混 沌 (前編)  




ジャングルの草叢が、大きくガサリと揺れ、突然、巨大なインセクトキマイラが襲いかかってきた。鎌をふりあげ、銃を構え遅れたヴィンセントに狙いを定める。
「アブねえっ!」
シドがヴィンセントを突き飛ばすと、容赦無く鋭い鎌がシドの背中を切り裂いた。
「ちいっ!」
舌打ちしながら、スピアを振り回す。シドに急所を突かれ、あっけなくモンスターは倒れた。
「ばかやろう!ぼやぼやしてんじゃねえよ!」
「・・・・すまない。」
体力が無い訳ではないのに、肩で息をついているヴィンセントの青白い横顔が俯いた。
「ゴンガガ村が見える。今日はあそこで宿泊しよう。」
クラウドが2人の間に入って言う。
「・・・まだ、大丈夫だ・・・・・・、先へ進もう・・・」
「もう、日も暮れる。ゴンガガなら明日には皆と合流できるから。」
いたわるようにクラウドがヴィンセントの肩を叩く。
「頼む・・・あと少しだけ・・・・戦わせてくれ・・・・」
ヴィンセントの懇願は、シドの荒々しい声で断ち切られる。
「誰かさんのせいで俺様も傷だらけだぜ。今日は店じまいにしようや」
「すまない・・・・シド。私のせいだ・・・・」
「ヴィンセントよお、おめえ、何でもかんでもすまないって謝るな!
すまないと思うならてめえで何とかしやがれ!」
ヴィンセントの伏せた紅の瞳を横目で見たシドの心に、鋭い軋みが走る。


「ヴィンセントは?」
「気分が悪りぃって、部屋から出て来ねえんだよ。」
閑散としたゴンガガの宿の食堂には、シドとクラウドの他に、客の姿はない。
モンスターの数もどんどん増える一方で、旅する者もほとんど無いのだろう。
「俺、今夜、ザックスの家に行こうと思ってるんだ。
俺の知っている限りのザックスの事、御両親に伝えたいと思って・・・」
「おう、行ってこいや。」
「でも、ヴィンセント、大丈夫かな?」
「俺様がついててやるから、お前はゆっくりしてくればいいぜ。・・・・あいつの事だから、一晩寝てれば回復するんじゃねえかな。」
「そうだね。じゃ、俺行ってくる。」
クラウドは夕食もそこそこに、駆け足で宿を出ていった。

 



シドはヴィンセントの部屋の前に立ちつくしていた。
一つ深呼吸をしたあと、両手で自分の頬を張って、頭を大きく振る。
「ヴィンセント、具合、どうだ?」
つとめて平静を装った声が、僅かに震えている。
返事はない。
「入るぜ。」
ドアを開けると、中はシドが予想していた以上の惨状だった。
引き裂かれたカーテン。椅子や机はひっくり返され、足が折れている物もある。
そして・・・・床に散らばるたくさんの鎮静剤。
「お前、薬をこんなに一気に飲んだのかっ?」
あわてて部屋へ入り、怒鳴ろうとしたが、相手が見つからない。
振り向くと、シャワールームから水音が聞こえてくる。
目茶苦茶に散らかった床を横切り、シャワールームのドアを開け、シドは思わず叫んだ。
「な、何やってやがる!」
ヴィンセントが流れる水の中で座り込んでいた。
服も髪もぐっしょり濡れて身体に張り付き、青白い肌をいっそう青ざめて見せていた。
額に張り付く長い黒髪の隙間からのぞく紅の眼は、ぼんやり宙を漂い、目の前のシドすら見えていないようだった。
色を無くした形の良い唇が、わなわなと震える。
そして、細い両手で重たげに持ち上げられたデスペナルティの銃口は、ヴィンセント自身の白い喉に当てられていた。


「馬鹿っ!」
後先考えず、シドはヴィンセントの頬を張った。その痩身は力無く床に倒れ込む。
「ほら、外出ろ。身体乾かせ。」
シドはまだ夢遊病の様にふらついているヴィンセントを引きずるようにして部屋へ運ぶと、びしょぬれになった服を脱がせ、バスタオルで包んでやる。
「なんで水なんかかぶってんだよ!」
「喉が・・・からから・・・で・・・・・」
「身体が参っちまうぞ!何考えてるんだよ!全く!」
返事の代わりに、ヴィンセントはうずくまると、震える両手で自分の肩を抱く。
「寒いのか? 今暖めてやるからな。」
ヴィンセントをベッドに腰掛けさせて、自分は後ろから両手でしっかりと冷え切った身体を抱きしめた。薄いバスタオルを通して伝わってくる震えは止まらない。
「何か熱い飲み物でも持ってきてやる。待ってろ。」
立ち上がろうとすると、細い両手が力無くそれを制した。
「・・・・・・・ヴィンセント?」
「行かないで・・・・くれ・・・・・」
「・・・・・・・我慢、出来ねえのか?」
おそるおそる聞いたシドのその言葉に、ヴィンセントはがっくりと肯いた。
「シ・・ド・・・・・・・・私を・・・・・助けて・・くれ・・・・・・・。」
シドの心に、再び鋭い軋みが走った。


