HAPPY BIRTHDAY 2    by 愛



「おお、寒みぃ。」
アイシクルロッジは冬本番を迎えていた。
「クソ寒いのに、何が楽しいんだか。」
色とりどりのスノーボードが滑り降りる坂を、シドが顔をしかめながら見渡す。
「嫌いか? ああいう乗り物は。」
ヴィンセントの言葉を背に受けたシドは、振り返ると、怪訝そうに言った。
「いや、べつに嫌いじゃねえが・・・・・おめえ、何か最近妙だよな。事あるごとに、『それは好きか?』とか『嫌いか?』とか・・・。」
「別に、気にする程の事ではない。」
無表情で答えるヴィンセントのマントが、北風に煽られてひるがえった。
「うわーーー、たまんねえ!」
足早に、二人は宿屋へと向かった。


宿屋の入り口で服に積もった雪を払い落としていると、奥の酒場に続くドアが開き、褐色の髪の女性があらわれた。
「艇長?」
「え?」
突然出てきた女性に呼び止められ、シドはびっくりして立ち止まった。
素朴なアイシクルロッジの住民とは明らかに違う、派手な服装の女だった。
その美しい顔がにこやかにシドに向かって笑いかけていた。
シドはにやりと笑い、女に近付くと、その化粧の濃い顔をのぞきこんで、言った。
「おう、おめえ、まだ生きてたのかよ。」
「ふふ、言ってくれるじゃないの、艇長さん。」
「久しぶりだな・・・・ミッドガルは出てきちまったのか。」
「・・・・・・・・色々あってね。ここのパブで働きはじめたばかり。ああ、よかったら、寄ってかない?
どうせここの宿に泊ってるんでしょう?」
二人の会話を聞くともなく聞いていたヴィンセントの視線をその女は感じると、愛想よく笑いかけた。
「ヴィンセントってんだ。一緒に今、旅してる仲間の一人だ。」
「はじめまして。よろしかったら、下のパブで御一緒にどうぞ。」
「いや・・・・・・結構。」
ヴィンセントはさっさと向きをかえ、宿の階段を一人であがっていった。
「長旅でお疲れなのかしら?」
「ああいう奴なんだよ、気にすんな。さ、いこーぜ。」
シドは女の肩を抱くと、階下へと降りていった。

◇   ◇   ◇   ◇


夜、窓辺に立ち、ヴィンセントは外の吹雪をじっと見つめていた。
机の上には、夕食が、口もつけられずに冷え切っていた。
『ああいう奴なんだよ、気にすんな。』
シドが別れ際に言った言葉が、耳の奥で何度も繰り返される。
「ああいう奴・・・・か。」
シドの口の悪さには慣れっこになっていた筈だった。しかし今日は、悪意の無いその言葉に、何故か胸に痛みを感じる。
自分の呟いた言葉に、更に気分がめいり、眼を伏せようとしたその時、ヴィンセントの瞳は、宿屋の扉から外に出てきた人影を見つけて、大きく開かれた。

シドと・・・・・・・先刻の褐色の髪の女。

見間違う筈はない。二人はお互い寒さに身を寄せ合いながら、小走りにすこし離れた民家へと急いだ。
女が扉の鍵を開ける。シドは女の肩の雪を払ってやると、その背を押して中へと入れ、後ろ手にドアを閉めた。
ヴィンセントはくるりと窓に背を向け、じっと暖炉の火を見つめた。

吹雪は一層ひどくなり、窓は悲し気な音をたてて軋み、ガラスには雪が次々と叩き付けられては、力尽きたように下へと滑り落ちていく。
ベッドの上で眼を閉じ、ヴィンセントはなんとかして眠ろうとしていた。
頭の中には、さっき見た光景が渦を巻く。
幾度かの寝返りの後、ヴィンセントは諦めの溜息をつき、起き上がった。
同室の男が居ないだけなのに、部屋が寒々としている。
暖炉の小さな火を頼りに、戸棚を開けたヴィンセントは、ウイスキーの瓶に口をつけると、勢い良く一気にあおった。

