表千家同門会資格者講習会
於 名古屋国際会議場
(金山から名城線「日比野」下車1番出口徒歩5分)
平成 21 年 5 月 18日(月) 受付午前8時30分 開講午前10時 午後3時終了予定 堀内 宗完宗匠 オカザキ ヒデオ先生 切合わせ風炉 二重棚(地板有) 「初炭」 天板に羽根 香 「台飾」 従三位以上の殿上人にする。お茶碗は新しい物を使う。 元伯宗旦から天目台にのせたまま一口飲み、二口目 からは台からはずす用になったそうです。お茶碗ののった 天目台を扱うには遠い方の手をさげる。 「数茶」 7名の客 「数茶」など七事式のお稽古はお茶事の為とのお話は初め てでした。 札元は客から「お除きを」がないと札を折据へ戻す。 札の数だけお茶を点てるので飲めない人が出る。 二服点てた後「お面合い」を、最後札元から亭主に「一服で」 「資料の解説」 プリント有 「初炭」と「台飾」は下座床での講習。お出会いの時 正客とお詰の座り場所を指摘されました。 堀内 宗完宗匠は宗心宗匠の甥子さんでお声がよく似ておられました。 講習会を受けて思うことは教えていることが間違っていない事の確認です。 「数茶」は家でも皆さんと集まってよくお稽古をしますので嬉しい講習でした。 「資料の解説」で碌々斎が北野天満宮へ青竹北野三十本を納めた事や、 12月1日の献茶祭が4家元2宗匠が輪番で6年目ごとに奉仕、神前にて献茶式が行われるお話は昨年参加した感動がよみがえりました。 国際会議場への乗り物の中若い人達の会話を楽しみ、講習会場での初めての出会いから茶友との語らいは大いに楽しめました。 平成 20 年 5 月 14日(水) 吉水忠雄宗匠 熊倉岐晃先生 軸 一華開五葉 而妙斎 前欠け風炉 二重棚 独楽透し 地板有 「茶碗飾り」 天板・羽根 香 中棚・濃茶入れ 地板・水指 ・床の軸 一行物の正面に(下座三分の一ではなく) 茶碗が飾られていた。(大切な飾り物) ・茶碗飾りをした理由を説明(殿様からの拝領物) ・飾り物の時亭主は茶通口に控える。 「組合せ」 ・お点前の会話の中から建水の拝見の所望をする。 ・点前後箱書きを出す時に、麻の雑巾(輪が左と前)に乗せて。 「薄茶」 「資料の解説」 ・現代家元にある茶席が図に示されています。 祖堂 反古張席 不審菴 残月亭 九畳敷 七畳敷 無一物 松風桜 不審菴(本勝手 台目切 上座床)のお席の写しは吉倉宗匠の 東京のお宅にあり、東京吉祥会に入会していた頃、初釜で宗匠 が濃茶を煉って下さった思い出が蘇りました。幸せな体験でした。 前夜から雨 風 雷が激しく、朝まで大降りでしたが、出かける8時半頃には運良くあがりました。受付を済ませて4Fで一服お薄を頂いて2Fのセンチュリーホールのお席に着いたのは9時半でした。講習会まで1時間お隣の方とゆっくりお話ができました。 (資格者講習 該当者4786名 出席者1589名・・・支部たより第30号より) 平成 19 年 10 月 16 日(火) 床 「霜葉満林花」 (そうようりんかにみつる) 即中斎 棚 二重棚(地板なし) 貫名宗匠 木村先生 「盆香合」 「一ニ三」 客5名 ・・・月ニ 無地一(3人) 無地三・・・ 「薄茶」 「プリント」 NHKTV趣味悠々に出演なさった貫名宗匠と木村先生の講習でした。 宗匠から地域にはそれどれの特徴 良さがあるとのご指摘に賛同しま した。 東京にいた頃は学者の先生方の講演に堪能し、毎月京都行きの頃 には奥深い歴史に触れ、今は芸どころ名古屋にはまっている所です。 幻のスフォルツアー騎馬像を懐かしく見上げて家路につきました。 平成 18 年 5 月 30 日 床 清流無間断 即中斎 棚 二重棚(つぼつぼ透かし入り)地板有り 菅田宗匠 井上先生 「茶入れ飾り」 先祖伝来の茶入れ 4名 「茶通箱」 6名(客5名) 茶通箱の立ち上がりには手をかけない。 微妙な細工の大切なところ 「薄茶」 4名(客3名) 替え茶碗なし 「プリント」 茶入れの話 菅田宗匠から 茶席では亭主と客相互への思いやりの大切さを 指摘されました。一座建立を目指す事 お花でもご一緒の友人と久しぶりに会えて話がはずみました。 平成 17 年 10 月 4 日 床 秋山、、、、 而妙斎 棚 二重棚(つぼつぼ透かし入り) (炉の設えでした。) 伊藤宗匠 客三名 「長緒」 「後炭」 「薄茶」 「プリント」 露地の話 午後京都へ行く予定がありましたので8時半の受付に間に合うように参りましたが、早く着きすぎ懐かしのスフォルツァ騎馬像を眺めながら並んで待ちました。 