(前編)    by 愛


満月の夜は、不思議なことが起こるという。



コスモキャニオンの夜空に、真っ赤な満月があがっていた。


タイニーブロンコで浅瀬をさすらううちに、一行はコスモエリアへと迷い出ていた。
「今日はここで泊ろうよ。じっちゃんも、喜ぶよ。」
水を得た魚の如く、元気になるレッドに率いられて、一行は久しぶりにコスモキャニオンに足を伸ばす事になった。



シドにとって、この赤い大地は初めての経験だった。
「そうでっかー、シドはん、コチラ初めてでしたかー。」
「おうよ、こんな所にこんな天体観測所があるなんてよ、感激だぜ。」
「あとでじっちゃんに見せてもらえばいいよ。」
パブ「スターレット」で、仲間と一緒に飲んでいた長老が杯を上げてシドに言った。
「あんた、月に行こうとなさったんじゃろ?そういうお方こそ、星命学を学ばねばならんぞ。ワシが講義してやるから・・・」
「御免被るぜ、じいさん。飲み比べなら相手してやるけどよぉ。」
「おお? ワシに勝てるとでも思うとるのか? 甘いぞ!」
「よーしよく言った! おいマスター、ジョッキで持ってこいっ!」
賑やかに酒場の夜は更けていった。


ふと、寒気を感じて、シドは頭を上げた。
どうやら酔っ払って眠っていたらしい。
顔をあげると、酒場のカウンターに一人取り残されていた。店の照明もすっかり落ちて薄暗い。肩に手をやると、毛布がかけられている。目の前のコースターに走り書き。
「風邪、ひかないでね」
ティファの字だ。
「ちっ、あいつら薄情だぜ・・・・・・・」
ぶつぶつと独り言をいいながら、椅子に反り返ってのびを一つ。
「戻って寝るかぁ」
煙草を手に取り、火をつけようとマッチを探していると、階段をゆっくりと降りてくる足音が聞こえてきた。二階のシルドラインから、誰かが降りてくる。
シドは、階段を見上げた。
夜中だというのに、きっちりと身支度を整えたヴィンセントが、階下に降りてくるのが見えた。
「なんだ、あいつ・・・」
シドが見ていることには気付かなかったヴィンセントは、扉を開けると、外の闇に消えた。


メンバーに加わって間も無く、シドは持ち前の陽気さであっという間に仲間に馴染んだ。
ユフィやレッドの『お子ちゃま達』をからかうのは面白かったし、ケットシーとも、何故だか妙に気があった。
「おめえ、いったい幾つだ?」
シドが神羅にいた頃のミッドガルの様子に変に詳しいケットに、思わず聞いた事もあった。
ただ、ヴィンセントとは、殆ど話らしい話をしたこともなかった。
素顔を見せない仲間への好奇心も手伝って、シドはヴィンセントの後をそっと追いかけていった。



赤い大地に、コスモキャンドルのかがり火が赤々と燃えている。
シドは気付かれないようにヴィンセントの後をついていった。
空に上がる満月が、夜道を照らしてくれた。
コスモキャニオンのゲートの近くの階段をどんどんあがっていく紅いマントを見失わないよう、シドはただひたすら追いかけていった。
いくつかの階段を上がった後、入った部屋には、ヴィンセントの姿は無かった。
「ん?」
闇の中、手探りで進むと、鉄の扉が少し開いているのに気がついた。
なるべく音をたてないように細心の注意を払い、ゆっくりと扉を開けて、中をのぞきこむ。
そこは、緑色に淡く光る岩でできた洞窟だった。
「・・・・・・・・やってられねえな。」
従来の面倒くさがりの性格が出て、シドはくるりと向きを変え、帰ろうとした。
その瞬間、遥か下の方で、響く銃声。
ヴィンセントのものに間違いない。モンスターまで倒しながら、いったいどこまで行くというのか。
「・・・・・・・あいつ、一人だったら、あぶねえなあ。」
無理矢理、同行の理由を自分の中に作り出して、シドはにやりと笑うと、傍らにたてかけてあったモップを武器代わりに拝借して、はしごを降りていった。



