
EPISODE-1
Combat.05「休日」
注意:まだまだ飛びます
………。
「オオサンショウウオっ!?」
眠っていた青年は意味不明の奇声を発しながら飛び起きた。
かなりヤバイ夢を見ていたようで、全身に大量の汗をかいている。
「ふぅ」
やっと思考が正常になったのか、伸びをしながら空を見上げる。
「いつまで旅を続ければいいんだろうな」
青年は旅人だった。
物心ついたときには既に母と旅をしていた。
母が他界してからもずっと一人で旅を続け、旅の目的である『空にいる少女』を見つけるまで歩き続ける。
「さてと、どこかで一稼ぎするか」
青年は昨日の夜遅くに街に着いたたばかりだ。
彼は大道芸人で十分な路銀が溜まれば次の街へ移る。
大道芸は人目に付くから、目的の探しものも見つけやすいと考えていた。
「なんでこんなに暑いんだよ」
既に夏の日差しは高い。
今日は確か休日、この時間なら客数に困ることはないだろう。
「おっと」
パンッパンッ
自分の顔を両手で叩く。
「人捜しもしないとな」
危なく本来の目的を忘れるところだった。
「ぐはっ」
バタッ
直後、青年は路上に突っ伏していた。
「ハ、ハラ減った……」
意識が遠くなる。
そこに一人の女性が通りかかった。
てくてくてくてく
「………」
てくてくてくてく
女性は倒れている青年に気付くことなく通り過ぎていく。
「無視するなっ」
青年は残された力を振り絞って叫んだ。
「あら」
「………」
目が合う。
女性は手を頬に当てて青年を見ている。
バタッ
どうやら力尽きたようだ。
……………
目覚めは穏やか。
そして真っ暗だった。
「夜か、何時だよ」
青年は暗闇の中起き出し辺りを探る。
「おわっ」
何かにつまずいた。
がんっ
「ぐおっ」
バランスを崩し頭を何かにぶつける。
そして再び意識が遠くなっていった。
コンコン、ガチャ。
「気がつきましたか」
暗闇にドアをノックする音が響いたあと、ドアが開かれ外の光と共に女性が入ってきた。
そしてその女性が見たものは……
ごみ箱の角に頭をぶつけて気絶した、ぶざまな青年の姿だった。
もぐもぐ…
青年は女性の家のダイニングルームで食事を摂っている。
彼の体は頭の痛みよりも食を優先した。
ここに来るときに、階段から派手に落ちて再び気絶したことは秘密だ。
ズズズズズー
「おかわりはいかがですか?」
青年が味噌汁を飲み終わると女性が話しかけてきた。
「これだけ食べれば十分だ」
かなりの量を食べていた。
しかし今の青年の頭に遠慮という言葉はない。
「私は寝耳水 アキコ(ねみみず アキコ)といいます」
眠そうだが騒がしそうでもある妙な響きの名前だ。
アキコは主婦のように見えるが、この家に他の人間が住んでいる気配はない。
「俺は国崎 逝人(くにざき ゆきと)だ」
とても縁起の悪い名前だ。
「了承」
(なにを!?)
逝人は心の中で叫んだ。
しかし、なぜかそれを口に出すことができない。
「ありがとうございます」
そのとき感じたのは恐怖だったのかもしれない。
アキコの目の奥には得体の知れない何かが存在している。
なぜかそう思い気付いたときにはお礼を言っていた。
「ご家族に連絡されてはいかかでしょう? 電話使って下さい。心配されているかもしれませんよ」
「いや、その必要はない。なぜなら俺は……」
言いかけて沈黙してしまう。必死に何かを考えているようだ。アキコも黙って続き待っている。
「さすらい人形使い 行き倒れ編!」
決まった。
芸術点も高い。
しかし決まれば決まるほど哀れに見えてくる。
「了承」
(なにを!?)
