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このまま駅に着かないでーという気分になって到着し、天国は終わるのであった。 | |
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長引く不況に耐久消費材の需要は冷え込むばかり、よくつぶれずに耐えていると話していたばかりだった。 いつもよく見掛けたのは真面目な工員さんばかりだった。生活はどうなってしまうのだろう。ヒトゴトとは思えない。 政府はセーフティネットよりも先に解雇ルールの緩和を具体化させようとしてきている。 これはまったく順番が逆で雇用不安から消費マインドが冷え込んでしまうのではないか。 このシナリオで経済復活とは強い企業と人だけを生かすということなのか・・。 | |
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おしゃれで格好はいいのだけれど毎日の暮らしを考えるとくつろげるスペースがないのである。 貧乏性な私は畳の上でごろごろしたり、おこたでおみかんをむいたりしたいのだけどそういう雰囲気ではなかった。 入り口もまるで高級ホテル並の内装と自慢してイメージ図を見せてもらったのだがなんだかイクスピアリかビーナスフォートみたいな感じでおもちゃっぽい。現実感が無いように思えた。 営業マンは熱心に事細かに説明してくれたのだけれどこれはパスかなあ・・。 | |
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神谷にはポスターが貼ってあって肉骨粉など食べさせたことがない牛だから大丈夫と書かれてあった。 もう、信じるしかないでしょうと久しぶりにハンバーグを食べた。いや、その美味しさに脳がヘンになりそうでした。 (なんか今週は食べ物ネタが多かったなー。グルメみたいでちょっとイヤ。) | |
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映画はムーラン・ルージュという今、あちこちにポスターが貼ってある有名な作品だった。 トム・クルーズの奥さんだったニコル・キッドマンと、英会話のイオンで活躍中(?!)のユアン・マクレガーが主演するミュージカル映画である。 ストーリーはわりと月並みで19世紀末頃だったかに貧しい踊り子で娼婦なニコルは女優になる夢を抱いてパリのモンマルトルにある劇場ムーラン・ルージュで働いていた。 ユアンはイギリスから父の反対を押し切ってやってきた貧しい作家志望で、ムーラン・ルージュの向かいに居を構える。 その頃のモンマルトル界隈はボヘミアンな芸術家・作家等の巣窟となっており、ひょんなことからユアンも演劇集団のボヘミアンたちに巻き込まれていく。 演劇集団はスポンサーを探してムーラン・ルージュで自分達の企画を上演することを夢見ていた。 ユアンをけしかけてニコルを誘惑させ、ニコルに一目ぼれした公爵からお金を出させて「マハラジャ」(脚本:ユアン、主演:ニコル+演劇集団)の上演にこぎつける。 当初、ニコルはユアンを公爵と勘違いしていた経緯もあり、公爵にお金を出させて女優になろうと考えていた彼女はすぐにはユアンに心を開かなかった。 しかし、ほどなく2人は運命的ともいえる熱い恋に落ちる。 ムーラン・ルージュのオーナーは公爵のお金で劇場を改装し、ニコルを公爵に独占させることに同意していたので、ニコルとユアンの関係を知り、激怒する。 「マハラジャ」のストーリーはニコルとユアンの2人に重なった話になっていて貧しい踊り子に言い寄る悪い大金持ちマハラジャとキタラ弾き(?)が登場人物になっている。 結末は障害を乗り越えてキタラ弾きと踊り子が結ばれることになっていた。 しかし、公爵の誘いを拒み続けるニコルの本心を知った公爵は激怒し、公演の前日に結末をマハラジャと踊り子が結ばれるように書き換えるよう言う。 ニコルは身体をはって公爵の元に行き、元通りでいいように嘆願する。 しかし、その時ニコルはすでに結核で死ぬ運命にあった。ニコルは自分の運命を知り、ユアンと共にいつづけるなら公爵がユアンを殺そうとしていることをムーラン・ルージュのオーナーから知らされると冷たい言葉をユアンにかけて、2人は別れる。 しかし、ユアンはニコルの本心を知りたくなり、作家の大切な道具であるタイプライターを売って劇場にもぐりこむ。 ユアンは殺されそうになりながらも演劇集団に助けられ、演劇は上演され、幕が降りた後、ニコルはユアンの腕の中で真実を語って息絶える。 美しいラブ・ストーリーと楽しい歌、ユーモアであという間の2時間だった。 自分は純粋な愛をけっして信じてはいないが、「世の中で一番大切なのは愛し、愛されること」という歌が今の暗い時代の救いになりそうで好きだと思った。 | |
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「誰にも会わなければいいかー、どうせ南武線だし」などと思いながらてくてく乗って行き、コンビニでハブラシと化粧道具をちょっと買ってトイレで身支度をすることにした。 だんだん、こうして恥じらいを捨てていくのかしら?と少し悲しく思った。 | |
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昨日のネタのことはすっかり忘れてデザートまでつけて一食で1200キロカロリーは軽くとってしまった。 いや、しかし、実に美味しい。帝国ホテルにも入っていてサービス料までとるお店だけあってサービスも洗練されている。1人で入ってもゆったりとくつろげるのがいい。 場所がちょっと不便なのでもしや寂れてなくなっていてはと案じていたが、品のいい、50才代の紳士客が多く、何やらビジネス(仕事ではなく、ビジネスなのである。)の話をしながらランチしていた。 やかましいおばちゃんグループもいなくて大満足・・・肝心のセミナー出席を忘れてそのまま長居をしたいくらいだった。 2300円くらいでちょっと贅沢でくつろいだ気分になれるなら、カロリーのとりすぎなんてどうでもいいのだ。 | |
