュに生き生きしていた。 物価も少し上がっていた。経済が成長しているのだ、と実感した。 しかし、Gさんは旅行会社勤務なのだが昨年の米国テロ以来、会社の経営が思わしくなく、早晩つぶれてしまうだろうと話していた。全てがうまくいっているわけではないのだ。 Gさんの会社は日本人観光客向けに少し高級なツアーを売ってきた。(ベンツで観光するのがウリ。) 最近は自分達で見て回る人が増えていたところに、テロの打撃で経営が行き詰まってきているらしい。経営環境の激変に対応するのはいずこも難しい。 | |
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バスの中でぽんすけ分の航空券が見つからず、あせる。別の場所にあって一件落着だったがもしも見つからなければ大変なことだった。
ともあれ、夜には無事、クアラルンプールに着く。8回目のマレーシア訪問である。 実家の両親と妹は別便で行ったので(同じ便だともしものときに困るのでいつもそうしている。)、空港内の待ち合わせ場所へ行ったら3人はいなかった。 先に着いているはずなのに・・とまたもや、あせる。さんざん待って探してようやく見つける。 いつも話をいいかげんに聞いていることがよくわかり、ちょっとムッとする。 急いで、滞在中ずっとキープしている運転手さんのところへ行く。イヤな顔一つせず、待っていてくれた。ホッとした。 明日会う友人Gさんのツテで頼んでいるのできちんとした人である。 Gさんは中国系マレーシア人で「サービスに満足しなければチップはあげない」主義なのでけっこう厳しいのだ。 (運転手さんへの支払いはGさんからしてもらっている。) 八方美人な私にはなかなかマネができない。 | |
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それでは昨日の残業がムダだったのではないか?と思われるかもしれないが、ギリギリの時に限って突発的な事件で引っ張られるので少しは余裕をもったスケジュールにしておかないと定時で帰れない。 おかげさまで定時に帰り、明日からの旅行の準備で夜中の1時までかかる。 いつも旅行は楽しみだが、行く前後の忙しさを思うとけっこうブルーになる。こんなときはいつも「もう行かない!!」と思うのである。 | |
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久々に夜9時ごろまで残ってしまった。ふと経費削減の残業規制で残る人が少ないことに気づく。こんなに減らせるものなら今後も常に減らせばいい。 間接部門の仕事はもともとお客様に売るものではないし、必要不可欠な部分だけに絞ればもっとスリム化できるはずなのだ。 それが膨らむのはなぜだろう。「必要不可欠ではないが役員の指示で行う仕事」「生活費のために残る人」「目標管理のために作られた仕事」「非効率的な会議」など理由はいろいろあると思う。 必要不可欠なことだけする職場はドライなイメージだが、アメリカ的経営を目指すならこういう体質から改善しないと、と思う。 | |
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夜は昨日のおむすびの残りのたらこで作ったお茶漬けだったが、ステキな奥さんって気分だった。 | |
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英語で教育予算を確保する会議のシミュレーションをするのが今日のテーマだった。 各自いろいろな部門のマネージャという配役をもらう。演劇っぽいし、どうせお勉強だからと気軽に参加しているとアタックNo.1みたいな強烈なサーブが飛んできて叩きのめされる。 「立て!戦え!」みたいに講師にどやされて「そうは言ってもうちの部門はこーゆー事情で予算いるんですよ。」と日本的な答弁をすると「もっと食い下がれ!」みたいに言われて四苦八苦。 アメリカのミーティングには出たくないですな、まったく。 疲れて家に帰っておむすびを作って食べて昼寝した。半日で1日分の体力を使ったみたいだ。 | |
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11時に終わったって11時30分には家に着くから、午前様になってぽんすけの説教を食らう機会も減ったというものだ。 (こんなことなら早く引っ越せば良かった。) 滅多に会わないし、みんないいトシになって会社での態度はそれぞれ想像もつかない大人らしいものになっているだろうに、学生時代のノリで話せるのがうれしい。 内容は子供や会社の話だったりするのだが、他業種(?)の人とざっくばらんに話ができるのも貴重である。 声をかけあって出て来れる人達だから比較的、生活が安定、幸せな方なのだろう。 自分もこの輪から外れないでいられるようにいたいと思う。 (今日は某会議に出て「こんなんでうちの会社は大丈夫なんかいなー。」と思ったばかり。心細いですよ、まったく。) | |