またも速攻で何かを了承されてしまう。
「ありがとうございます」
そしてなぜかお礼を言う逝人。
ここで逝人はなんとなく分かった。
さっき感じたのは恐怖ではなく、これがこの人のペースなのだと。
「旅を? 法術が使えるのですか?」
「ああ、それで大道芸をな」
そこで逝人は思い出したように時計を見る。
既に日付が変わっていた。
「もう遅いな」
逝人は荷物を持つ。
「世話になった」
そのまま家を出ていこうとする。
「どうぞ泊まっていって下さい。もうこんな時間ですから」
こんな時間だからと思い逝人は出ていこうとしたのだが……
「十分寝たからな、これ以上厄介になる必要はないだろう」
「……分かりました。あまり無理をなさらないよう気を付けて下さいね」
旅をしているといろんな人物に出会う。
逝人が以前世話になった口の悪い女とはえらい違いだった。
「では、さようなら」
アキコの家を出る。
彼女は終始手を頬に当てていた。
癖だろうか?
逝人はボーっと星を眺めている。
(この空にいる少女……)
……
………
……
いつの間にか夜が明けていた。
芸をするのにちょうどいい場所を探すため、近くの商店街をひとまわりする。
大きな商店街だ。
まだかなり気が早いといえる時間だが、丁度よい空きスペースを見つけたので陣取る。
暇なのでシャッターの閉まっている隣の店で、刷りたての朝刊を無断で拝借する。
ペラペラ…
社会情勢に興味はない。
知りたいのは尋ね人の情報だ。
「あ」
今日は月曜日で平日だった。
経験上、昼まで客足が無いことが想像できる。
「…一眠りするか」
寝てばかりだ。
つんつん
「ミトコンドリャァァァ!!」
「わぁ!」
真昼の商店街で飛び起きる逝人。
またヤバイ夢を見ていたようだ。
それと女の子の声も…
「ん、なんだ? こんな所でどうした」
横を見ると小さな女の子が逝人を見ていた。
飛び起きてびっくりしたのか、女の子の目は潤んでいる。
「あーどうした。なにか用か」
今にも泣いてしまいそうな女の子になるべく柔らかい声で話す。
「い、い…」
「い?」
「いきだおれ」
「………」
逝人は遠い目をした。
一陣の風が駆け抜けていく。
よく見ると逝人の周辺にゴミ袋が山積みされていた。
この程良い空きスペースはゴミ収集所だったのだ。
そんなところに人が倒れていれば行き倒れにしか見えない。
唯一の救いは、今日が生ゴミの日ではなかったことだろうか。
「お前はなんなんだ」
少しきつい口調で聞き返す。
「お、お母さん……うぅ」
「や、やば」
女の子は泣き出してしまう。
「あーおいおい、泣くんじゃない」
泣き出してしまったら止まらない。
「おい、これを見ろ」
ズボンのポケットから商売道具の小さな人形を取り出し女の子に見せる。
「いいか、いまからこれが面白おかしく動き出すからな」
逝人は少し場所を変えて人形を地面へ置き、念を込め始める。
すると人形はぴょこっと起きあがり、歩き始めた。
……。
………。
……。
女の子は泣きやんだ。習得しているネタを余すところなく見せたのだから当然だろう。
しかしそれだけで逝人は納得しない。
これを見て笑ってもらえないのは人形使いのプライドが許さないのだ。
だが、女の子はしぶとい。
「もしかして泣き疲れただけか?」
女の子は無表情だった。
楽しんでいるようには見えない。
「はぁ。で、おまえ迷子か?」
「お母さん……うぅ」
「うっ、だから泣くなよ」
なんとか半ベソで止まった。
「困ったな」
「迷子ですか?」
救いの声が聞こえてくる。
それは聞き覚えのある声だった。
「えっと、寝耳水さん」
「アキコで結構です。それと『ね』はしっかり発音して下さいね」
「……じゃあアキコさん、また助けて下さい」
「了承」
人形芸が効かない女の子に逝人は白旗を上げた。
「お名前は?」
アキコは優しく聞いた。
「6」
「6歳? お歳の前にお名前を言うでしょ?」
「SaikA_6(サイカ・アンダー・シックス)」
…宇宙人のような名前だった。
「サイカちゃんね」
「うん」
その後、二人はサイカを交番へ連れていったが迷子の届け出はなかった。
サイカは逝人の人形芸(?)を気に入ったらしく、どうしても付いてこようとする。
仕方なく暗くなるまで待っていたが、親が迎えに来る気配はない。
かわいそうだからと言うアキコの提案で、逝人はサイカを連れ再びアキコの家で厄介になることとなった。
「しょくじちゅ〜」
