2007年
今年の山盛会 5歳の女の子ともうすぐ3歳になる女の子と3ヶ月になる男の子 3人の孫と息子夫婦、両方の両親、総勢9人の旅は伊勢、志摩旅行を計画しました。 神宮の式年遷宮 神宮には千三百年来、旧殿と同じ御姿にて新殿を造営して、神様にもとの御殿から新殿にお遷り願うとともに、御装束・神宝とよばれる御宝物を、もとのものと同じ御様式にて、それぞれの時代の美術工芸の最高技術の粋をつくしてお造り申し上げて奉る式年遷宮という御制度があります。この式年遷宮は皇大神宮(内宮)豊受大神宮(外宮)のほか、内宮の別宮十社、外宮の別宮四社においても御同様にとり行われます。 20年毎に一度行われる代62回式年遷宮は平成25年に完成します。 30日に伊勢神宮へお参りに行きママ ママと後を追いかける一番上の孫娘が二人のおじいちゃんと二人のおばあちゃんと一緒に行くと言ったのには驚きました。 外宮では小さな手を合わせて何をお参りしたのと聞くと「・・ちゃん(妹)が早くよくなりますように]と言いました。妹は体調が思わしくなくホテルにいました。 内宮では何をお参りするのと尋ねると「・・ちゃん(3ヶ月の弟)が元気に育ちますように」と一番先に産まれた自覚を持った5歳の頭の中は一体どうなっているのでしょう。 30日一泊目は鳥羽に泊まりました。 翌日31日は志摩スペイン村へ行き、若者組と老人組各々好きな所をまわりました。 ベビーカーに乗った3ヶ月の孫を預かりカルメンホールでフラメンコを見ました。 かなりの音量の音楽にきっと赤ちゃんは起きてしまうと思っていましたのに、少し目を開けただけで30分位の間眠っていて大物だなと感心しました。 31日は志摩へ泊まりました。 ランチ会 リフレンズ マリオットアソシアホテル18F 梨杏 12月11日(火) 何時も集まるメンバーの食事会に師走の忙しい最中10人も出席しました。 円卓を囲んでそれぞれの生活環境からの体験談はとても貴重でした。先日の茶花道展へお花を生けて下さった東京の友人が展覧会の様子をファイルにして持ってきて下さり、その出来栄えにプロの腕前を見て感心し、カメラマンの目に暖かさを感じました。 2007年12月3日(月) 正 午 茶 事 (豊田市藤岡) 11月11日桑山美術館で催した茶花道展へお出で下さった方が、正午茶事へご招待下さいました。 初めての土地へ行くのは不安でしたが、ご一緒するご亭主の知人が藤が丘から車を出して下さり、3人で美しい紅葉を見ながら無事到着出来ました。 すばらしい小間と広間のお茶室があり、お客様は6人 正客をおおせつかりよい勉強になりました。 茶庭が広く雨の中 外腰掛から小間まで傘をさし庭ぞうりで移動して小間で初炭。もう一度雨の中 庭から広間へ、平成15年明治村茶会野点席を担当された鈴木五郎さんの書かれた四曲屏風の前、有名作家の器で心のこもった美味しいお懐石を頂きました。 「千鳥の杯をお願いします。」とのご亭主のお言葉を嬉しく真に受けて、皆様とお話しながら試みました。千鳥の杯は理解すれば簡単な事です。 中立ちの後降り続く雨の中もう一度腰掛へ、重く響く銅鑼の音を聞き3畳台目席へ、鈴木五郎さん作水指の存在感がありました。友人のめいごさん、顔見知りのお嫁さんがお濃茶を煉って下さいました。 廊下伝いに8畳の広間へご案内があり、唐物七宝焼皆具でお薄が振舞われました。 その後クリスマス様式に飾られた洋間で果物と紅茶をご馳走になり、穏やかな客組みの方々とのお話が弾む中いたれりつくせりのおもてなしでした。 ご亭主はお義母様から受け継がれたお茶室が建って10年 お茶事を何十回もされ、お料理が美味しく、広いお庭とお家の管理をされながら、ステンドグラス、陶器の人形作りと趣味が広くパワフルな方とお見受けいたしました。 2007年11月3日(日) 孫のお宮参り 七五三 健康祈願 良く晴れた11月3日 千葉神社で3人の孫 平成19年9月11日に産まれた男の子のお宮参り、平成17年1月4日に産まれた女の子の三歳参り、平成14年9月17日に産まれた5歳の女の子の健康祈願をしました。 