中はかなり入り組んでいた。足場は悪く、シドは何度も滑り、尻もちをついた。
「ちっくしょう、あいつなんだってあんなに足が速いんだ。」
時々足元に出てくるモンスターをモップで小突きながら、思わず文句が口をついて出る。
しばらく歩いていると、ヴィンセントに倒されたと思われるモンスターが、まだひくひくと痙攣している。
彼も少し前に通った道らしい。
急に明るい光が見えてきたと思った瞬間、突然出口がぽっかりと見えた。

 



赤い満月がまるで昼間のように、そびえたつ大きな岩山を照らしていた。
シドは眩しさに眼を細め、広い出口から外へ歩を進めた。
「ここは・・・・・」
シドは、夕食の時にレッドが意気込んで語ってくれた話を思い出した。
コスモキャニオンの村を守り、ただ一人でギ族と戦い、石となってもなお、村を守る戦士、セトの武勇伝を。
「おいらの父さんなんだ」
誇らしげに胸を張るレッドに、エアリスが言っていた。
「私も、見たかったな。戦士セト・・。クラウド、つれてってくれなかったから。」
「すまなかったな、俺、どうしてもついていきたいって、強引に頼んじまってよ。」
バレットが頭をかいて謝る。


その洞窟が、ここだったのか・・・・。

シドは改めて岩山の上を見上げた。
体中に矢を受け、傷を負いながらも、石となったセトの瞳はまっすぐ前を睨み付けていた。
シドはその姿をよく見ようと、岩に沿って上へと昇っていった。
少し開けた足場がある所から何気なく上を見上げたシドは、驚いて立ち止まった。
紅い月に照らし出された、ヴィンセントの姿が、空にふわりと浮かんでいた。
赤いマントが空中に静かにたゆたう他は、身動き一つせず、真っ直ぐな姿勢で。その瞳はじっと目の前のセトの勇姿を見つめている。
シドは物も言えず、ただただ眼を見張ってヴィンセントを見あげた。
彼が飛んでいる姿を見たのは初めてだった。
しかし、シドの心を奪っていたのは、その事ではなかった。



血の存在さえ疑わせる白い肌。
月の光に照らされ紫に輝く長い髪。
固く結ばれた赤い唇。
そして・・・・・空に上がる満月と同じ、暗い紅色の瞳。
造りものめいた、それでいて生々しい美がそこにあった。




ぼんやり見入っていたシドは、その紅い瞳がこちらに向けられた事を知ると、あからさまにぎくっとした。
何と言っていいか分からない。
今、口を開くと、何かとんでもない事を吐露しそうで。
「・・・驚いたな。こんな所で会うとは。」
ヴィンセントが先に口を開いた。
「お、おう、偶然だな。」
シドは動揺を隠すように、新しい煙草に火をつける。
ヴィンセントが音も無くシドの所に降り立った。
「あんたも見たかったのか。セトを」
シドはやはり食い入るようにヴィンセントを見つめていたが、自分の中の思いをかき消すように、陽気に受け流した。
「お、ちょっとよ、酔い冷ましに散歩してたらよぉ、こんな所に来ちまったぜ。」
ヴィンセントはそれには何も答えずに、静かにシドを見つめていた。
ますます居心地が悪くなったシドは、ヴィンセントから眼をそらし、再び、セトの姿を岩山の頂上に見上げる。
「レッドの親父さんだってなぁ。」
シドはくっくっと喉の奥で笑った。
「俺のオヤジなんてよ、飲んだくれて毎日空ばっか見上げて、途方も無い夢ばっか見てやがったんだ。俺はよぉ、そんなオヤジが大嫌いで、とっとと村を飛び出してミッドガルに職を探しにいったんだがよ、・・・結局、空飛んでたぜ。
へへっ、カエルの子はカエルでしかねえんだよな、全くよ。」
シドは話しながら、ヴィンセントが急に俯いたのに気が付いた。
心なしか、マントに覆われた肩が震えているようにも見える。