夕食を食べていると、サイカが突然無意味にその言葉を口にした。
「デジャブか?」
逝人にはなぜかそう思えた。
「国崎さんは本物の人形もお使いになられるんですか?」
アキコが途中で食事を止め、いつも通り手を頬に添えながら聞いていた。
本物の人形とは戦術操り人形、つまりD兵器のことだ。
「すみません、食事中に聞くことではありませんね」
普通、場に合わない失礼な質問だが、逝人にとっては気にするようなことではなかった。
「いや、一応そういう人形も使っている」
「了承」
何を了承したのか全く分からない……。
「ありがとうございます」
この返事もよく分からない……。
「国崎さん、これを」
逝人が夕食を終えてリビングでくつろいでいると、自室へ戻っていたアキコが数枚の紙を持ってやってきた。
「なんだそれは」
「道路使用許可、及びそれに類するいろいろな許可願です」
「ああ、そうだったな」
それらは交番でサイカを見つけたときの状況を説明している際に人形芸のことをうっかり話してしまい、許可を取ってから行うようにとその場で渡されたものだ。
丁度アキコが程良い大きさの書類入れを持っていたので預けてあった。
アキコからその十数枚ある書類を受け取り、渋々必要事項を書き込んでいく。
「ほとんどサインするだけじゃないか」
親切な書類だった。
「国崎さん、ここにも」
「くにざき、ここも〜」
いつの間にかサイカまでやってきて、サイン会のようになっている。
「はいはい」
逝人はヤケになって片っ端からサインをしていく……。
「これで最後です」
「ああ」
最後の書類へ、ほとんど機械的にサインを終わらせる。
「おわった」
疲れた肩を揉みほぐしながらその書類をよく見てみる。
「…特別入軍申請書?」
最後の書類にはなにやら物騒なことが書かれていた。
「了承」
アキコはいつも通り答えながら書類を仕舞う。
「ちょっと待て、入軍てなんだ!?」
逝人はアキコに詰め寄る。
「人手不足なものですから」
頬に手を当てながら言う。
「そういう問題じゃないだろっ」
そう言ってから気付く。
食事中に人形が使えると言ったあとの「了承」。
あれはこれを意味していたのではないだろうか。
「もうサインは頂きましたから」
詐欺だ。
「もしかして軍の人間か?」
逝人は恐る恐る聞く。
「国家機密ですがその通りです。尚、国家機密を知ってしまった以上、普通の生活に戻るのは大変ですよ」
ハメられた上に脅された。
それもさらっと言い放たれた。
やはりアキコは只者ではなかったのだ。
「サイカは? 国家機密を知ったんだからこいつも入軍しないといけないだろう」
言いながら逝人はサイカの方を見る。
「すー、すー」
気持ちよさそうに寝ていた。
「くっ」
「というわけで、本日よりあなたは北日本連邦軍の軍人です」
「マジか」
アキコはこくりと頷く。
「入軍のお祝いに特製ジャムパンをご馳走します」
「甘いものは好きじゃない」
なぜにジャムパン? と思いつつ入軍拒否の意志表示をする。
「甘くないジャムです」
甘くないジャムとは一体どんなジャムなんだと考え込む。
「どうぞ」
逝人の目の前にジャムが塗られた食パンが差し出される。
甘くないと言うジャムは少し赤みがかった黄色い色をしていて、良い香りがする。
その香りは妙に食欲をそそるものだった。
パクッ
考えるよりも先に口が出ていた。
色と香りに誘われジャムパンに噛みつく。
「………。」
表現できない味だ。
いや、味覚が麻痺したと言うべきなのかもしれない。
理解の範囲を超えた未知のジャムだった。
「どうですか?」
頬に手を当てて訊ねてくるアキコ。
その目の奥には最初に感じた得体の知れない何かが見えた。
それが逝人の心を射抜く。
恐怖という名を持つ矢で。
「あら、お口に合いませんでしたか?」
アキコはわずかに目を細める。
未知のジャムを口にすることは契約の証、この時点でもう後戻りできないことを示していた。
「は、腹がいっぱいなんだ。さっき夕食を取ったばかりだからな。少し散歩でもしてくる。」
「それは残念です」
心底残念そうだ。
逝人はなんとかごまかして部屋を出る。
「ふぅ」
ため息しか出ない。
こんな街はすぐに出ていくしかない。
ガチャ
寝耳水家の玄関を開け外に出る。
「ん?」
満月が見えた。
そしてそれを遮る影。
「なんだ?」
目を凝らす。
しかしその影はもう見えない。
「蛾でも飛んでたか?」
そう思った直後だった。
ドーーーーーン!!
