相国寺 承 天 閣 美 術 館 京都
京都市上京区今出川通烏丸東入
(地下鉄今出川下車)
相国寺(しょうこくじ)特別拝観 9月21日(火) 2004年9月15日(水)〜12月8日(水) 臨済宗相国寺は足利三代将軍義満が、後小松天皇の勅命をうけ、明徳三年(1392)に完成した。夢窓国師を勧請開山とし、五山の上位に列せられる。 「京都五山」 上位 南禅寺 一位 天龍寺 二位 相国寺 三位 建仁寺 四位 東福寺 五位 万寿寺 その後応仁の乱の兵火により諸堂宇は灰になり度重なる災禍にもかかわらず、当山は禅宗行政の中心地として多くの高僧を排出し、室町時代の禅文化の興隆に貢献した。 現在は金閣寺・銀閣寺をはじめ九十余ヵ寺を数える末寺を擁する臨済宗相国寺派の大本山である。 法堂(重文)は桃山時代の遺構でわが国最古の法堂(はっとう)、入り母屋造りの唐様建築。天井には狩野光信によって描かれた蟠龍図が見事で、鳴き龍として有名である。 ご案内の人から蟠龍図の下で手を叩いてみてくださいと言われ、気持ちを込めておもいっきり手を叩いてみましたら、朝一番の龍の良い鳴き声と言われました。龍が私の叩く手の音にエコーを奏でてきっと歓迎してくれたのでしょう。 開山塔内には開山夢窓国師を安置。開山塔庭園は山水の庭と枯山水平庭が連繁する独特の作庭であr。 T.Vで放映されたすべて観音経の経文によって描かれている観音菩薩の軸は行事の準備のため今日は公開されていないとの事、T.Vの放映がご縁で午後からの用の前に午前中に見学をと思い参りましたとお話しましたら、特別に方丈の方へ案内してくださり廊下から見せていただきました。その上相国寺の印のある観音菩薩の絵葉書まで頂戴する光栄にあずかりました。 観音菩薩は後光がさし風に揺れている髪の一本一本まで高感度のカメラにより経文が書かれている様子が写しだされ、文明の利器の迫力に相国寺の方の戸惑いを感じました。 承天閣美術館(じょうてんかく) 伝来の陶磁器展 9月21日(火) 相国寺創建600年記念事業の一環として昭和59年に相国寺境内に建てられた美術館。本山相国寺や鹿苑寺(金閣寺)・慈照寺(銀閣寺)ほか山内及全国の相国寺派の文化財を受託収蔵し展示公開している。中国宋元明時代や日本中世近世の禅僧の墨蹟。同時代の絵画。また茶道具の逸品等幅広い展観をおこなっている。 有馬頼底現館長様が明治村茶会のお席を持たれたことから是非一度訪れてみたいと思っておりました。 涅槃図 吉山明兆筆 室町 涅槃図とは釈迦の肉体的な死滅(紀元前386)を表した図である。図の構成はほぼ決まっており、十大弟子を始め、老若男女や多くの生類が釈尊入滅に悲しみ哭く姿が描かれ釈迦は北頭西面・右脇が下で沙羅双樹のなかである。天井には摩耶夫人と天女が描かれている。 これは麻耶夫人が釈迦の危篤をきき天上界の薬をこの場まで誘導した阿奈律(アナルダ)の錫杖に結び投下されたと伝わる。 釈迦の母は摩耶夫人(まやぶにん) (マヤは初孫愛嬢と同じ呼び名で感激) 夫人(3)〔「ぶにん」とも〕律令制で天皇の後宮の一。皇后・妃に次ぎ、諸王・諸臣から出、一位から三位の位を授けられる。定員三名。平安期以降は、妃・嬪(ひん)の号とともに次第に用いられなくなり、中宮・女御(にようご)・更衣などの称が一般的になる。おおとじ。 (大辞林から) |