大徳寺聚光院利休忌月次茶会
| 2000年10月28日 1991年から毎年利休忌月次茶会 年に一度参加して今年2000年10月28日で10回目になります。 二層の朱の山門を通り奥の聚光院で表千家担当の利休忌法要が今年もおこなわれました。 大徳寺御住職の読経を家元 猶有斎若宗匠 宣行様 左海宗匠 久田宗匠の方々と共にお聞きする光栄に今年もあづかることができました。その後利休像にお参りいたしました。 法堂の襖絵狩野永徳の国宝 「花鳥図」 「琴棋書画図」を拝見できます。 又前庭は利休が作庭したといわれ手植えのシャラの大木が数年前の落雷に今では陰も形もなくなってしまいましたことを思い出しました。 最初の頃は参加者も少なかったのでしょうか閑隠席で家元玄関の男子ばかりのお席で、手際よく鮮麗された接待でお薄一服頂だいし、水屋を一にする枡床席も拝見できました。 今年は閑隠席でお道具の展覧があり席を変えて点出しがありました。 会 記 閑隠席 主 不審菴 掛け物 了々斎 横物 開一華五葉 花入 高麗堅手 徳利 覚々斎、了々斎箱 松重ネ切箔釜敷きシキテ 風炉、釜 寺什 水指 備前 瓢箪耳付 了々斎箱書 茶器 利休菊蒔絵中棗 如心斎判 茶碗 宗入黒 銘 烏帽子 ソッタク斎箱 替 安南写 福の字 碌々斎、惺斎箱 保全造 茶杓 銘 すすき ソッタク斎箱 建水 黒砂張エフゴ 浄益作 蓋置 竹引切 惺斎判 惺斎好大樋焼木瓜食籠 菓子 薫り 嘯月製 茶 而妙斎好 珠の白 柳桜園詰 お茶席は大徳寺山内5席がかかりました。毎度お茶席では席主のお人柄にふれ、お道具もさる事ながら人格の貴さに感銘を受けます。今年は2席にいれて頂きました。 玉林院 高見俊夫氏 壷中日月長 前大徳拙叟一行 興臨院 河居百合枝氏 平常心是道 立花大亀 101歳の枯れた書に感銘をうけました。 その後利休のお墓にお参りしている時はからずもお家元ご一行が見え即中斎のお墓にもお参りされましたので私共も真似て手を合わせてまいりました。 2002年4月28日 聚光院月次利休忌 閑隠席 主 不審菴 会 記 掛物 如心斎筆 若竹の句 了々斎箱 花入 碌々斎作 尺八 直判 銘 ココロミ 共箱 花 都わすれ 白椿 香合 惺斎好 奈良細工 兜 在判 惺斎箱 松重ネ切箔檀畳紙しきて 釜 裏甲 浄寿作 碌々斎箱 炉縁 聚光院常什 水指 了入作 玉柏写 碌々斎・惺斎箱 茶器 碌々斎箱 吉野絵 金林寺 在判 碌々斎箱書 茶碗 吸江斎手造 赤 銘 あくび 吸江斎箱書 替 萩ヤキ 惺斎銘 紫野 惺斎箱書 茶杓 吸江斎作 共筒 松花 吸江斎箱 建水 唐金エフゴ 浄益作 蓋置 竹引切 惺斎判 惺斎好一閑朱アミ絵丸喰籠 菓子 卯の花垣 嘯月製 茶 御好 珠の白 柳桜園詰 如心斎発句・・・ある時、如心斎が一人で台子の点前をされていると、突然指が凝って動かなくなられました。そこで即座に高弟の川上不白をともなって常楽庵という庵にこもり、毎日座禅に通い修行三昧の生活に入り、約三年間修行の末、「八角の磨盤空裏走」(はっかくのまばんくうりをはしる)の語で悟りを開かれて家元に帰られたと言われています。そのころに詠まれた句が、この「光陰如箭」と詞書がつけられ、「若竹や北山陰の昨日今日」で、その当時の心境が察せられます。(同門 平成14年6月号より) 大慈院 主 吉川紀代子氏 寄付 即中斎 青山緑水 本席 而妙斎 雪月花 花 山芍薬 棚 宗全好み 扇棚 尋牛斎箱 ゆったりと一日を楽しんだお茶会でした。扇棚を拝見したのは始めてで棚には開きがついた珍しいもの(むこう板に扇の透かしあり)中には茶器が飾られていました。
お昼は大慈院の奥の泉仙で精進鉄鉢料理をいただくのが習わしになっております。 鉄鉢とは僧が食物を受けるために用いた鉄製の丸い鉢のことで、お料理は漆器で出来た鉢に盛られ大小の器は最後一つに重ねられます。 主人の好物の大徳寺納豆を沢山お土産に買うことを忘れませんでした。 |