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平和な街の探偵物語

第7話「陽のあたる場所」



 『けちだよ、祐一』
 帰り道、祐一は名雪に言われた言葉を思い出した。
 病み上がりに、泥棒が入った水瀬家の現場へ無理矢理連れて行かれ、一連の泥棒騒ぎの関連性と自己推理を聞かせようと、しつこく付きまとわれて、うんざりしてしまったのだ。
 適当に現場を見て回った後、一瞬の隙をついて、逃げ出したときに聞いた言葉である。
 空を見上げる。
 ゆっくり流れていくモミジの赤と、悠然と居座る真青は、未だぼやけていた祐一の頭に覚醒を与えた。
 俺はそんなにケチか?
 問いかけても答えはない。
 唯一物言いそうな光明も、南の空で時間だけしか知らせない。
 仕方なく、教えられた通りに、ひだるい腹を満足させられる場所へ足を向けた。

 商店街には会社員の姿はなく、家族連れや友人、恋人たちばかり目立つ。
 様々な色のコートやジャンパーが行き交いはしゃぎ、その背中を縫って歩いた。
 祐一はここを連れもなく歩くことに異端を感じる。
 視線が気になるわけではない。
 いや、むしろ誰も見てくれない事に孤独感と腹立たしさをを覚え、こんなことなら事務所へ戻って、冷えた粥でも食べていればよかったと思う。
 横道から商店街を出ようと思い、隣を通った人をやり過ごそうとすると、それは見覚えのある人物だった。



あゆ「ここなんてどうかな?」
 一緒に昼食を摂ることになった、あゆと、一軒の雑炊屋の前へ来ていた。
 ショーウインドウには、赤い敷物の上に、一人用の鍋へ盛られた雑炊が、規則正しく並べられている。
 もちろん、その中身は作り物だ。
あゆ「やっぱり風邪にはこれがいいと思うし…」
 祐一も、自分が本調子ではない事を自覚していたので、その意見には賛成だった。
祐一「あゆは作ってくれないのか?」
 つんと雑炊を指さし、返事を待つ。
 しばらく難しそうな顔で観察すると、苦笑しながら首を小刻みに振った。
あゆ「ボクは修行中だから…」
 雑炊くらい何とかなるだろうと、祐一は心の中で呟くが、自信の無さそうなあゆの心中を察し、今回は見送ることにした。
祐一「そうだな、今から作っても日が暮れるか」
あゆ「そんなに掛からないよっ」
 ふぐの如く膨れ、潰れた。
祐一「よし、なら此処にするぞ」
 あゆの後ろを回り、店の入口へ向かう。
あゆ「ねえ。ならって、どういうこと?」
 祐一はしばらくあゆの顔を見つめ、何も答えずに店のドアを潜った。
あゆ「……うぐぅ」