「ぐおっ!」
夜の街を地震が襲った。
いや、何かが空から落ちてきたようだ。
「な、なんなんだ!?」
「あら、ナユキ」
後ろからアキコの声が聞こえた。
「ナユキ?」
聞き慣れない言葉を口にしながら落ちてきたものを見る。
「D兵器じゃないか!」
寝耳水家の前には小型のジェットエンジンを積んだ人形が立っていた。
「あいたたたた、着地失敗しちゃったおー」
人形の手の上に少女がいた。
恐らく操縦者であろうが、かなり無茶な登場の仕方である。
「ナユキ、着地のときはエアバスターを吹かしなさいって言ったでしょう」
そんなことをこの住宅街でやったら、辺りの家屋は吹き飛ばされる。
「お母さんただいま。眠くて」
寝てたんかい。
「あ、お客様?」
ナユキと呼ばれた少女は逝人に気が付くと、人形の手から器用に降りてきた。
「国崎さん、娘のナユキです」
「寝耳水 ナユキ(ねみみず なゆき)です」
高校生以上に見える。
まさかアキコにこんな大きな娘がいたとは。
「国崎さんはさっき入軍したからナユキの後輩になるわね」
するとこの娘にもあのジャムを食わせたのだろうか?
「そうなんだ、よろしくね」
「ああ、……って、ちょっと待て。冗談じゃない」
危なく認めてしまうところだった。
「そうなんですか?」
アキコが言う。
暗闇の中で一瞬目が光ったように見えた。
「うっ。そ、そうだ。それにまだ待遇の話も聞いてない」
一瞬怯んだが、一番大事な話を切りだした。
「このくらいでいかがでしょう」
アキコは人差し指を立てて顔の前に出す。
「あんた、実力も見ないで月10万はないだろう」
と言いつつ内心は動揺していた。
旅する芸人にはとても魅力的な数字だ。
「いえ、ゼロがひとつ足りませんよ」
つまり100万になる。
「マジか」
実際に人形使いに支払われる給与としては安い方である。
しかし逝人は軍に属したことが無いため、分かるはずがない。
「くっ。だがな、俺は人を捜しているんだ。そいつを見つけるまで腰を落ち着けることはできない」
沸き上がる煩悩を押さえつけてなんとか言い切る。
「肩が震えてるよ」
ナユキに突っ込まれるが、ここで負けては男が廃る。
「誰を探しているのですか?」
アキコが聞いてきたので顔を向けると深刻そうな表情をしている。
そんなに逝人をスカウトしたかったのだろうか。
「名前は知らない。ただ空にいるとしか聞いていないんだ」
そう言うとアキコの目がさらに細くなる。
「……そうですか」
「わ、お母さんが悩んでた」
ナユキは意外だったらしい。
逝人もすぐ「了承」と答えられると思っていたのだが…。
「まさか知っているのか?」
そうでなければこの人が悩むとは思えなかった。
「いいえ、私も知りません」
『も』という言い回しに違和感を覚えたが、気にはしなかった。
予想していた答えのひとつだからだ。
「そうか」
そう言って逝人は寝耳水家に背中を向ける。
「わたし知ってるよ」
「なに!!」
予想していなかったナユキの言葉に逝人とアキコは振り向いた。
「えっとね、背中に羽の生えた鞄をしょってる月宮あ…」
「同ネタ多数につきそのネタは禁止だ」
逝人がナユキの言葉を遮った。
「え、ネタってなに?」
「秘密だ」
もう一度背中を向ける。
「世話になったな」
「ちょっと待って下さい」
今度はアキコだ。
「ぐっ、まだ話を延ばすのか」
転けそうになりながら振り返る。
「探している方が見つかったら入軍していただけますか?」
まだその話をする。
「そうだな、話によっては考えてもいい」
旅の目的が果たされた後のことを考えたことはなかった。
「報酬は言い値で結構です」
アキコは逝人が金の亡者であることに気付いていたが、それと同時に金額の大きさに疎いことも見抜いていた。
「分かった。軍に入る気になったら最初に交渉しに来よう」
「ありがとうございます。では適性試験を受けていかれませんか」
「適性試験?」
「入軍した人が必ず受けるもので、これで配属などを決定します。成績が悪いときは入軍が取り消されることもありますので」