◇   ◇   ◇   ◇

部屋の扉が乱暴に開けられ、酔っ払って上機嫌のシドが姿を現したのは、それから間もなくだった。
「おう、戻ったぜい。」
ふらっと部屋に足を踏み入れた途端、つまずいたシドは、勢い余って見事にひっくり返った。
「ってぇー!」
がばっと起きあがり、こんちきしょうと足元の障害物を踏みつけようとした瞬間、シドの眼が丸くなった。
「・・・・・お、おい、どうしたんでぇ?」
ヴィンセントが床に転がっていた。
その側には、空の酒瓶も転がっている。
シドは慌てて、ヴィンセントを仰向けにひっくり返すと、頬をパチパチと手の甲で軽く叩き、怒鳴った。
「おめえ、何考えてこんなところで寝てるんだぁ?」
その大声に、顔を歪めてヴィンセントが眼を開けた。
「さわるなっ!」
シドが頭をひっこめると、その鼻先をかすめてガントレットが風を切った。
「何をそんなに恐ろしい顔してんの。」
「何でもない。」
「何でもなくて、おめえがこんな馬鹿なことする訳ねえだろーが。」
じっと瞳を覗き込まれ、ヴィンセントはぷいと横を向いた。
吹雪はいつの間にかやんで、しんと冷え切った空気が部屋に張り詰めている。
時計のコチコチと言う音が、冷えた空気の中、むやみに反響している。
窓の外を見つめたまま、ヴィンセントは意を決したように、口を開く。
「シド・・・・・・あんた、どこ行ってた。」
シドは不意をつかれ、面食らってヴィンセントの顔をまじまじと見つめた。
しかし、すぐにヴィンセントの質問の意味を理解した様子で、不敵な笑みをもらすと、嬉しそうに答えた。
「見てたのか。」
シドはにやっと笑うと、ヴィンセントを助け起こそうと手を出した。
その手を荒々しく払いのけ、ヴィンセントは自分で立ち上がろうとしたが、頭を押さえて再び床に崩れた。
「水でも持ってきましょうか?」
馬鹿丁寧に、シドが聞く。その小馬鹿にした態度がヴィンセントを更に怒らせた。
きいっと紅い瞳がシドを射抜くように見つめたが、シドは自分の肩を手で叩きながら、何食わぬ顔で言葉を続けた。
「あいつによぉ、どうしてもって頼まれたもんでさ。
・・・・・へへっ、まったく、まいっちまうぜ。色男ってのは辛いもんだなあ・・・
でもよ、ここで引き受けなきゃ、男がすたるってもんでよ。ちょっくら、あいつの家に、お相手しに行ってたのさ。」

あまりにもあけすけなシドの言葉に、ヴィンセントは怒りですぐには言葉すら出てこなかった。なんとか平常心を保とうと握り締める拳が震え、酔いも手伝って、身体中が燃えるように熱い。
「少々キツかったな、身体が痛てぇよ。」
そんなヴィンセントの気持ちを知ってか知らずか、シドは浮かれた調子で続ける。
「もっともっと〜って、いつまでも催促されてさ、帰ってくるのにも一苦労だったぜ。」
「・・・・・・帰ってこなければよかっただろう。」
上目づかいにシドを睨み付けるヴィンセントの表情は、外の雪景色よりも冷ややかだった。
「・・・ここから出ていってくれ、お願いだ。」
「ヤだぜ。ここは俺様の部屋だからな。」
「・・・・・じゃ、私が出て行く。」
やっとの事で立ち上がる。部屋が大きく揺れ、視界がぼやけている。
「そんな身体で、どこ行こうってんだよ、ヴィン。」
「馴れ馴れしく呼ぶな」
ぷっと吹き出したシドは、ヴィンセントの身体を抱えてベッドに運ぼうとした。
「離してくれ、あんたの顔も・・・・見たくない。」
「おめえ、ホント、可愛くなったな。」
「うるさい!」
「妬いてくれてんだな、嬉しいよ、ヴィン。」
「誰が・・・・!」
更に抵抗しようとして振り上げた腕をシドは掴み、内ポケットから一枚の紙を取り出した。目の前にいきなり突き出された紙を見ようともせず、ヴィンセントは自由のきかない身体で暴れようとした。
頭に血が昇っているように感じるのは、酒のせいか、それとも・・・・・。
そんなヴィンセントの攻撃を軽くかわしながら、シドははずんだ声でなおも話し掛ける。
「いいもの、見せてやるよ。ほら。」
「シド・・・・・見損なった、あんたを・・・・」
「いいから、見ろよ。」