 大きなガラス窓の4人席に、洒落の効かない湯飲み。
 少しオレンジがかった色の電灯は、ブロック塀のように分厚い木製のテーブルと、赤煉瓦のような床を照らしている。
 祐一はプラスチックのケースに入ったメニューを、元あった場所へ戻し、暑苦しいセーターを脱いだ。
あゆ「もう大丈夫なの? 風邪」
 祐一は、心配そうなあゆの頭に手を乗せる。
祐一「ああ、心配掛けたな」
あゆ「本当に心配したよ」
 撫でられたあゆは、くすぐったそうに目を細めた。
祐一「今日は外食でよかったのか?」
 表情が曇っる。
 それを見て、祐一は自分の軽い口を呪う。
あゆ「うん。叔父さんの海外出張に叔母さんも付いてっちゃったから。ほら、ボク料理下手で…」
 祐一は、風邪で寝込む前に、あゆの叔父夫婦を飛行場まで見送りに行った事を思い出していた。
 あゆには両親がいなかった。
 保護者の叔父は頻繁に出張先を変えるため、叔母の配慮により、ずっと施設で過ごしてきた。
 学校や施設では良い友人に恵まれ、その点に不自由したことは無い。
 高校に上がったとき、叔父夫婦もこの街に腰を落ち着かせるようになり、いつ転校するかもしれない不安や、嫌がらせを受けることも無くなった。
 そして今は“かけがえのない人”も傍にいる。
祐一「修行中なんだろ? そろそろ成長の程を見せてくれてもいいんじゃないか?」
 少しでも重い空気を換えるため、先ほどの話を蒸し返した。
 あゆは休みの日になると、名雪に料理を教えてもらっている。
 名雪の腕は、事務所でも何度か披露されたことがあるので、祐一は少しだけ期待していた。
あゆ「まだ食べて貰えるほどじゃないよ」
 先程と同じように首を振る。
 祐一は、以前出された正体不明の、消し炭のような物体を思い出した。
祐一「発ガン性物質か」
あゆ「もう作ってないよっ」
 全力で否定するあゆの顔は真面目だが、黒くならなくなっただけでは駄目だろう。
祐一「ちゃんと、人が食えるものだろうな?」
あゆ「もちろんだよっ。名雪さんだって食べたんだから」
祐一「じゃあ喰わせろ」
あゆ「そ、それは…」
 急に勢いをなくす。
祐一「秋子さんも、最初の頃よりは良くなったって、誉めてたな」
あゆ「そんなに、すごくないよ…」
祐一「秋子さんに誉められたんなら、どこに出しても恥ずかしくないよな」
あゆ「うぐぅ」
 期待の言葉を次々に投げかけられ、そのプレッシャーに絶えきれなくなっていた。
あゆ「祐一君、イジワルだよ」
祐一「やっぱりあゆに会ったら、一度はからかわないとな」
 下を向いているあゆに、フォローにもならないことを言う。
 しかし、そんな悪質な祐一でも、別れようとはしないのだから不思議である。
あゆ「もう知らないよっ。祐一君が元気になって、嬉しかったのに…」
 悲しげなあゆの口から漏れた声に、『本当に心配したよ』という言葉を思い出す。
祐一「ごめん。俺も……嬉しかったんだ」
 他に聞こえないよう、小さく呟く。
 するとあゆは、安心したような、落ち着いた表情になった。
あゆ「…祐一君って、素直じゃないよね」
 祐一のこめかみがピクリと動く。
ウェイトレス「お待たせしました」
 祐一が物言う前に、注文の雑炊が届き、会話が止まる。
 あゆは、何かを言おうとしていた祐一の言葉を待っていたが、いつまで経っても難しそうな顔をして黙り込んでいるだけだった。
あゆ「祐一君?」
祐一「ん? ああ、冷めないうちに喰っちまおうぜ」
 自分の言葉に恥ずかしさを感じ、紛らわせようとしていた祐一は、間が空いたことで冷静になった。
あゆ「うぐっ」
 いきなり悲鳴らしい声を上げたあゆは、慌ててコップを傾けてる。
 モクモクと湯気を上げる雑炊を、冷ましもしないで、口に入れていたのだ。
 それでなくとも、あゆは猫舌である。
祐一「お前、時々無謀だよな」
 しかしあゆは、それに答えることなく、もう一度チャレンジしようとする。
 熱すぎる雑炊に、小さな口で息を吹きかけ、そろそろ程良いと思った頃、その口をさらに大きく開けた。
あゆ「あれ? 食べないの?」
 入れ掛けたところで、何もせず、呑気そうに様子を見ている祐一が目に入った。
祐一「いや、ちょっとな…」
 祐一は、ゆっくり天井へ視線を逃したが、すぐに元へ戻す。
祐一「さっきまで寝てただろ」
あゆ「あ、わかる?」
 あゆは、そこまで監察されていたのかと思うと、恥ずかしくなり、嬉しくも思う。
祐一「寝癖が付いてるぞ」
あゆ「え!!」
 慌てて匙を置き、手で何度も押し付ける。
祐一「嘘だ」
 あっけらかんと祐一は言って、雑炊を一口入れた。
あゆ「うぐー、またからかう〜〜〜っ」
 そう言いながらも、楽しそうに笑う。
 それは、鍋の底が見えるまで続いた。