「二度手間になるということか」
「はい」
「どんな試験なんだ」
「それは……」
新しい日が昇る。
太陽の光が町外れの空き地にたたずむ人形を照らした。
「あの人形、《Kero-P》(ケロピー)だったのか」
《Kero-P》とは北日本連邦軍の極地専用D兵器で、その姿はぬいぐるみの様にデフォルメされたカエルだ。
それが直立歩行するのだから奇妙なことこの上ない。
逝人は不思議に思った。
極地専用D兵器とは北極やら水中やら宇宙で使用することを前提として割り当てられるはずである。
操作中に居眠りするようなナユキに割り当てられるとは到底思えない。
「いま国崎さんが失礼なことを考えているような気がするよ」
ナユキはすぐ隣にいた。
「気のせいだろう」
「うーん…」
ナユキは困ったような表情を見せる。
「そろそろ始めますね」
アキコは適性試験を開始しようとする。
適正試験とは単純に人形と戦うことだった。
そもそもこれが入軍する人形使いに与えられる仕事なのだから、簡単に負けてしまわれては高い給料を支払う意味がない。
「操縦者は互いの声が聞こえない場所まで離れて下さい」
しかしナユキは動こうとする気配がない。
それどころかナユキとアキコは無言で逝人の方を見ていた。
「……はいはい、俺が離れればいいんだろ」
渋々その場から離れていく。
「ナユキ、十分注意するのよ」
「?」
アキコは忠告したが、ナユキにはその真意が分からなかった。
パン!
号砲が響く。
試験の開始だ。
ダンッダンッダンッ
ナユキの操る巨大なカエル《Kero-P》は勢いよく走り出し、逝人の人形との間合いを一気に詰めようとする。
本当に異様な光景だ。
ピカッ
「え?」
一瞬、逝人の人形が光る。その直後……
ドーーーーーン!!
「きゃぁ!」
《Kero-P》の上半身が爆炎に包まれた。
「なにいまの、シールドに反応しなかった」
シールドとは人形に付いている法術増幅装置を使った防衛術で、大きな破壊力を持っていなければ大抵の攻撃を防ぐことができる。
これにより飛び道具は無力となり、シールドよりも強い破壊力を持つミサイルが来たとしても人形の持つ巨大な剣により叩き落とされてしまう。
「ナユキ、いま対物シールドしか使っていなかったわね」
「うん、だって国崎さん普通の人形使いだって言ってたから……あっ」
ズーーーン!
「そんな、極地用の装甲なのに」
《Kero-P》は爆発によるダメージが大きく、その場で膝を着いてしまった。
「世の中には操縦者が法術しか使えなくても、魔術を使えるようにしてしまう特殊な人形があるのよ」
「え、それって」
「いま目の前にあるものこそ三大人形と呼ばれる人形のひとつ」
アキコはナユキから視線を外し逝人の白い人形を見る。
「《Ka-Nn-Na》(カンナ)よ」
※法術と魔術
人形使いの扱う法術と魔術師の魔術は、どちらも魔力と(霊力とも)呼ばれる力を操るための技術である。
魔力は体力と同じように人の中に蓄積されているもので、精神力(集中力に近い)に影響している。
このため魔力を使い果たすと術者は深い眠りに就いてしまう。
また、一度に消費できる魔力の量には個人差がある。
法術は主に少量の魔力を長時間に渡り消費する技術で、魔術は大量の魔力を一瞬で消費する技術である。
魔術が使えれば法術も使えるように見えるが、人が一定時間内に消費できる魔力の量(瞬間魔力消費量という)は生まれたときから固定されていて、魔術師が人形使いのように長時間人形を動かそうとしても、すぐに魔力が尽きて動かせなくなってしまう。
要するに法術と魔術の違いは一度に消費する魔力の量の違いと考えてよい。
もちろん魔術と法術の中間レベルの力を持つ者もいる。
このような者達は召還師(妖怪使い、精霊使い)となることが多い。召還師の長所は、法術に比べて巨大な人形を使う、または運ぶ必要がない。
そして魔術に対しては長期戦が可能で、多数の精霊、妖怪を召喚できる。(魔術師が複数召喚するとすぐに魔力が尽きる)