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懐かしいという気持ちは子供の頃はわからないものだ。中学くらいの時に卒業した小学校などを見て「あー、懐かしい」なんて言ってたけれどせいぜいほんの2,3年前のことを懐かしがっているのだからたいしたことはない。 それに次々進学して違う環境に身を置くからそれぞれの期間は短い。会社なんて入って十ン年、結婚してン年、もうなんだかあっという間にたつんだけれど年数を数えると怖いくらいである。 とにかく、日野は私にとって胸が苦しいくらい懐かしい場所になっていることがわかった。 | |
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定時後、3時間も勉強したからもう疲れとストレスで叫びたい気持ちだった。いや、人間壊れそう。(土曜の英語の宿題もやらなきゃなんないし・・。) | |
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いつもの人はお休みで、代わりのおばちゃんはなにやらガサツで騒がしい人だった。 最初はパーマをかけようかと思っていたがこれでは心配なのでやめ、あっさりとカットにしてもらう。 出来映えは思ったよりは良かったけれど、シロガネーゼからは遠のき、ややaikoみたいになった。 慣れない人とのコミニュケーションは難しいものだ、ふー。 | |
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アマデウスは17年前くらいに上映され、話題を呼んだがそのときは難しそうな雰囲気を嫌って観てなかった。ので、初めて観たことになる。ディレクターズカットかどうかはよくわからないのだ。 アマデウスはモーツアルトの名前で、時代はフランス革命前くらいの時期のウイーンが主な舞台になる。 幼少の頃から天才ピアニストとして名をあげたモーツアルトと、努力家で地味な作曲家サリエリが主人公である。若く才能あふれるモーツアルトにサリエリは激しく嫉妬する。 禁欲的なサリエリとは違い、モーツアルトは女性にもてた。モーツアルトには結婚まで考える恋人がいたのにサリエリが密かに恋していた女性に手を出したことも許せなかった。 とにかく、モーツアルトは神に愛され、人々に愛されているように見え、サリエリは自分はそうではないと感じていた。 モーツアルトへの憎しみはやがて神への憎しみへと高まり、神の愛するモーツアルトを殺してやろうと思うようになる。 殺すといっても直接的にではない。宮廷の作曲家だった彼は国王への進言などを通じてモーツアルトを宮廷から、お金になる仕事から遠ざけていく。 やがて経済的に困窮した頃、モーツアルトの下に父がやってきて、故郷のザルツブルグへ帰るように諭す。 父は厳格な男で、人の言うことに耳を貸さない偏屈な部分があったようだ。やがてモーツアルトの妻と喧嘩した父は故郷に帰り、死を迎える。 モーツアルトは父にマインドコントロールされている部分があったようで、その死後、心が弱っていく。 サリエリは心の弱ったモーツアルトの前に父を思わせる扮装(仮面をつけている)で表れ、「葬送曲を書いて欲しい。」と依頼する。 お金がもらえることもあってモーツアルトは取り組むが、だんだん弱っていく。 いろいろあって、最後は死ぬ。お金の無かった彼は共同の墓穴に放り込まれる最後となる。 自分のオペラが上演される度に見に来てくれたサリエリのことはずうっと友達だと信じたまま死ぬ。 人間らしい話で恐ろしいと思った。自分も若い頃はなんでもできるような気がしていたがさすがに今くらいになると限界が見えてくる。 こんな時、若い天才が身近に出現、自分の存在が否定されるようなことになったら心穏やかになんてしていられないだろう。 サリエリは運が悪かっただけの愛すべき人間だと思った。深くて面白い映画だった。(Nちゃん、ありがとう。) | |
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(ホコリもたまってきましたね・・。) | |
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息子の代に東京都に寄付され、都民のオアシスとなっている。駒込駅の近くにあり、近くには古河庭園もある。 六義園は古河庭園よりもかなり大きく、まるで小さな田舎の風景だった。箱庭を大きくしたような感じで、ちょっと栗林公園の雰囲気である。 吉保の趣味だった和歌も、なるほどここならどんどんつくれそうな感じがする。 周りを高層マンションやビルに囲まれているのに、ここは別世界。しかし、都心の烏の増加のせいか、ここも烏の鳴き声が耳障りなほどであった。 これがせっかくの美しい風情を台無しにしていた。ちょっと残念!でもまた行きたい場所である。 | |
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最終目的地の実家は泊まってもいいかと思っていたが、やはり帰りたくなって少し降り出した雨の中、妹の運転する車で駅に向かった。 途中からすごい雨になり、滝の中にいるような感じになった。(なんだか怖かったし、事故に遭いそうで心配だった。) 電車に乗り、しばらくするともう雨は降っていなくて、家の辺りでは道も乾いていて、その後も雨は降らなかった。 同じ東京都内でもずいぶんお天気が違うということを実感した。 | |