「俺様がついててやるから・・・・大丈夫だ・・・・・」
震える細い身体が折れそうになる程強く、抱きしめる。
「この身体は俺のもんだ・・・誰にも渡さねえ! 俺様が、・・・・・守ってやる!」
激情にまかせ、人のものと呼ぶには相応しくない程妖艶な唇を貪る。
いつもは静かにうっとりと全てをシドに委ねるその美しい唇は、貪欲にシドを求め、息もつけない程に熱く深く、舌を絡み付けてくる。
熱い吐息が絡み合い、混じりあう唾液が、ヴィンセントの白い顎へと滴り落ちる。
まるで別人の様に激しく求めてくるその姿は、シドの理性を狂わせるには十分だった。
シドの無骨な指が、乱暴にヴィンセントを包むバスタオルの中へすべりこむ。
「あぁ・・・・・っ・・・・・」
掠れた高い声が背筋をぞくぞくと通り抜ける。
「ヴィン・・・俺はこれしかしてやれねえ・・・・すまない・・」
快楽で苦痛をやわらげることしか。
病んだ身体がくたくたになるまで、一緒に狂ってやることしか。
冷たい黒髪に顔を埋めながら、シドは小さい声で呟いた。
「すまない・・・・・」
・・・・・・・・・・・最低だ、俺様は。


軽い気持ちで進めたんだ。

こいつの苦しみなんざ、これっぽっちも考えずに。

 

◇ ◇ ◇ ◇


ある夜、ふと目をさますと、横に寝ていた筈のヴィンセントは、うなだれて椅子に座っていた。
暗闇の中、気付かれないように、そっと起き上がり、背後まで忍び寄った。
机の上の明かりに、ヴィンセントの手に握り締められた物が浮かび上がっていた。
ルクレツィアがヴィンセントに渡した二つの贈り物。
最強の銃と、最悪の異形。
混沌(カオス)と銘打たれた薬瓶と注射器を手にした、彼の横顔は、複雑だった。
「使うのか」
突然かけられた言葉にびくりと肩を震わせるヴィンセント。
質問に答えられず、ヴィンセントはただ唇を噛み締めた。


体内に存在する新しい異形に身を渡す度に、ヴィンセントは極めて不安定になる。
自分が獣を身体の中で制御できるようになるまで、己の中の異形と戦い抜かねばならない。
喉元まで身体に住まう獣に食らい尽くされながら、解放されない痛み、苦しみ。
その戦いは、想像を絶するものであった。


宿した異形が更に強き獣に変化する度に、シドの腕でもがき苦しみ抜いた末、ヴィンセントはいつもシドに助けを求めてきた。
「私を目茶苦茶にしてくれ・・・」
シドだけに見せる、ヴィンセントの弱さ。
そして、シドが己の身体をもって彼の身体を慰めると、ヴィンセントはいつもの夜とはまるで違う、妖艶さをもって乱れ狂うのだった。
しかしその淫らな行為は、宝条によって作り出されてきたものだということも、シドは嫌というほどに知らされていた。
獣と化したヴィンセントを抱く度に、その隠微な姿に埋没していく自分を感じながらも、宝条に対する屈辱感を拭い去れぬままの己の心に激しい苛立ちを感じていた。
ヴィンセントの苦しむ顔を見るつらさにも増す危険な誘惑と、彼の身体を性欲の奴隷へと改造した宝条への怒りとが、シドの心の奥底にくすぶったまま音も無く燃え続けていた。



「償うんだろ。」
深く頷くヴィンセントにたたみかけるように告げる。
「やってみろよ。」
石のように固まる背中を撫でさする。
シドの心に、宝条の名を呼びながら果てた獣の姿が蘇る。
心が屈辱でちりちりと焼けるのを感じながらも、更に続ける。
「大丈夫だって。俺様がいくらでも力になってやる。おめえは俺様が絶対守ってやるから。心配しねえで、どんと構えとけ。」
宝条ではなく、俺様がヴィンセントの救いになってやる。何がなんでも。
あのいまいましい野郎の事なぞ、今度こそ俺様が忘れさせてやる。
俺様しか見れねえようになるまで抱いてやる。その苦しみを、身体で慰めてやる。
ヴィンセントは、そんなどろどろとした欲求に駆られているシドを振り返らずに、一言一言、噛み締めるように、小さく告げた。
「一つだけ、頼みがある。」
「なんでぇ?」
暫くの沈黙の後、ヴィンセントは、絞り出すような声でシドに頼んだ。

