嘘 by 愛
午後の柔らかい日差しを受けて、静かな草原は美しく輝いていた。
小鳥がさえずり、ときおり吹く風が草を通り抜けていく。
静けさを破ったのはPHSの呼び出し音だった。
草の中に転がっている電話機の音を頼りに、白く細い指が地面を探る。
その手は、日焼けしたたくましい手に掴まれ、地面に押し付けられる。
地面に縫い付けられてもなおも抵抗する細い手首が、草の上を力まかせに動き、かさかさと枯れた音をたてる。
しかし、がっちりと掴まれたその手は、放されることはなく、更に力をこめて、連れ戻されてしまう。
手の自由を奪う者への抵抗として、頭が激しく横に振られ、黒い長い髪が草の上に幾度も舞い、頬へ乱れて落ちる。
いつも冷ややかな表情を形作るその頬は紅潮し、美しい眉が潜められ、太陽の光を眩しそうに受けている紅の瞳が細く歪む。
声をあげようとして開かれた薄紅の唇は、荒っぽい口付けで塞がれる。
口付けられたままの唇から、低い声が囁く。
「放っとけよ」
電話の音は鳴り続ける。
熱に浮かされた瞳は、地面に仰向けに横たわる己の身体の上から離れようとしない、金色の髪を睨み付ける。
音を立てて、熱っぽい唇から白い肌に甘い衝撃が走り抜けるたび、その瞳は固く閉じられ、濡れた唇は、思わず漏れそうになる声を喉の奥でかみ殺す。
まるで、鳴り続ける電話にその声を聞かれまいとしているかのように。
薄い黒い服はすっかりはだけて、真昼の陽光に惜しみ無く、透けるような白い肌がさらされる。
しなやかな細い身体は、降り注ぐ愛撫に弄ばれ、耐え切れないように草の上で跳ね上がった。
電話の音が止み、それに気付いた二人は静止する。
批難するように見上げている紅の瞳を無視するかのように、頭上の大空と同じ色の、蒼い光を放つ双眼は考えこみながらPHSを横目で睨みつけている。
再び鳴り出す呼び出し音。
今度こそ抗議の声をあげようと開かれる形の良い唇を、無骨な左の掌が押さえて塞ぐ。
空いた右手で、PHSを拾い上げると、不自然な格好のまま耳に当てる。
「・・・・・・・おう、シドだ。」
その途端、唇で指でさんざんに愛でられ、熱を帯びて煮えたぎる身体の中へ、今にも爆発しそうな程に高まっていた熱く重い楔が打ちこまれる。
草むらに横たわる白い身体が折れそうなほどに弓なりに反り返る。
大きく見開かれた紅の瞳は潤んで焦点があわぬまま宙を泳ぐ。
太陽の光にひけらかされた白い細い喉はひくりひくりと小刻みに震えている。
口を塞がれたまま、痛々しい程にその整った表情は歪んだ。
電話機の向こうの声が何かを告げている。
弱々しくもがく細い手は、がっちりと覆い被さり揺すぶってくる頑丈な体をかき抱き、陽に焼けた背中に幾筋もの爪の跡を残した。
「よし、わかった・・・ぜ。」
荒い呼吸を悟られまいと、いつもよりも更に低い声で電話機に告げる。
その間も、絡み合う二人の激しい律動は続き、次第にその動きは狂おしく駆り立てられていく。
PHSを肩で挟み、更に続く電話機の向こうの声を聞きながら、右手は音をたてて激しくぶつかり合っている下腹部へと伸びる。
その無骨な手は、慣れた様子で優しく舐めるように、露にされ、興奮に耐え切れない様子で猛るものを包み込み、既に甘く濡れている先端へと指を滑らせた。
その途端に、左手で塞がれている唇から、熱い溜息が漏れる。
固くつぶられた瞳には、興奮の極みをむかえたためか、涙が滲む。
許容以上の快感に混乱した白い身体が、草叢に投げ出された白蛇のように大きく震えてしなり、その内奥は中の侵入者を食いちぎらんばかりにきつく締め付け、絶頂へと誘った。
弾かれたように、大空へ向かって金色の髪が跳ね上がる。
肩に挟まれていたPHSは草の中へと転がり、押し殺した二つの吐息が風に流れていった。
草に散った艶やかな黒髪の中に、興奮に赤く染まった顔がぐったりと埋もれていくのを見ながら、汗ばんだ大きな手が、再びPHSを取り上げた。
「悪りぃ、ちょっと手がすべりやがった。」
肩で息をしながらPHSに話し掛ける。
「・・・・、え?ヴィンセント?」
蒼い眼が、自分の名を言われてうっすらと開いた紅の眼を見やる。
「こいつ、いきなり背後からおそわれちまって、いま、のびてやがるんだ。・・・・・・・あ、いや・・・・・もう心配ない。怪我は無いからな。
おう、メンバーチェンジなら俺様が代わりに行ってやるぜ。
ん? 俺様? ああ、ちっとばかし背中と・・・・左手にかすり傷ってとこかな。」
はっとしたように、潤んだ紅の眼が、快楽に耐え切れずに、思わず噛み付いた左手を見た。
血の滲む左手をぺろりと舐めた唇が、にやりと笑う。
「よっしゃ、まってろ、今用意するから。」
PHSが切れたのを確認すると、落ち着きを取り戻そうとする唇が、微かに喘ぎながら、ゆっくり開く。
「シド・・・・・あんたは、嘘の報告をしてまで、こんなことがしたいのか?」
「俺様はよ、こんなことなら、いつでもどこでも、おめえとやりてえな。」
悪びれもせず言うと、起き上がり、服を身につける大きな背中を、乱れた黒髪の頭をもたげて、いつもの冷たい輝きをとりもどしかけた眼は非難の色を浮かべて見つめる。
傷ついた手が、そばに散乱している荷物や靴の中からマントを取り上げ、地面に力無く横たわる身体にかけてやった。
「それにな、ヴィンセント、俺様は一言だって、嘘は言ってねえぜ。」
言い返せずにぐっと言葉を詰らせたその口を、もう一度、にやりと笑う唇が塞ぐ。
「休んでろ。俺様はちょっくらレッドの代わりをしてくらあ。」
力強い両手が、高々とスピアを空にあげた。
振り向きもせずに煙草を片手に消えていく後ろ姿を、しばらく見送っていた痩身の青年は、軽い目眩を感じ、長い吐息をついて、再び草叢にひっくり返り、空を見上げた。
さっきまで自分の身体を食い尽くさんばかりに見つめていた、あの瞳と同じ
・・・・・・抜けるような、青。
涼しい風に、吹き出した汗が、心地よくひいていく。
気だるさがいつしか快い眠気となり、重い瞼はゆっくりと閉じていった。
・ 終 ・