2004年


銀閣寺特別拝観 11月16日
        平成16年10月9日(土) 〜 平成16年12月5日(日)
本堂
ご本尊の釈迦牟尼仏を安置
与謝蕪村・池大雅の襖絵
東求堂
持仏堂として阿弥陀如来像を安置
足利義政公法体を安置
堂内の四畳半書院「同仁斎」は、茶室の源流、また四畳半の間取りの始まりといわれています。
弄清亭
香道の香座敷
奥田元宋の襖絵
 銀閣寺(東山慈照寺)は室町幕府足利八代将軍義政公によって造営され、義政公の法号慈照院にちなんで慈照寺と名付けられた。三代将軍義満公の造営による山荘北山殿の金閣寺(鹿苑寺)に対し、山荘東山殿の銀閣寺と称せられるようになった。
 図らずも若くして権力の頂点を極めた義政公は権謀術数がうごめく政治の世界から退き、隠棲生活を過ごすべく山荘造営を発案した。自らの美意識の全てを投影し五百年をへた現在にもその精神を脈々と伝えている。
 義政が東山殿の造営を志した背景には、祖父の三代将軍義満による北山殿金閣寺への深い思い入れがありとくに義政は作庭家としての才能に優れていた。
 この東山殿は西芳寺(苔寺)を模して設計された。
 白砂の砂盛り向月台(こうげつだい)と波紋を表現した銀沙灘(ぎんしゃだん)は一月に一度造り直されるそうです。
 東求堂内四畳半書院「同仁斎」は茶室の源流で障子を開けて木々の緑と流れる水が床の間のお軸でした。
国宝東求堂の寄り付き腰掛けにも4人が座らせて頂け歴史の重みが伝わって参りました。
 展望所からの眺めは遠くには山々、所々紅葉がみられ、すばらしい造園 銀閣寺を訪れてよかったと思いました。

 東山御物と呼ばれる美術工芸品の数々は後に東山文化として開花し、華道、茶道、香道をはじめとする諸芸能の源流となった。

 本堂には与謝蕪村による「棕櫚に叭叭鳥図」(九官鳥)、「飲中八仙図」、「山水人物図」や池 大の「琴棋書画図」が収められている。
 弄清亭 香道の義政公お好みの香座敷には奥田元宋の襖絵 「薫園清韻(くんえんせいいん)「流水無限」、「湖畔秋耀」(こはんしゅうよう)が平成八年弄清亭改築を記念して日本画壇の重鎮奥田元宋画伯の襖絵が完成した。この襖絵は三年の歳月をかけた元宋芸術の集大成であり永く後世に残る傑作である。色彩が鮮やかな世々に伝わっていく本物をまじかで見れました。

 月に一度名古屋から京都へ通うお花のお稽古が午後なので午前中を多いに活用しようと思いつきここ数ヶ月京都見物を満喫しています。着物で出掛けると京都きものパスポートが頂け入館料やタクシー料金の割引の特典があり驚きます。
 銀閣寺からすぐの今出川通りにある白沙村荘 橋本関雪記念館にも立ち寄り綺麗なお庭と記念館の絵を拝見してまいりました。




日本橋から六本木へ(東京) 2004年6月22日
 高校時代の先輩と10数年ぶりに会う事になり、名古屋へ移動するようになってから東京へ出掛けるのも久しぶりで、最後にお会いした日本橋を待ち合わせの場所に選びました。 食事をしたり、お茶を飲んだり、つもる話が一杯で、お互い元気でよかったと歓びあいました。

 室町勝ひろ作陶展 (日本橋高島屋美術画廊)6月16日〜22日
   出光美術館でずっと以前に見た板谷波山の作品に絵付けがあまりに似
   ていて驚きました。 

 COREDO (日本橋) 
   いけばな協会展を催していた東急百貨店の後にできたCOREDOの中
   のセレンディビティで8月に帰国する孫の絵本を買いました。

 八事窯五代中村道年茶陶展(日本橋三越美術画廊)6月22日〜28日
   添釜6日間表千家が担当とありました。
   数年前4代尼道年の個展もあり、私が求めた伊賀写し三角花入れを五
   代も写していました。
 
 六本木ヒルズ (大江戸線、日比谷線六本木)
   六本木まで足をのばして見学コースにしました。六本木ヒルズのシンボル
   森タワーの周りは5つの商業ゾーンがあり広くて迷いました。
   人身事故のあった回転ドアは閉鎖され追悼文がありました。




 金閣寺・龍安寺・退蔵院(妙心寺)・祇園 2004年4月12日
    みやこめっせ全国いけばな展を大学時代の友人4人が見に来て下さい
   ましたので、京都で一泊して翌日は前日の和服から洋服に替えて身軽に
   なり、皆で歩きまわりました。 退蔵院で恩師亡数江瓢鮎子先生の雅号の
   もととなった墨絵瓢鮎図にめぐりあえました。

 龍安寺方丈前庭の枯山水庭園     退蔵院 瓢鮎図(国宝)如拙筆(写し)




 醍醐寺 (京都) 2004年4月10日
   午後にいけばな展の生け込みを控え午前中の有効な時間を利用して念願
  の醍醐寺に行きました。秀吉が花見をした満開の桜が見られると期待をしま
  したが残念でした。
   秀吉は醍醐山の上から見下ろしての花見をし、上醍醐に花見の為8棟を
  建て自ら基本設計をした庭の三宝院が移築れていました。

 五重塔(国宝)総高38m   醍醐寺 霊宝館
 京都府下最古の建造物   「カルティエ宝飾ゼザイン展」
 JR山科駅から地下鉄東西線醍醐駅下車。市営新しいマンションの間を徒歩10分。
秀吉が1598年(慶長3)花見の宴を催した「醍醐の花見」にちなみ毎年4月第2日曜には豊太閤花見行列が催される。




  幸兵衛窯 ・市之倉さかづき美術館・フルーツパーク
         (岐阜県多治見市〜名古屋市東谷山)2004年3月28日(日)
 大学時代の友人のお誘でりフレンズ5人がご用意の車で出掛けました。
 幸兵衛窯は1804年開窯され、現代は七代幸兵衛。六代加藤卓男は古代ペルシャ陶器 ラスター彩の復元と正倉院三彩の業績により平成7年人間国宝に認定されました。約200年前の民家を福井県大野より移築した建物内にはラスター彩(「luster」英語で輝き、きらめき)・青釉(ペルシャンブルー、トルコブルー)・三彩のペルシャの陶芸技法の重厚な作品が展示されていました。
 ラスター彩は自然の太陽光線により虹のような光を放っていました。



   
     


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