錯 乱




汗でぐっしょり濡れたまま、闇の中、起き上がった。
横で寝ている男の、規則正しい寝息に耳をすませる。
ぐしゃぐしゃになったシーツから、男の眼を覚まさないようにそっと這い出る。



頭が重い。
一糸纏わぬ自分の細い体を見下ろす。生々しい情事の跡がいたるところに残ったままの、青白い肌。
溜息をつきながら、鉛のような身体を屈めて床の上にちらかった服を取り上げる。
肩にシャツを羽織ったまま、棚へと歩み寄る。
喉が、渇く。


水の入った瓶を口に付けてあおる。
唇の端から水が零れ落ち、顎へと伝い、喉へ滴り落ちる。
全部、この水と共に飲み干してしまえたらいいのに。
狂気も、
苦痛も、
恐怖も、
恥辱も。
また震えが来る。
耳鳴りが始まる。


昼間の出来事を不意に思い出した。
気が付くと、目の前に、肩から血を流して倒れる、ユフィの脅えた顔。
だらりと垂れた血まみれの自分の両手。
ユフィを庇ったクラウドの、不安に満ちた眼が見上げていた。
「ヴィンセント・・・・ゴメン、バレットと交代してくれ。」

覚えていない。
リミットブレイクした後の事を、自分は覚えていない。
黒々とした恐怖の淵で、初めて見る、ヘルマスカーと名乗る獣と対峙したこと以外は。



身体に宿る異形が強き獣へと変化するたびに、制御しきれない力の為に、仲間が犠牲になっていく。
デスギガスの時は・・・確か・・・・レッドと・・・エアリス。
昼はひたすらに、変化した獣に、目の前にある物を片っ端から気が済むまで破壊させる。
それしか、己の中の獣を飼い慣らしていくしか方法が見つからない。

しかし、夜は・・・・・。



暗闇に眼を見開く。
全身を悪寒が襲う。
息が詰まる。
喉が焼け付くようにひりひりしてくる。
頭が割れるように痛い。
がくがくと震える膝が床につく。
手にしていた瓶が投げ出され、悲痛な音をたてて粉々に割れる。


床に崩れそうになる身体を大きな手が支えた。
「しっかりしろよ!」
低く押し殺した声が耳元で聞こえる。
「シ・・・・・ド・・・・・。」
「だめか・・・・おさまらねえか。」
「もう・・・・・嫌・・・だ・・・・。」
「落ち着け、大丈夫だから。」
声が遠くに聞こえる。
「たす・・・・け・・・・」
身体の中で四肢を引きちぎらんばかりに獣が暴れている。
デスギガスから変化を遂げた、ヘルマスカーの悪魔の声が、魂をよこせと囁きかける。
苦しい。
言葉にならない底無しの恐怖。
溺れたようにシドの首に手を回す。
半ば脅えたようなその顔に懇願する。
「早く・・・・。」
意を決したように、男は小さく頷く。
震える冷え切った唇を、暖かな唇が包み込んでくる。
大きな手がそっと胸へ滑り込み、身体を熱い電流が走り抜ける。
「あ・・・・・っ」
朦朧とした意識の中、自分の声が耳に入ってくる。
浅ましい、獣の叫び。


これしか方法が無いのだ。
快楽で苦痛を緩和させることしか。
実験に次ぐ実験の時から、あの地下室でずっと、行われてきた儀式。
あの男に、幾度と無く懇願し、侮蔑を込めた眼で繰り返させてきた最低の行為。


ベッドに横にされ、上から顔を見下ろされる。
耐え切れないほどの恥辱が襲い、両手で顔を覆う。
「それ、やめろよ。」
優しく手を払われる。
「俺が無理矢理犯してるみてえじゃねえか。」
シドの声に眼を開けてみる。
涙で目の前の顔が歪んで見える。
「いくらでも、つきあってやっから。まかせとけって。」
へへっと、シドが優しく笑ってみせる。
蒼い瞳がいたわるように見つめてくる。
僅かに吹き込む安堵の風もつかの間で。
返事をしようとする喉の奥から酸っぱい塊が込み上げて、激しくせき込む。
「・・・・大丈夫か?」
心配そうに見下ろす蒼い視線。
「頑張れ、おめえが化けモンに負ける訳ねえ。早いこと、ヘルマスカーなんざぁ、可愛いペットにしちまえ。」
明るく言うと、片目をつぶってみせる。
ゆっくりと身体を優しく抱きしめられる。
「俺様が守ってやるから。心配すんな。」
いらない。そんな言葉は何もいらないから。
早く、忘れさせてくれ。
この痛みを。