孫娘二人に着物を着せて欲しいとの主人の希望で、幼い孫娘二人に負担がかからない着方にしようとあれこれ考えて準備も楽しく、当日私が着物を着せました。嫌がらないで喜んで歩き回ってくれて、両方の祖父母が目を細めて見守りながら、幸せに無事に成長して欲しいとの思いが叶いました。もうすぐ二ヶ月になる赤ちゃんも、2時間余り、私の腕の中で、太鼓の音にビクッとはしましたが、安心してすやすや眠っていてくれました。 場所を変えて息子一家と両方の親が会食をし、三人の孫達の仕草が可愛く微笑ましく、何時までも脳裏に焼きついて忘れられません。 2007年10月24日(水) 日本いけばな芸術展(日本橋高島屋)〜大徳川展(国立博物館)(東京) (東西線日本橋〜銀座線上野) 東京の友人が日本いけばな芸術展に出瓶なさるとの事で券をお送り下さいました。権威のあるいけばな協会で今年は創立40周年、力作揃いの作品群、人 人 人の賑わいでした。作品に仕上げる作者の方々の誇りと喜びを感じました。 午後は上野の国立博物館へ大徳川展を観に参りました。 徳川将軍家、尾張徳川家、紀伊徳川家、水戸徳川家、全徳川家の至宝三百余点を一堂に公開、展示中作品の展示替があるそうです。 名古屋の徳川美術館で鑑賞した宝物が多く見られました。 日本橋のいけばな展、上野の大徳川展どちらも大勢の人ごみの中へ出かけ、主人と待ち合わせの夕食まで、ほぼ10時間外にいましたが、疲れを感じない一日でした。普段家にこもりがちな毎日で不安でしたが、体力がついた事に少し自信がつき、行きたい所へ行けたことが満足でした。 2007年10月19日(金) 桑山美術館〜ランの館(名古屋) (鶴舞線川名出口2〜上前津出口1) 11月11日に催す茶花道展の準備その他の打ち合わせで桑山美術館へ出かけました。美術館の方々はいつもご親切で丁寧な対応をして下さいます。 所蔵茶道具展「茶人の好みと見立て」も拝見できました。 日本生花司松月堂古流の花展があり、一度行ってみたいと思っていたランの館へも立ち寄りましたら、色とりどりの沢山のランが見事でした。 平成19年9月11日(火)午後11時09分第三子孫 男子誕生
2007年6月4日(月) 姪の家訪問 (名鉄犬山線有松下車) 姪が新築したので遊びに来て欲しいと言われてから数年経っていましたので、思い切って訪ねてみました。お婿さんは単身赴任、小学4年生と幼稚園生5歳の娘二人を上手に育てながらも、母校の大学で非常勤講師をする程に成長していました。幼い時私がよく遊んであげていたので、立派に生活しているのに安堵しどんなに嬉しかったことか! 近くに有松・鳴海絞会館(名古屋市緑区有松)があり訪ねてみましたが、2日間のお祭りの後で生憎お休みでした。 (8月18日土曜日 厳しい暑さの中 姪一家が名古屋の自宅に遊びに来ましたので、いつも夫婦二人の生活が賑やかな一日となりました。) ランチ会 リフレンズ ミッドランドスクエアー4F松山 2007年5月31日(木) 学生時代の友人が集まって一泊旅行や食事会がここ6年ばかり続いております。監事を率先して引き受け、きめ細かい連絡等をして下さる方がいるお陰といつも感謝しております。 今回は名駅前に新しくできたミッドランドスクエアーでのランチ会でした。 思わぬ病の術後の友人を励ます会でもありました。友人は9人も集まるこの楽しい会に出席しようという目的を持って意欲的に参加して下さいました。つらい体験談もあからさまにお話下さり、我々に逆に勇気を与えてくださいました。 実はこの日体調が悪く参加できないのではと案じておりましたが、なんとか出席できた事はメンバーの一人としての責任を果たせて心から満足しました。 ぎふ長良川鵜飼-岐阜市歴史博物館-正法寺 2007年5月22日(火)〜23日(水) ぎふ長良川鵜飼 5月11日〜10月15日(TEL058-262-0104)