優しい声に思わず顔を上げてシドの顔を見た。
青い、穏やかなまなざしが、笑みをたたえて、こちらを見ている。
ヴィンセントは、突き出された紙を手にとった。
それは、写真だった。・・・・無邪気に笑う、ちいさな男の子の。

「今夜のお相手だよ。・・・・・・おめえ、何想像してたんだぁ。」
からかうようなシドの声に、力無く床にしゃがみこむ。
「ミッドガルから母一人子一人、こんな寒い最果ての地へ来たんだよ。俺様がちょっと遊んでやったらさ、ぼうず、死んだ父親を思い出したのか、えらいなつきようでな・・・・・・俺様が帰ろうとしたら、足にしがみついて泣いてた。」
くくっと、喉の奥でシドが笑いをかみ殺している。
「・・・・ほら、手貸すから、素直に横になれ。馬鹿が、味もわかんねえくせにこんなモン全部飲みやがって・・・・・俺様が楽しみにとっておいたヤツなんだぜ、こいつはよぉ。」
ぶつぶつ文句をいいながら、よろめくヴィンセントを抱えると、ベッドに横にさせた。
恥ずかしさのあまり、シドに背を向けて寝転がるヴィンセントの髪を、シドは愛しそうに撫でた。
「まったく、こんなに可愛くなっちまったら、俺様の方が心配だぜ。」
ベッドに頬杖をついて、嬉しそうにヴィンセントを見つめた。
「・・からかって悪かったな、おめえは真剣だったのに。」
素直にあやまるシドの声は、いつになく優しかった。


「父親という役が似合う歳になってきた訳だな。」
背中を向けたまま、ようやく、ヴィンセントが口を開いた。
「・・・・何時だ。」
「へ?」
唐突な質問に、シドは思わず聞き返した。
身動きせずに、ヴィンセントは繰り返した。
「今、何時だ。」
「え、えっと、二三時・・・・・四五分。」
ヴィンセントはいきなり、シドの顔に向かって手を振り下ろした。
「痛ってぇ・・・・・なんだよ。」
シドは顔に何かをぶつけられ、驚いて、また背中を向けて寝てしまったヴィンセントをなじった。不思議そうに、床に転がった物を手にとる。
それは、一対の皮の手袋だった。シドはまじまじと手袋を見つめて、驚いたようにヴィンセントに聞いた。
「よくこの銘柄のが、手に入ったな。」
「・・あんたが唯一『好きだ』と言った物だったからだ。」
「へ?」
「・・・・・他人のは覚えてるくせに、自分のこととなると、あんがい無頓着なものだな。」
「・・・・!」
シドは振り返り、壁にかけてあった暦を見た。
・・・・・・二月二二日。
「とりあえず、今日中に渡したからな。」
小さく呟き、毛布をたくしあげたヴィンセントの華奢な背中を、シドはあっけにとられて見つめた。
「ヴィン・・・・おめえ・・・・」
シドは黒髪がもつれて広がる肩に、そっと触れた。
びくっと肩がふるえ、それを隠すかのように、もそもそと毛布の中に入り込んでしまった頭を、シドは嬉しさを隠し切れない様子で、軽く叩いた。
「ありがとよ、大事にする。」
返らない返事をも、シドには愛しかった。
シドは毛布の上からゆっくりとヴィンセントに覆い被さった。
温かさが毛布を通してシドの胸へと伝わってくる。
毛布から僅かに流れ出る黒い髪を指で触りながら、シドは呟いた。
「温ったけえな。おめえ、身体も前よりずっと温かくなった気がするぜ。」
シドはそのまま眼を閉じて、言った。
「そっか・・・だから、ここの所、俺に好きだの嫌いだの聞いてたんだな。・・・お前らしいぜ。
・・・・でもな、一つ、聞き忘れてる質問があるだろが。俺様の大好きなもの。」



「これ以上私をからかうと、撃つぞ。」
感情を出さないように押さえられた声が、震えているのが、毛布越しにもわかる。
「今日くらい、真面目に言わせろよ。・・・・俺様はな、こいつが一等好きなんでぃ。」
毛布を掴んでいる細い指を、優しく大きな手が包み込む。

 


「・・・・・・ Vincent Valentine.」

 

・ 終 ・


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