あゆ「…もう1年だね」
 あゆのその一言は、しばらくの沈黙をもたらした。
 テーブルには湯飲みだけが残り、窓から射す光は少しずつ長くなり始めている。
祐一「そうだな。長いようで、短いんだな」
 昨日まで寝込んでいた祐一と、それを見舞っていたあゆの立場が、1年前は逆だった。
あゆ「ボク、ドジだから…。随分待たせちゃったよね」
 その頃、事故があった。
 結果、あゆは3ヶ月の間眠り続け、祐一は待つことしかできなかった。
祐一「確かにお前はドジだ」
あゆ「うぐ、酷い…」
 しょんぼり言うが、祐一は構わずに続ける。
祐一「でも、俺は待たされた覚えはない。毎日、会ってたからな。それに…」
 そこで、口篭もった。
あゆ「…あ、ちゃんと持ってるよ」
 言葉を止めた意味に気が付いたあゆは、胸元から紐のようなものを取り出す。
あゆ星思ほしの欠片」
祐一「…恥ずかしくなるから出すなっ」
 祐一は、窓の外へ目を向けた。
あゆ「そんなことないよ。ボクは嬉しかった」
 それは黒い石を吊るしたネックレス。
 あゆは優しく頬を緩ませ、それを見ていた。
あゆ「何か、石炭みたいだけど…」
祐一「隕石だ」
 言い終わる前に、祐一が視線を素早く戻し、訂正を入れる。
あゆ「いつも、大事そうに持ってたよね」
祐一「お守りだったからな、それでも」
 これは元々、祐一の父が持っていたものである。
 それを、いつの間にか祐一が持つようになっていた。
あゆ「本当に、貰っちゃってよかったの?」
祐一「贈りたかったんだ」
あゆ「でもその時には、とっても嬉しい言葉を貰ってたよ」
 告白。
 あゆが、今までで最も嬉しかった言葉である。
祐一「いいじゃないか。おまけの一つ二つ付くのは、当然だろ」
あゆ「うーん、それはそうかもしれないけど…」
祐一「それとも、たい焼きの方が良かったか?」
あゆ「そんなことないよ、これ、欲しかったもん」
祐一「だからこそだ」
 昔からあゆは、この隕石を欲しがっていた。
 祐一には、それがなぜか分からなかったが、あゆにとっては、祐一と話ができれば何でも良かったのだ。
 しかし、その石に秘められた話を聞き、次第に石にも惹かれるようになっていった…。
あゆ「それに、たい焼きは残らないからね」
祐一「もしかすると、この辺りに残るかもしれないぞ」
 祐一は、あゆの頬を引っ張った。
あゆ「うぐっ、つかないもん」
 摘まれた部分を、ゆっくり揉みしだく。
あゆ「あ、そうだ。このあと栞ちゃんの所に行こう?」
祐一「唐突だな」
あゆ「香里さんに頼んでたものがあるんだ」
 そう言って、健康的な笑顔を見せる。
祐一「ちゃんとした似顔絵でも作らせたのか?」
あゆ「そうじゃなくて、絵本を頼んだんだよ」
祐一「ああ、本職の方か」
 香里は、画家と言ってはいるが、実際の職業は絵本作家である。
 今のご時世、若い画家は、絵を描くだけでは食べていけないのだ。
あゆ「本当は前、取りに行った事があるんだけど、栞ちゃんと話してたら忘れちゃって」
 あゆは少しだけ、笑顔を硬くさせた。
祐一「施設の依頼か?」
あゆ「うん。先生に話したら、気に入られちゃったみたい」
 唸るように返事をし、湯飲みを口に近づけたところで、祐一の手が止まる。
祐一「気に入られたって、何をだ?」
あゆ「だから、これ」
 弄んでいたネックレスを、もう一度見えるように持つ。
祐一「…ああ、そうか」
 唐突に、香里の話へ切り替わったと思っていた祐一は、まだ、これの話の続きだったのかと納得した。
あゆ「絵本にするの、マズかった?」
 無感情の返事に、不安を覚えたあゆは確認する。
祐一「いや、原作者は喜んでるぞ」
あゆ「…うぐ?」
 返事に疑問を覚えたが、喜んでいるという言葉を聞き、とりあえず安心する。
祐一「じゃあ、本の出来を見に行くか」
あゆ「うん」
 ふたりは、手にしていた湯飲みを置くと立ち上がった。
あゆ「あ、お土産忘れないようにね」
 祐一がテーブルに置かれていた伝票を取ると、その腕をあゆが引っ張る。
祐一「おお、太っ腹だな」
 そう言うと、祐一は伝票を差し出した。
祐一「ついでに、たい焼きも頼む」
 駄目押しに、土産代も付けていた。

あゆ「……けちだよ、祐一君」



 to be continued...




<あとがき>

 前回、ようやく再開とか言っておきながら、丸々4ヶ月開いてしまいました。
 いつも、こんなんだ。と言われると非常に痛いです、はい。

 さて今回は、祐一がようやく調子を取り戻し、本格的に物語が動き始めます。
 新たに判明した事実としては、香里は絵本屋。あゆは叔父夫婦の留守宅で一人暮らしをしている。そして、あゆと祐一は既に恋仲だったこと。
 あと、ペンダントの話も気になりますねぇ。
 全然関係ないですが、今回2人が食べていたのは、梅シソ雑炊(あゆ)と鳥雑炊(祐一)という、使われない設定があります。計1,720円也。

 前に予告していた栞の登場は次回。真琴はその次になりそうです。

2002/12/21

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