エピローグ

〜Time & Tide〜



「ついてこなくてもよかったのに。」
「ふざけんな。」
まだ火のついている煙草が、コスタ・デル・ソルの真っ暗な海に投げ込まれる。
「さあこれからって時になっていきなり、『海を見に行く』の一言で、俺様を一人バスルームに置き去りにする気かよ。まったく・・・」
「すぐ戻るから、待っててくれれば・・・・」
「酔っ払いをバスタブに入れておけば、あっという間に茹でダコになっちまうだろが。
おめえ、結局ヤりたかねえんだろ、はっきり言えば諦めもついたのに。」
「そういう訳ではなかった。・・・・・・・・何故か、呼ばれたような気がした。」
「誰に」
「夜の海に。」
「けっ、詩人だねえ。」

波打ち際についた足跡は、満ち潮になろうとしている海があっという間に消し去っていく。
空にあがったばかりの満月が、夜の海を美しく照らし出していた。
「海か。」
シドは気持ちよさそうに、大きく伸びをして、楽しそうに笑った。
「ぶっ壊れたブロンコで這いずり回ってる時は、いけすかねえ場所だったけどよ。こうやってのんびり散歩するには、捨てたもんじゃねえな。昼ならキレイな姉ちゃんもいるし・・・・」
「昼間に海岸は歩きたくはない。」
「なんでだよ?」
「陽に焼けた肌は、あんまり好みじゃないって、クラウドが言ってたの。」
声色を変えて品を作ったヴィンセントにぎょっとしたシドが、まだ火のついていない煙草を取り落とす。
「・・・・と、エアリスが嬉しそうに私に言ってくれた。」
「おめえなあ。」
シドは頭を抱えた。
「冗談と本気の境目ってもんをはっきりさせてくれよ。」
立ち止まり、海を見渡すシドに気づき、ヴィンセントも歩みを止めた。
「ま、お前さんがそれだけ言えるようになったんだから、上等だけどな。」
にやりと笑うと、改めて煙草に火をつけ、うまそうに煙を吐いた。
立ち上る煙が月に霞をかける。
波の音が、二人の周りに満ちていた。



「逝くには、あまりにも早すぎた。」
楽しそうな笑い声が、波の合間から聞こえてくるような気がした。
「代われるものならば、私が代わりたかった。」
「運命にゃ、逆らえねえよ、あの娘も、お前さんも。」
シドは砂の上にどっかりと座って、言った。
その横に、ヴィンセントも足を投げ出すと、波を見つめながら呟いた。
「私の様な生きている価値も見つけられないような者が・・・・・・・。」
「それ以上言うな。」
「・・・・・・・・いつまでも未練がましく、生き長らえているというのに・・・」
「それ以上言いやがるなら、その口、きけなくしてやる。」
「ならば、続けよう。」
ふっと笑いをうかべたその唇は乱暴に塞がれた。




煙草の味のする口付けに、一瞬むせかえりそうになる。
包み込まれるような抱擁を身体で感じようと、瞳を閉じた。
「・・・・・ん」
優しく髪を撫でていた手に、徐々に力が込められる。
頬に、いつもの様に、無精髭がちくりと微かな痛みを残していく。
「ヴィンセント」
低く響く声。


「めずらしいな、なんでこんなに素直なんだ。」
瞳を閉じたまま、答える。
「・・・・・・懐かしい気持ちになる。」
「ん?」
「いつだったか、こういう事があった気がする。」
「そういうの、デジャヴュって言うんだぜ。
空飛んでると、毎日そんな事の繰り返しよ。」



夜風に当たって冷やりとした肌に触れるシドの手は温かかった。
背中に手を回しながら、静かに身体を砂の上に横たえる。
心地よい温もりが、そっと、重みを持って身体の上に覆い被さってくる。
胸にじっと耳を当てて、鼓動を聞いているシドの頭を両手で抱きしめた。


「人間の心臓の音って、落ち着くんだよな。」
「私は・・・・・」
「人間だ。ここがそう言ってる。」
胸に顔を埋められ、頬が熱くなる。


静かな波の音が少しずつ大きくなっていく。
二人の足元に、大きな波が打ち寄せ、水しぶきが細かく砕け散る。



指と指とが絡み付いていく。
熱い吐息が髪を優しくなぞっていく。
快い温かさに身体が包み込まれる。
耳元に深い呼吸と、規則的な鼓動が
はっきりと聞こえてくる。



いつだったか、確かに記憶がある。
遠い遠い昔に見た夢。
ふと、眼を開けるのが怖くなる。
目覚めて、全部これも・・・・夢だったとしたら。



でも、どうしても見てみたい。
夢の、続きが。
決心して微かに震える瞼を開けてみた。



そこには
満月の神々しい光に照らされて
見覚えのある、蒼い二つの瞳が、
嬉しそうに見下ろしていた。

 



・ 終 ・


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