「考えてみりゃ、因果だよなあ、オヤジがハイウインド家に代々伝わるとか何とかいいやがって、嫌がる俺様に槍を教えたんだよなあ。まさか今になってそんな事が役に立つたぁ・・・・・・」
ヴィンセントがついと背を向け、シドの言葉が途切れる。
「おい・・・・?」
「私は先に帰らせてもらう」
低い声が鋭く響いた。
「おい、ちょっと待ていっ?」
煙草を投げ捨てたシドはヴィンセントの腕を掴むと、少々荒っぽく引き寄せた。
「いきなり何だよ、気に入らねえな。何かおめえさんの気にさわるような事言ったかよ。
だったら、きちんと言えよ。」
「話しても無意味な相手に語る言葉など持ち合わせていない。」
「なんだと!」
シドはかっとなり、ヴィンセントの冷ややかな瞳を睨み付けた。
「言ってくれるじゃねえの、別嬪さんよ。」
シドはにやりと笑うと、その顎を手で掴んだ。
抵抗もせずに、ヴィンセントの紅い眼が見下ろす。
「感情的になる男は相手にしない主義でな。」
「・・・・いちいち気に触るお言葉だねえ。俺様もな、自分の気持ち一つも言葉にできねえ様なつまんねえ奴はこっちから願い下げだっ。」
シドは唾を地面に吐くと、ヴィンセントの胸ぐらを掴んでねじり上げる。
「腕力だけに頼る奴も・・・・な。」
苦しそうに息をつきながらも、ヴィンセントの冷たい態度は変わらない。
シドは、ますます腕に力をこめた。
無性にその美しい顔が気に入らなかった。
紅い月に照らされて輝くその冷たい瞳も、白い肌も、薄い唇も、何もかも気に入らなかった。
その顔を見ると、心が激しくかき乱され、己の中の得体の知れない感情が首をもたげてきそうでやたらに不安になる。
その不安な気持ちを振りはらうように、シドは乱暴にヴィンセントに悪口をあびせかけた。
「魂抜けた人形みてえな顔しやがって、いつもだんまりきめこみやがって。何が楽しくて生きてんだよ。」
じっと見つめてくる、表情の無い白い顔。
シドは、ふと思い付いたように手を放すと、挑発するように、にんまりと笑った。
「・・・・・おめえ、女に振られたんだってな。」
冷たい視線を嬉しそうに見返しながら、シドは続ける。
「それで、棺桶なんぞに入って、泣きながらおネンネしてたんだってなあ。」
大袈裟にぷっと吹き出してみせる。
「馬鹿じゃねえの。寝て何になるよ。・・・・・まあ、寝る子は育つっていうから、大きくなったみてえだけどな。」
腕を組んだまま、鼻で笑ってみせる。
「寝過ぎで言葉も忘れたのかよ。ははっ、もとからまともな言葉知ってる風にも見えねえけどな。」
相変わらず、紅い視線は冷たく凍り付いた光りを放っている。
「言いたい事はそれだけか。」
静かに、無表情のまま、ヴィンセントは告げた。
ごくりと唾を飲み込み、シドは一瞬身構えて、ヴィンセントを睨み付けた。
ヴィンセントは、そんなシドの表情を薄い笑いで見返すと、そのままくるりと背を向けた。
「私の態度が気にいらなかったのであれば、謝る。では、今日はこれで失礼させてもらう。」
それを聞くと、シドの中に溜まっていた怒りが、一気に爆発した。背を向けたヴィンセントの黒髪を鷲づかみにすると、力任せに引きずり倒した。
「きいてんのか、おめえ、人の話を!」
のしかかるようにして、ヴィンセントの凍り付いた白い顔を見下ろす。
「聞くような内容の話とは思えなかったが、一応聞いてはいた。」
抑揚の無い声が返事をかえす。
「おめえ、なんとも思わねえのかよ。」
「何を思えというのだ。」
美しい唇が、少しだけつりあがり、凍った笑みを作る。
シドは怒りに顔を赤らめた。
「気・・・気に・・・いらねえ・・・なあっ!」
「別にあんたに気に入られようとは思っていない。」
「・・・・・ふざけるなっ!」

地面に突っ伏した細い身体はあっけなくシドの力でねじ伏せられる。
唇をかたく噛み締めて、蝋人形のように冷ややかに整えられた表情で黙っているヴィンセントを見下ろして、シドはぶっきらぼうに怒鳴り、胸ぐらを掴んで激しく揺さぶった。
「俺様のこと、怒ってみろよ、腹立ててみろよ!え、お人形さんよぉ。」
乱れた黒髪の隙間からのぞく紅い瞳を食い入るように睨み付ける。
暗く光る、見た事も無い色の瞳を。宝石の様に冷たい輝きを。
まるでそこから眼をそらすことができなくなったかのように、見つめ続けていた。