昨年平成18年7月に孫娘との集まり山盛会で鵜飼を予約しましたが、豪雨の為中止になり、心残りでしたので主人と再度挑戦しました。22日は鵜飼日和のいいお天気に恵まれました。 船上で豪華なお弁当を頂き(別船で焼かれた鮎を届けてくれその美味しかった事)、暗くなって花火の合図と共に、鼓と謡の雅楽の奏でる中、鵜飼が始まりました。 「おもしろうて やがて悲しき 鵜飼かな」と芭蕉も詠んだ鵜飼。日本における鵜飼の歴史はきわめて古く、日本書紀、古事記にもその記述が見られます。長良川の鵜飼はおよそ1300年の歴史があり、「鵜匠」という地位を与えた織田信長や、鮎鮨を好んで江戸城へ献上させた徳川家康など、時の権力者に保護されてきたからと言われています。明治23年からは鵜匠に宮内省式部職という位が授けられています。伝統装束に身を包んだ鵜匠が「ほうほう」と声をかけながら鵜を自在にあやつって鮎を狩る様は、見る人を幽玄の世界へと誘い、燃えさかるかがり火に古典絵巻を感じさせます。(パンフレット抜粋) 長良川の鵜匠は6人で代々世襲制。一年中変わらぬ愛情で育てられた野生の海鵜は厳しい訓練を受けます。川鵜は自由に飛び回っていました。 鵜飼のクライマックスは総がらみといい、鵜舟6隻が川幅いっぱいに横隊となり、この日に選ばれた一人の鵜匠が持つ10〜12羽の鵜が鵜匠の手縄に導かれ一生懸命に鮎を追い、けなげで、可愛らしかったです。 日本では12箇所で鵜飼が行われているそうです。 岐阜市歴史博物館
正法寺 岐阜市歴史博物館から徒歩2分の所にあります。 日本三大仏 竹と紙の上に金箔をおいた、世界でも珍しい仏像。県指定重要文化財。 大仏は像高13.7メートル、大イチョウを真柱として、骨格は木材をもって組み、外部は竹材にて編み、粘土をぬり、一切経、阿弥陀経、法華経、観音経などを張り、その上に漆を施し、金箔をおいた日本一の乾漆仏である。 2007年5月20日(日)
2007年4月20日(金)上野から池袋 (稲毛〜錦糸町〜秋葉原〜上野〜池袋) 数年来お稽古で毎月京都の八条口でお待ち合わせをし、それ以来ご無沙汰していた先輩に名古屋からお電話をしましたら、千葉にいる間にお食事でもと3年ぶりにお会いする事になりました。 お忙しくなさっておられる先輩ですので午後からのお約束になりました。折角の東京行き、午前中上野の東京国立博物館へレオナルド・ダヴィンチ展を観に参りました。 2004年に花展をした池袋の芸術劇場(2b出口)での待ち合わせ、懐かしくお待ちしましたら、お元気なご様子に嬉しくて美味しい食事をしながらのお話もはずみました。お店の人も楽しい会話は一層お料理の味も増すでしょうとにっこりされていました。 その後お宅(c1出口)に伺って上級者のお茶のお稽古風景を見学させて頂き、半世紀にも渡る指導者の力量を目の当たりに致しました。 夕方から療養中のご主人様を見舞われるとの事ご一緒させて頂きました。 初 釜 茶 事(於 東岡崎友人宅) 2007年1月10日(水) 昨年一年間お茶事へお越し頂いた友人が、私ともう一人の友人を初釜茶事へご招待下さいました。 何代も続いた由緒あるお寺に嫁がれ、ご住職のご主人様は思いやりがあり、お優しく、友人はお寺をしっかり護り、奥様ぶりが板について、ご主人様を誇らしげに、ご結婚はお幸せそのものでした。 寄り付きには「真実成万心」が掛けられ書にご堪能なご住職さまの達筆な字でした。二曲屏風の「真如」は数年前鎌倉建長寺の老師に書いて頂いた「幽鳥弄真如」を思い出しました。書かれるものはすべて仏教の教えからだそうです。友人の教養の高さはご主人さまの教えからでしょうか? 本席の床には「點茶三昧楽」大含(たいがん)(雲華上人)(1773〜1850)江戸後期の浄土真宗大谷派の学僧・・・東本願寺の学職講師となった学徳兼備の名僧で、詩・書・画を善くした・・・の書かれたものを最近表装しなをされたものとか、後ほど拝見した小堀宗甫(小堀遠州の号) の「とまや」茶入れなどなど由緒あるお寺は宝の山でした。 お懐石の腕前はプロ級、裏千家のご亭主が濃茶は而妙斎好み柳桜園詰の祥雲の昔にお心配り、楽しいお干菓子は金沢諸江屋からのお取り寄せ、TV谷啓の「美の壺」で見た「福徳せんべい」、茶杓 茶筅 蓋置は清々しい青竹、至れり尽くせりのご用意が偲ばれ、歓迎して下さるお気持ちが身に沁みました。きっとお疲れになられた事でしょう。楽しく感謝の一日でした。