「あんたの判断に任せる。いざという時には、私ごとカオスを殺せ。」

俯いたまま、掠れた声が訴えた。
「私には、手に負えないかもしれない。・・・・今度ばかりは・・・・・・。」
震える膝を両手で握り締めて、俯いたまま、低い声が呟いた。
その長い髪からのぞく頼りなげなうなじを見ながら、シドは、ヴィンセントの言葉には上の空のまま、ごくりと唾を飲み込んだ。

 


カラン、と音がして、注射器が床に転がった。
大きく溜息をつき、か細い手が顔を覆った。
「これで・・・・ますます人間から離れていく・・・・・」

 


◇ ◇ ◇ ◇

お前は、どうしてこんな苦しみをヴィンセントに強いたんだ?
目の前でがらがらと音をたてて崩れていくヴィンセントを見つめながら、自問する。
彼の贖罪の為か?
巨大な神に立ち向かう準備か?
彼に力を託した女の為か?
・・・・・・違う。


俺だけのものにしたい。
狂う程の恐怖の淵で、俺だけに縋って欲しい。
耳を突き差す不協和音の中で、俺の名を呼んで欲しい。
俺の慰めだけを必要として欲しい。
シドは、がくがくと震えているヴィンセントの華奢な身体をベッドに横たえる。
一糸纏わぬその細身の身体にむしゃぶりつきたい衝動を押さえ切れない。



「ん・・・・・・あ、ああっ・・・・・」
半開きになった唇から、甘い呻き声がとめどなく溢れてくる。
舌を首筋に這わしながら、指先で薄い胸板の上をなぞるだけで、その白い身体はびくりびくりと過敏すぎる程の反応をする。
身体中を暴れまわる異形に乱され、いつもの冷ややかな姿からは想像もつかない程に、狂おしく燃え上がるヴィンセントに、シドは溺れていく。
僅かに汗ばむ青白い肌にシドの唇がきつく吸い付き、赤い刻印を残す度に、感覚の張り詰めたヴィンセントの唇から荒い吐息が漏れ、シドの背中に爪をたててしがみつく。あっというまに胸一面に散らばった赤い花びらの中に混じる、ほのかに色づく胸飾りをシドは思い切り舌で弄った。
「う!・・・・・・んん・・・・・」
身を捩ってシドの頭を掻き抱き、ヴィンセントは頭を横に激しく振る。
濡れた黒髪が宙に舞い、ヴィンセントの顔にばらばらと降りかかった。
シドは優しくその髪を払いのける。
そう、この顔を見られるのは俺だけだ。
羞恥と興奮とで朱く染まる頬も、
とめどなく潤み幾筋もの涙を流しながらも、烈火の如く燃える紅の瞳も、
わななきながらも甘い声を止める事の無い濡れた赤い唇も。
愉悦はやがて更なる興奮への高まりへと変化していく。
「大丈夫だ、ヴィン、大丈夫だからな・・・・・」

・・・・・・・・こんなにこいつは苦しんでいる。大丈夫なもんかい、身勝手な偽善者め。
己の中の声が非難する。

その声を振り払い、シドは更にヴィンセントを責め立てた。
固くなった両方の胸の突起を指で摩りあげながら、唇で白い柔らかい耳朶を啄ばむ。
「・・・あ・・・・あっ・・・・・・・う・・・・・・っ」
シーツを掴む手に力がこもり、白い喉が無防備に露になる。
痛々しい程震える痩せた喉に口付けながら、日焼けした手はヴィンセントの身体の下へと滑り降りていく。
燃える様に熱く震えている昂ぶりに触れ、シド自身も痺れる程の興奮を感じる。
そして足の付け根から上向きに、シドの手は、優しくヴィンセントを包み込みながらゆっくりと焦らすように撫で上げた。
「・・・・・・は・・・・・・・・・ああぁっ!」
掠れた声は俄かに大きくなり、明かりのついていない部屋の壁に反響する。
シドの愛撫に応えて、ヴィンセントの身体はリズミカルに跳ね上がった。
胸に首筋に唇を這わせながら、シドはがむしゃらにヴィンセントの反応を求めて責め立てる。いつもよりまして鋭敏な、異形を宿したその身体は正直すぎる反応を返した。
「ああぅっ!・・・・・ああっ・・・・・ああっ!・・・・・・」
小刻みに震える身体と、快楽に耐えようとシドの腕を握り締めている力の強さが、彼が達しようとしているのを告げている。 感覚が集中する所を指で意地悪く責め立てられ、ヴィンセントの四肢が固く固く硬直する。
「・・・・・・っ!」
スローモーションで白い身体が弓なりにびくびくっと震えながらしなる。