熱を持った唇が首筋から胸元へと滑ると、ひくりと上半身が震え、声がうわずる。
「あ・・・・っ・・・・・ああっ!」
ぞくりと背筋を甘い疼きが通り抜ける。
異形が暴れる体は、刺激を求めて鋭敏になっている。
シドの舌がなぞる肌は熱く溶け出していく。
節くれだった人差し指が戯れるように唇に押し当てられる。無我夢中で、貪る様に舌で指を嘗め回す。
卑らしい音を立てる口からは、飲み込みきれない唾液が流れ出し、首筋に伝って滴り落ちる。
「・・・早く・・・・・。」
こんなに浅ましい言葉を吐いているのは、自分なのか、己の中の獣なのか。
早く、欲しい。己の苦痛を和らげる快楽が。
震える手で口からシドの手を抜き取ると、躊躇うことなく両足をゆるゆると開く。
耳元でシドの喉がごくりと鳴るのが聞こえた。
「う・・・・っ」
身体を突き刺される感覚に、背筋が弓なりに反り返る。
熱く燃える身体の中を、指で引っ掻き回される感触にとろけそうな声をあげて身悶えする。
湿った唇は胸の上を流れ落ち、身体の内のどろどろした欲望を内包して熱く猛り狂う芯を捉える。
滑る感覚に、全身が雷に打たれたように硬直する。
熱い息が止まることなく口から漏れていく。
駆け巡る快感に酔いしれながら、身体の上で踊る金髪に、震える指を差し込む。
シドの頭をかき抱きながら、全身が弾けそうになるのを力を込めて堪えた。
己の腰が卑しい律動を刻む。激しく頭を振ると、顔に長い髪が風をきって当たる。
「も・・・・う・・・・・」
身体を駆け巡る血が熱くなり限界が近づいてくる。
手が空を掴む。

 



シドはその瞬間、すうっと口をはなした。
息をのみ、充血した瞳を開ける。
思わず身体がやり場のない熱をこもらせてわなないた。


「おめえ・・・・・ヴィンセントなのか?」


当惑したような声が胸を貫く。
蒼い瞳が哀しげに呪われた身体を見下ろしてくる。


「デスギガスが暴れた時もそうだったぜ。ほんとにおめえ、ヴィンセントなのか・・・?」


それを私に答えろというのか。
正気の壁を越えることのないこの男に、この狂気を説明する言葉すら持ち合わせていないのに。
肩透かしを食らった腰が疼き、先程の苦痛がじわじわと全身を奪いかえそうとする。
「嫌・・・・ぁ・・・・もっ・・・と・・・・・」
シドの言葉に答える余裕は無かった。
欲望をねだる自分の声があまりにも卑猥に壁にこだまする。
手はもっと即物的に、シドの下半身をねっとりと撫で回しながらねだった。


シドはそれ以上何も言わなかった。
ゆっくりと体重をかけながら、重く熱く身体を貫いた。
「あ・・・・あああっ・・・・・ぁ・・・」
上にのしかかる男の圧迫感と、身体の中へ何度も打ち付けられる熱い楔の異物感が襲いかかる。
苦痛も恥辱もだんだんと希薄になり、自分の身体の存在さえもが空気のように薄くなっていく。
言葉にならない声を吐き出しながら、シドの背に爪をたててかきむしる。
痺れるような快感の中、自我は奈落の底へとしずもうとしている。
身体を食い尽くす悪魔はいつの間にか影だけを残して消え去っている。
激しく身を捩り、髪を振り乱して、全身が歓喜する。
喘ぎ声はいつしか叫びとなっていった。
目の前の男がぼんやりと霞んで見える。
ぽたりと、頬に汗がしたたり落ちてきた。
快感だけが身体を支配していく。
頭の中が錯乱する。



意識はますます深く深く、螺旋階段を落ちるように、悪夢の始まりの館へと堕ちていく。


地下室の冷たい床の上に転がされ、燃えるような憎悪を込めて、見下ろす眼鏡の奥の冷たい瞳を睨み付ける。
侮蔑と、燃えるような興奮と、狂気が入り交じる、爬虫類のような卑らしい顔が笑う。
黒髪を掻き毟り、理性を失った唇が激しく息を吸う。
目茶苦茶に錯乱した視界の中、声の限り喚声を上げる。

 

 

 


「・・・・・や・・・ぁっ・・・・・宝・・・・条・・・・・っ・・・!」

 

 


突然、何もかもが断ち切られたように静止する。

 


がたがたと震える体は、ベッドから床へと突き落とされた。
固い床に叩き付けられた衝撃の中、身を震わせて一人空しく絶頂へと達した。
冷たい床の上で、身体中を満たす快感に酔いしれる。


激しい呼吸だけが自分に出来る精一杯の行為だった。
耳元で聞こえる悲痛な嘆き。
誰の声だろう。この声は。


もう、誰でもいい。誰だっていい。
この、恐ろしい苦痛から解放してくれさえすれば。


眼を開けているのか、閉じているのかも、もうわからない。
真っ暗闇の中、扉が乱暴に閉められる音を、

遠のく意識の中、聞いた。

 


今は、・・・・・何も考えるまい。


やっと、つかの間の眠りを、手にいれたのだから。



・ 終 ・


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