道後温泉(愛媛県松山市)〜湯布院(大分県)〜ハウステンボス(長崎) 〜太宰府天満宮と九州国立博物館(福岡県)〜新神戸(兵庫県) ハウステンボスで予約しておいてくれた船に乗り大晦日のカウントダウンを迎えました。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、花火が夜空に美しい花々を咲かせて新年を祝いました。 4歳の孫が私の側に来て「あけましておめでとうございます。」って言ってくれたのには驚きました。孫娘の言葉が口火となりお互いに新年の挨拶「ふつつかな嫁でございますが今年もよろしくお願いします。」「いえいえこちらこそ」、、、、、
四日目 もう一泊する孫娘達に送られて、夫婦二人でホテルから船に乗って出国ゲートへ向かいました。 福岡のホテルでチェックイン、元旦でもあり車の渋滞を考慮して、西鉄電車で太宰府天満宮と九州国立博物館へ行く事にしました。 九州国立博物館(太宰府天満宮横)は2005年10月16日から公開。東京、京都、奈良に次ぐ4番目に設立された国立博物館であり、他の3館とは異なる「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える」というコンセプトを持っています。(官長 三輪 嘉六)・・・千葉佐倉の歴史民族博物館に似ていました。 特別展示室では若冲と江戸絵画が開催されていました。プライス氏所蔵の江戸絵画展覧会。近年人気を高めている伊藤若冲や円山応挙、長沢芦雪、酒井抱一、鈴木其一などの江戸琳派の画家、肉筆浮世絵など109件の展示。 博物館へは西鉄太宰府駅から散策路アクセスで行き、天満宮へはトンネル(動く歩道)ですぐ近くでした。 太宰府天満宮は菅原道真公薨去(こうきょ)後菅公の御墓所に建立されました。 菅原道真公(845〜903)は漢詩や和歌、書などの学問に秀でた菅原一門の血をひく平安前期の学者・政治家・文学博士・蔵人頭などを歴任後、異例の出世を妬まれて太宰府に左遷され翌々年に太宰府で亡くなりました。没後は学問の神様、天神様として信仰を集めるようになりました。 太宰府天満宮は全国天満宮の総本宮と称えられています。 本殿の右側で枝をのばす飛梅は、太宰府へ左遷された際に、菅公を慕って一夜のうちに京から空を翔けてきたという伝承を持つ御神木。千年以上の時を経た今も、毎年、境内のすべての梅に先駆けてその清香の花を咲かせるそうです。(京都北野天満宮へは梅の時期訪れました。) 元旦のお参りは長蛇の列でした。名物は門前町のあちこちの茶店や土産店で焼かれている素朴な味わいが人気の梅ヶ枝餅です。 五日目 小雨の中新神戸へと向かいました。福岡からはかなりの長距離なので早めに出発し、関門橋を渡りました。高速道路で事故があり、通行止めの情報を聞き、この旅行中初めての渋滞に会いました。一般道路に出て新神戸に着いてからも街中はかなりの渋滞に巻き込まれてしまいました。 予約のホテルへは少し暗くなってからの到着。新幹線の新神戸駅に直結し、昨年12月にリニューアルしたばかりの外資系のホテルで、案内して下さったのは外人さん。32Fの客室は勿論、エレベーターもカードを入れてからと最初は戸惑いましたが、往来しているうちにとても快適になりました。 六甲山につながる山の手にあり、1000万ドルともいわれる日本屈指の夜景をパノラマビューで楽しめました。 六日目 ホテルの37Fで朝食をとった後名古屋の自宅へ無事到着。 山盛会の全員が携帯電話で連絡しあい、お互いを気遣いながらの旅、皆無事にそれどれ三家族の家に帰ることができました。 初めての土地 遠距離を 暮れからお正月にかけて 5泊6日もの 主人一人の運転ドライブ旅行はとても心配でしたが、どうしても実行したいらしい主人に結局はついて行こうと決心しました。 何事もなく二人とも大した疲れもなく帰宅できた時は心からホッとし、細心にわたり事前に主人が計画してくれたからこそと、安全だったことに感謝しました。 5泊6日間 朝夕のホテルの気取った食事にあきて、家の普段の食事が恋しくなりました。 |