余談だが、魔術師が召喚する精霊、妖怪は力の大きい者ばかりである。
なぜなら先に述べたように魔術師が術を使うときに消費する魔力は一定で、召喚に要する魔力の使用時間はどのような精霊、妖怪でも同じである。(どいつも同じ世界の生物だから。詳細はCombat.04参照)
よって、魔力をケチる必要はなく、わざわざ弱い者を召喚することは無意味だ。(もちろん力の大きい精霊、妖怪ほど召喚時に多くの魔力を必要とするので、瞬間魔力消費量の少ない妖怪使いは魔術師の召喚するそれよりも弱い場合が多い)
また、人形使いは召喚に必要なだけの魔力を引き出すことができない。
術は誰でも使えるわけではなく、素質が必要となる。
素質は遺伝的なものであると言われていて、魔力の起源を探っている研究者たちは、突然変異により人類は魔力を使えるようになったという意見を有力視しているが、他説では元々全生物が魔力を使える可能性があり、遺伝子の組み合わせにより極希に自由自在に操ることのできる者が生まれてくるという劣性遺伝説を唱える者もいる。
突然変異説が有力なのは、ある家系の人間の子孫は確実に素質を持って生まれてくるということが確認されているからである。
これは劣性遺伝の考え方に反している。
しかし劣性遺伝派は、複雑な人間の遺伝子を考えるとそのような遺伝子の配列があってもおかしくはないとして一歩も譲らない。
そこで突然変異派は2000年代始めに魔力が初めて確認されたことを持ち出し、この時期に突然変異が起きたとしたが、劣性遺伝派は単に魔力の存在が知られていなかったから素質を持っていても使えなかったと切り返し、結局まだ結論は出ていない。
尚、遺伝子の解読により魔力の存在を証明する研究者は多数いるが、未だに明確な答えを出せた者はない。
「ひどいよー」
寝耳水家に戻ってからナユキは逝人にそうボヤき続けていた。
試験は合格だったが勝ち方が少し(随分)卑怯だったかもしれない。
「早く済ましたかったからって燃やしちゃうなんて」
黙ったままぶーぶーボヤかれるのに飽きた逝人はようやく口を開く。
「おまえは軍の人形を使っていたからいいが、俺は個人で所有している人形を使った。故に修理代が怖いんだ」
路銀に困っている人間が、人形の高額な修理費を払えるはずがない。
「だからってあれはないよー」
まだブーブー言っている。
本当はもともと左腕が壊れていて、近接戦闘ができなかったなんてカッコ悪くて言えない。
「サイカ、お母さん探しに行くぞ」
「うん」
ナユキのブーブーが一日中続きそうだったので外に逃げることにした。
「いいんですか、路銀稼ぎにいかなくて」
アキコが心配そうに言う。
「ああ、気になって集中できないからな。今日は休日にする。ってずーっと休日のような気がするが」
それにサイカの親が見つからないと寝耳水家から出ることができない。
サイカが逝人に付いてこようとするからだ。
「きゅうじつ?」
聞き慣れない言葉だったのだろうか? サイカが聞き返してきた。
「つまりお休みだ」
「ふーん」
サイカは自分の目の前に左手を広げ、親指に右手の人差し指をあてた。
「く・に・ざ・き・や・す・み」
言葉の一音毎に左手の指の先端と間を右手人差し指で数えるように指していく。
そして最後の音で指が止まると…
「貧乏、大臣、大大臣。貧乏、大臣、大大臣…」
今度は逆方向へ向かって動かし出す。
さっきがカウントアップなら今度はカウントダウンだ。
数え方も変わっていて、言葉の音ではなく単語単位になっている。
そして最初の指であり最後である親指を指したとき…
「びんぼー♪」
ひゅるる〜
逝人の心の中で一陣の風が吹き抜けていった。
次回予告
「まるで人形の博覧会だな」
各地から続々と集まる人形たち。
荒野は人形の墓場となるのか?
Next Combat「灼熱の闇」
2001/8/17
E-mail:
chaki-el@mbg.nifty.com