紅い満月が二人を照らす。妖しく、美しく。
シドの頭上から降り注ぐ紅い光と同じ、紅色の瞳がシドの蒼い瞳を見つめかえしてくる。
怒りで冷静になれぬままに、頭が痺れる。
もう何も言葉が出てこない。
肩で大きく息をつきながら、シドの眼がぎらりと光った。ゆっくりと、大きな手がヴィンセントの両肩を地面に押さえつける。
倒されるままに地面に頭をつきながら、白い顔は無表情にシドの眼を捉えている。
くしゃくしゃの金髪が、紅い光を浴びて紫色に輝く、闇の色の髪に近付いていく。


シドの熱を帯びた唇が、ヴィンセントの冷たい唇を荒々しく塞いだ。






殴られると、シドは思った。
少なくとも、きつく拒絶されると。
覚悟を決めて、そっとその顔色を覗ったシドは動揺した。ヴィンセントは何事もなかったかのように、表情を崩さずシドを見上げていたからだった。
「おめえ・・・・・・怒れよ、怒ってくれよ」
シドが、泣きだしそうな声になって懇願した。
「お前さんが俺を責めて拒んでくれなきゃ、俺ぁ、どうしていいかわかんねえじゃねえか!」
美しい赤い唇がふっと冷たい笑みをこぼした。
「・・・・責任を持てない行動なら、はじめから、止めておくべきだな。」
その挑発的な言葉は、シドに先程の怒りを呼び覚ました。
「どこまで俺様を馬鹿にすれば気が済むんだっ!」
「馬鹿にしたつもりなどない。私は事実を述べたまでだが。」
「そういうてめえの言い方が腹立つってんだよ!」
何故こんなにムキになるのか、自分でも分からない。
顔にかっと血が昇るのを感じながら、シドは腹の底から沸き上がってくる、言いようのない衝動に駆られた。
「怒らせてみせる・・・・・絶対お前を、怒り狂わせてみせるぜっ!」




ヴィンセントは全く無抵抗だった。
否、無抵抗どころではなかった。
焦るばかりで上手くシドがベルトを外せないのを見ると、自らの手でマントやガントレットを手際よく外すと、無造作に足元に放り投げた。
シドに乱暴に肩を掴まれて地面に突き飛ばされ、無遠慮に身体に乗り上がられても、顔色一つ変えずに、されるがままになっていた。服を乱暴に剥がされ、その透けるような白い肌を月明かりに露にされ、音を立ててシドに赤い烙印を押され続けても、その眼は眼の前のシドを通り越えて、紅く光る満月を映していた。
その細い体は男の与える刺激にひどく慣れていた。
シドの唇が強く、白い肌に吸い付き、歯をたてて軽く噛みつく度に、固く閉じられた唇から押さえ切れない呻き声が微かに聞こえてきた。無抵抗な肢体は、その胸の飾りに触れられる度に、強く弱く敏感に反応して小刻みに震えた。時間が経つにつれ、だんだんと高められ、時々シドの指の動きに耐えられないかのように激しく腰をしならせながらも、ヴィンセントは決してシドの眼を見ることはなかった。
シドの左手が、荒々しくヴィンセントのズボンに掛かった。
素早くベルトを外し、その手は勢いよくその内側を弄ろうとした。
流石に、ヴィンセントの表情が固くなる。
眉をひそめ、唇を固く噛み締め、次に我が身に押し寄せてくる衝撃に耐えようと、その細い体を強ばらせた。
暫くの間、その姿勢でじっとしていたヴィンセントは、ふと訝しそうに、シドを見上げた。

シドはがっくりとうなだれていた。
今まで荒々しくヴィンセントに掴みかかっていた手をゆっくりと下におろす。
ヴィンセントの怪訝そうな眼がこちらを向いているのに気付いたシドは、情けなさそうに首を振った。
「畜生・・・・・・おめえ、いったいどうなっちまってるんだよ、何なんだよ!おめえは!」
どうしていいのかわからないシドの、泣き声ともつかぬ怒鳴り声が周りの岩に響き渡った。
シドはがっくりとうなだれながら、肩で息をしていた。
それを眺めながら、ヴィンセントは静かな溜息をつく。

「知っての通り、人間・・・とは呼べない生き物だ。」

シドは、はっと顔をあげた。
無表情な美しい造り物の顔が、シドを感情の無い眼で見あげていた。

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