まるで地面に落ちてもがく白い鳥の様に、ベッドの上で身体が踊り、ぐったりと沈みこんでいった。

 

 

シドは、ヴィンセントを息つく間も与えずに、少々乱暴にうつ伏せにすると、ぐしょりと濡れた指を、未だ肩で大きく息をしているヴィンセントの双丘へとのばし、興奮の覚めやらぬその内奥を無遠慮に弄った。
「う・・・あっ・・・・・・!」
欲望を吐き出し力尽きたかに見えたその体はたちまち反らされ、自らの吐き出した蜜を潤滑油にして、その指を深々と受け入れた。
しばしその感触を貪っていたシドに、ヴィンセントは悲痛な声で告げた。
「あ・・・・は、早く・・・・・・」
ヴィンセントの懇願がシドの身体に疼く残虐性を更にかきたてた。
「何をだ?・・・・・・・・言ってみろよ」
意地悪く指を止め、尖った背骨に唇を寄せながら囁く。
一つ一つの唇での愛撫に息をのみながら、ヴィンセントは声にならない訴えを続ける。
「お・・・・ねがい・・・・・だか・・・・ら・・・・・・」
恥辱で枕に顔を埋め、頭を弱々しく振りながら、消え入りそうな声で絶え絶えに告げる。
シドはそれでも、ヴィンセントの願いをきこうとはせず、焦らすばかりだった。

・・・・お前は、ヴィンセントを弄んでる。おもちゃにして喜んでいるだけだ。
また心の中でシドを責める声が響き、胸が軋んだ。
その途端、くらりと身体が傾いて、シドは驚きで我に帰る。
ヴィンセントが、シドに折り重なるようにして倒れ込んできた。
「ヴィ・・・・・・!」
座り込んだシドは、目の前で乱れる黒髪の隙間から覗く光景に唖然とした。
その赤く濡れた唇が、シドの芯をとらえ、一気に快楽へと引きずり込んだ。
「うっ・・・・・・・・」
舌が別の生き物のように這い回る感覚に、シドは思わず声を上げてしまった。
四つ這いになり、シドを唇と舌で嘗め回すその様子は、さながら獲物に噛り付く野生の狼の飢えた哀しげな姿そのものであった。

そこには既に、理性は存在していなかった。

ヴィンセントの舌使いは絶妙だった。一体誰に教え込まれたものなのかという思いが一瞬胸をよぎったが、滑らかに上下する唇の感覚が、我を忘れる程の快感となってシドの物思いを途切れさせる。
乱れた黒髪に指を差し込み頭を掻き抱きながら、シドはやっとの思いで今にも爆発しそうな快感をこらえていた。
耐え切れない思いでシドはヴィンセントの口から逃げると、四つ這いになったまま息を切らす彼の後ろにまわり、告げた。
「手加減しねえからな」
言うなり、ヴィンセントの身体を貫いた。
「あああぁーーーっっ!」
鋭い悲鳴が、シドの身体に痺れる程の感覚となり駆け巡る。その感覚に取り付かれたようにシドは何度も何度もヴィンセントに身体を打ち付けた。
ヴィンセントが握り締めるシーツが爪をたてて固く引っ張られ、悲痛な音をたててびりびりと裂けた。
言葉にならない叫びを上げ続け、獣の姿勢で身を捩らせて狂うヴィンセントの淫らな姿に、シドは理性もかなぐり捨てて、ただひたすら自らの欲望を叩き付けていた。
「ああ・・・・ああっ・・・・・・ああっ・・・・・・・・・・・・・っ!」
だんだんと声がうわずる。
獣の姿勢でヴィンセントの上にのしかかるシドの手が、ひくついている滑らかな腹部を滑り降りていくと、欲望をべっとりと滴り落としている固い芯を擦り上げる。
「ひ・・・・・っ!」
まるで土下座しているような格好になったヴィンセントの頭がベッドに打ち付けられる。
泣き声ともとれる悲鳴が、その口から溢れ出る。シドを深々と咥えこんでいたヴィンセントの内奥はその身体に合わせるように収縮と弛緩をひたすら繰り返し、シドは痺れるような快感を覚え、思わず抽送の速度を一気に加速する。
電気にうたれたように、目の前の身体が反り返ったのを見た瞬間、頭が真っ白になり、呼吸さえ、止まった。

(後編へ)


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