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普通のお弁当は1食で1000キロカロリーくらいあって、ヘルシー弁当ですら700キロカロリーもある。 栄養所要量のことは詳しくないが、席に座って仕事をする場合、1日1800キロカロリーもとれば確か十分ではなかったかと思う。 とするとお昼一食で1000もとってしまったらあとの2食は何を食べればよいのだろうか。 ケーキだって種類にもよるけれど200〜400キロカロリーはある。おやつだからといってうかつには食べれない。 ハンバーガー単体で400〜500キロカロリー、親子丼で600〜700キロカロリー・・・。 残り2食を800キロカロリーで済ませるのはかなり難しい。肥満への道まっしぐらなお弁当である。 (そういう意味ではファミレスの食事もそうですけど・・。ちょっとしたセットえお頼むとすぐ1200キロカロリー。) | |
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毎年、遊びに行っていたが今年はたまたまいろいろあって行っていなかったので「今年はこないの?」と聞かれたがこの世界情勢ではなかなか・・。 しかし、彼女は現地の旅行代理店で働いているのでそうも言えず、言葉を濁してしまった。 やはり旅行業界はキャンセル続出で大変らしい。すごく行きたい、会いたい、子供も見たい気持ちでいるのにふんぎりがつかない。 グローバリゼーションで世界はボーダーレスになったかと思っていたけどそれは平和であってこそ、平和の尊さをかみしめました。 | |
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しかし、行けるときにいっておかないとここもアジョワンのように突然なくなってしまうかもしれない。 | |
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そこから先生の故郷、クロアチアの戦争の話になって地理も世界史も弱い私は意見を求められてさらに大変な思いをするのであった・・・。(ふー) | |
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ストーリーは十数年前に国家が麻薬取締りのおとり捜査を目的につくった政府関係機関が役目を終え、 その時に儲けたお金が銀行で非常に増えていることを知ったジョン・トラボルタ演じるアメリカの悪の組織のリーダーが優秀なハッカーを使ってそのお金を横取りしようとたくらむことから始まる。 このハッカー氏は昔、FBIが個人のEメールを盗み読みしていることを知り、そこに反感を抱いてFBIのコンピュータに侵入して壊したかなんかの罪で前科者になっていた。 そんなわけで妻とは離婚し、裁判で争った挙句娘は妻に引き取られて妻は別の男と結婚しているのでハッカー氏は会うこともままならない状態になっていた。 ジョン・トラボルタは「娘と一緒に暮らすには優秀な弁護士を雇って裁判を起こして取り戻すしかない。そのお金をやるから政府機関のパスワードを破り、お金を自分の口座に送金するプログラムを作れ。」とショートヘアのセクシーな美女をつかってもちかける。 ジョン・トラボルタは「自分は米国の自由を守るためにお金がいるのだ。」と語る。 米国の自由を守るとはすなわち世界中のテロリストを抹殺することなのだが、今の世の中の情勢になんともマッチした内容だった。 これが夏に米国で上映されていたというのだからテロを予見していたのかと思うほどである。 結局、ジョン・トラボルタ一派は銀行をのっとり、たくさんの人質を得て人質にはダイナマイトをくくりつけて警察が近寄れないようにした上でハッカー氏を使ってお金を口座に集める。 その後でバスに人質を乗せて大逃走劇を繰り広げる。挙句の果てにはヘリコプターでバスをぶらさげて空中を逃げるが、このときにいろいろなビルにぶつかり、壊していく。 (雰囲気はワールドトレードセンターに飛行機が突っ込んだ感じに近い。) ハッカー氏は「おまえもテロリストとやっていることは同じではないか」とジョン・トラボルタに言う。 ジョン・トラボルタは「違う。例えば少女が一人犠牲になることで何千の人を救う薬ができるなら自分はその一人の少女を殺してもかまわないと思う。それと同じことだ。」というようなことを言う。 ハッカー氏とジョン・トラボルタの間には溝が深まり、最後にはビルの屋上に停めたバスから降りたジョン・トラボルタがヘリコプターに乗って逃げていくのをハッカー氏がバズーカ砲で打ち落とす。 病院の検死室でハッカー氏は無残な姿となったジョン・トラボルタと再会するが、その時彼は「人の眼が見ているものはすべて錯覚だ。」というジョン・トラボルタの言葉を思い出し、彼は生きているのかもしれないと思う。 そしてヨーロッパの港でかのセクシーな美女とヨットに乗りこむやや老けたジョン・トラボルタがうつる。 次に豪華客船の爆破シーンとなり、「○○の米国大使館爆破事件の容疑者ビン・○○○氏の乗った客船が爆破されました・・」のニュースが読まれる。 この映画を見てテロリズムというのは体制側から見た反体制側の暴力行為のことを言うのだと思った。 要は「勝てば官軍」ということなのである。現実の世界の戦争と内容がラップしているので非常に興味深い映画だった。 | |
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日頃、長時間営業は過剰な競争を招いて人々を幸せにしないと思っているので怒るわけにもいかない。 お店はやはり夜は閉まって日曜日はお休みするくらいでないといけないのだ。 | |
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なぜこれほどまで憎まれるのか。強大な軍事力をかさにきて自国の利益になること(グローバリゼーション)を押し付け、不利益なこと(環境対策)には知らんぷりする姿勢がいけないのだろうか。 同じ人間なんだからもっとうまくわかりあえないものだろうか。 ただ、逃げることもできない痩せたアフガンの子供たちだけはこれ以上傷つけないでと願うばかりだ。 | |