4Fで栗きんとんのお菓子と点て出しのお茶を一服頂いてから講習が始まりました。 伊藤宗匠から講習会での話がすべて正しいわけではない、、、に一瞬びっくりいたしましたが、お茶事をする時など客組や部屋の設えなどに働きが要求される事を思うと納得しました。 午前の長緒と後炭の講習を受けてセンチュリーホールを後にしたのは少し心残りでした。 10月にクラス会のお茶会を予定している桑山美術館の開館25周年記念茶道具特別展のパンフレットがおいてあり、同門会お奨めの場所でクラス会ができる幸せを感じました。 平成 16 年 10 月 25 日 床 霜葉、、、 即中斎 而妙斎書付 棚 二重棚 地板なし 渡辺宗匠 客三名 「茶杓飾りと初炭」 「仕組」 「薄茶」 替え茶碗を使って 「プリント」 茶杓の話 名古屋国際会議場2Fセンチュリーホール1670名の参加。 表千家はぬるいお茶を嫌う・・・指先に神経を使うようにと宗匠から指摘がありました。 茶杓飾りをする意味 飾り物の起源 仕組みをする意味など、お茶と歴史とのつながりを知る事など資格者としての心構えを話されました。利休百回記 茶事の会記をよく読むことがお茶の勉強をするのに一番よいとか。 茶杓の話では宗匠が手に入れられた珠徳の塗りと節なし2本入り銘アサジなど筒の説明と共に詳しくされました。 プリントの回答は長くお茶を続けているお陰でよくできるようになりました。 千葉の自宅朝6時出発新幹線に乗って9時半には国際会議場へ入れました。先ず4Fでお茶を一服頂いてから2Fセンチュリーホールへゆっくり講習までの時間がありました。 平成 15 年 5 月 15 日 床 松樹千年翠 山下恵光宗匠 井上先生 プリントの説明 「盆香合」 二重棚(つぼつぼ透かし入り) 「唐物 行」 「薄茶」 桐丸卓 愛知県副支部長伊藤様からの挨拶の後、光悦寺住職山下恵光宗匠のお茶の指導者としての厳しい心構えがありました。近年減少ぎみのお茶人の時期こそよばれ茶人でなく人をよんでもてなすお茶をするようにとのお話でした。 プリントの回答は満点でした。 平成 14 年 10 月 30 日 資格者講習会は関東では東京支部に所属していましたので、最初の頃は新橋の東京美術クラブでその後は虎ノ門ホールになりました。、愛知県支部に変更して初めて名古屋国際会議場での参加となりました。 今年の松月堂古流夏季講習会と同じホールでした。 和服着用との但し書きから 2000人以上の出席者が着物姿で会場めがけて歩く姿は部外者にどのように写ったことでしょう。 お茶のお点前のご指導は京都から吉水宗匠、プリントのご説明は菅田先生がお越しくださいました。 吉水宗匠から同門会の発足から35周年になるとのご説明や、お家元に男子のお初孫がお産まれになられたお目出度いお話しをお聞きし、家にも女子の初孫が産まれたのでお喜びは一入と感じ入りました。 お昼をご一緒したご高齢の先生からお孫さんがお茶を習いたいと言い出され、生きる意慾が湧かれたとの事 将来の私もそうなりたいと思いました。 舞台には大きなT.V.が据えられ8畳のお稽古場にしつらえられていました。 茶事形式をとり 掛け物 吟風一葉松 竹台子一つ飾りで始まりました。 講習科目 「茶碗飾り」 お殿様から拝領の格の高いお茶碗が望ましい。 拝見なし(後の茶筅飾りでお尋ねする。) 宗匠からは茶碗飾り、茶筅飾りは各々独立した方が良いとの ご説明。 (軸 壷飾りは桃山時代利休以前からなされていた。) 「初炭」 お香は格の高い銘のものを使用するとよい。 徳川茶会での後水尾天皇勅銘の香木 白菊(一木四銘香 の内)を思い浮かべました。 「茶筅飾り」 茶碗飾りのお茶碗を使用。 お茶銘 お詰 お菓子の御製(ごせい)のおたずね。 「薄茶」 煙草盆 如心斎好み櫛型 ヘリ両方から5目に仮り置き お席への出入りは角(すみ)をかけてすすむ。 不審菴の見取り図が写真とともにプリントされて配られ、プリントのご説明は菅田宗匠の息子さんがなさいました。(不審菴の見学は毎月22日、3ヶ月前から受付け) お父様の菅田宗匠には10数年前に東京美術クラブでの教授者講習会で、前ぶれもなく出席者の葉書から私が選ばれ、お濃茶のお点前を見て頂き、なんのご注意もなくて緊張したものの嬉しかった思い出がよみがえりました。 *飾物の話 吉水宗匠が再び舞台からご説明されました。 (妙喜庵の枯れた松から 老松の割蓋茶入れ おしどり香合 すずり箱が 作られた。 2006年には教授者のための会が発足の予定とか待ち遠しいです。) 講習会は普段のお稽古の確認ができてとても有意義な一時でした。 |