HAPPY BIRTHDAY by 愛
「ここは・・・・・?」
全く覚えの無い、低い天井をぼんやり見あげる。
「確か、私は・・・・」
「バトルスクエアで4人勝ち抜いたぜ。」
すぐ近くで、シドの声。
「では、5戦目で・・・負けたのか」
「いいや、最後は俺様が締めてやったぜえ。」
訳が分からない。
「お前さん、体力無いくせに、熱くなりすぎなんだよ。」
首を巡らすと、窓の夕闇の空に、ゴールドソーサーのネオンが輝く。
「BPはユフィにくれてやったからな。」
狭い木のベンチにどっかり座って、シドが笑う。
「・・・・で、ここは・・・・? 私は何故・・・・」
「疲れてるんなら切り上げな、って俺様が言った所で、素直に聞くお前じゃないだろう。」
シドは煙草を一本取り出し、笑みを浮かべた口にくわえ、火をつける。
「・・・・だからよお、控え室に戻ったお前がふらふらしてたもんで、俺様がトードをかけて、金の針使わせてもらったんだよ。カエルだと、ここまで運ぶの、楽だからなあ。」
「・・・・・!」
怒りで顔を真っ赤にさせ、物凄い勢いで立ち上がったヴィンセントは、低い天井にしたたかに頭をぶつけ、頭を抱えて床にへたりこんだ。
「おいおい、揺らすなよ、観覧車から落ちちまうぜ。」
「冗談も大概にしろ!」
「ほれ、花火が綺麗だぞ、ヴィンセント。」
シドの楽しげな言い方に、思わず振り向いてしまうヴィンセント。
すっかり暗くなった夜の空に、色取り取りの光が舞い散る。
二人は無言で、夜空に上がる花火に見入っていた。
「それで、だ。」
ヴィンセントは相変わらず、紅の目に怒りを込めてシドを振り返った。
「何故、こんな馬鹿な真似を・・・」
「お前さんと二人きりで花火が見たかったから。」
あまりにも単純な答えに絶句するヴィンセントに、シドは聞き返した。
「今日、何の日だか知ってるか?」
「・・・・・・?」
ただでさえ時の移り変わりに疎いヴィンセントである。
しかも飛空艇で旅をしていると、日にちの感覚など、全く無いに等しい。
答えられないヴィンセントに、シドは口の端を持ち上げて、二ヤッと笑う。
「十月十三日、お前さんの誕生日だ。」
切れ長の涼しげな紅の瞳が、これ以上開かないという程に大きく見開かれる。
「そ・・・・そんな事をどうしてあんたが・・・・」
「ハイウインドの通信士に、こっそり神羅のデータバンクを調べさせてた。」
「で、では、今日・・・・コレル砂漠上空で突然ハイウインドの故障が生じた為、ゴールドソーサーで急遽宿泊せざるを得なかった・・・というのは」
「おう、乗組員の野郎共、上手く演技してくれたぜぇ!」
「何という事を・・・・・・・・・・・、遊んでいる場合では・・・!」
「任せとけって。俺様の腕なら明日昼にはあっという間にボーンビレッジだ。」
「そういう問題では!・・・・」
かあっとヴィンセントの頬が朱に染まるが、この問答を続ける気力も失せていく。
「シド・・・・・あんたって人は・・・・・・・・」
「ロマンチスト、だろ。」
高らかに笑うシドを見ながら、溜息をつくヴィンセントであった。
観覧車はゆっくりと、きらめくゴールドソーサーの上空へのぼっていく。
天井に頭をぶつけない様に、ベンチに右足をつき窮屈そうに前屈みになりながら、ヴィンセントはシドに背を向けて、窓の外を眺めていた。
「そんなに拗ねるなよ。」
横に来たシドが、窓に手をつき、心配そうにヴィンセントの顔を覗き込んでくる。
「いや・・・・拗ねている訳ではない」
ヴィンセントはシドから目を逸らすと、ベンチに座り直した。
「誕生日・・・・・・か。
最後に祝ってもらったのは、いったいいつの事だったろうかと・・・」
紅の瞳が微かに暗く曇り、視線が宙をさまよう。
「私は・・・・いくつになったのだろう・・・・。」
「やめろやめろ!またカビ臭い昔話かよ!それよりなあ、今日は俺様がわざわざお前の為に、祝ってやってんだ、ちったあ素直に感謝しろよ。」
ぶっきらぼうながなり声が響き渡る。
「いいか、誕生日ってえのはな、いくつになったか勘定する為にあるんじゃねえんだ。
・・・・・その日を祝う為にあるんだぜ、覚えておけ!」
いくらか怒気を含んだその言葉に思わず俯くヴィンセントの顎を、いささか乱暴にシドの手ががっちりと掴んで引き寄せた。
「Happy birthday dear Vincent.」
間髪入れずに煙草の匂いのする唇が重ねられる。
時が止まった狭い室内には、花火の音だけが鳴り響いていた。
シドの唇の感触にしばし酔いしれていたヴィンセントは、ふと、いぶかしそうに、閉じていた瞳をうっすらと開いた。
「・・・・何の真似だ」
執拗に追うシドの唇から逃げながら、ヴィンセントは冷ややかに聞いた。
「誰も見てやしねえって」
いつの間にか、重いマントは床に滑り落ち、ボタンを外されたシャツからは、白い肩が艶めかしく、花火の輝きに照らし出されていた。
「時と場所をわきまえろ」
ヴィンセントの抵抗など歯牙にもかけず、シドはその白い首筋に口付けする。
「俺様のプレゼントだよ。心して受け取りやがれ。」
次の瞬間、額に冷たい銃口がひたりと当てられ、シドの動きが止まる。
「こんな賑やかな所で涙を見せるのは、私の趣味じゃない。」
暫くの沈黙の後、銃を構えたまま立ち上がったヴィンセントは、少しためらってから、嬉しそうににっこりと笑いかけた。
「贈り物はありがたく頂戴しよう。・・・先に部屋で待っている。」
「おい、先にって・・・・?」
ぽかんと口を開き、ヴィンセントを見上げるシドは、突然ヴィンセントの手で開かれた観覧車の扉を見て、あわてて手すりにしがみ付き、叫んだ。
「ち、ちょ、ちょっと待ていっ!こ、ここはまだ・・・・」
ヴィンセントは床に落ちたマントを肩に掛け、銃をホルスターに収める。
花火が手に届きそうな程に間近で花開いている。すぐ横に黄金のデュオ像が光っている。観覧車が一番高く上がっていく場所。
「シド、ありがとう」
花火の大音響に負けじと張り上げた声とともに、黒い長い髪が扉から翻った。
シドが慌てて扉から顔を突き出すと、遥か下のチョコボレースのきらめくコースの上をふわりと浮遊している、赤いマントの影。
「わ、忘れてたぜ・・・・・・あいつ、飛べるんだった・・・・。」
忌々しそうに呟いたシドは、髪をくしゃりとかきあげ、額の脂汗をぬぐった。
「珍しいな、あんなにあいつがセッカチなのはよぉ」
一人残された観覧車の中で、苦笑いしながらシドは呟いた。
「・・・・・・お陰で、渡しそびれちまったな。」
内ポケットからそっと取り出したのは、一輪の薄紅の花。
澄んだ紅色の花びらが、誰かの瞳を思い起こさせる。
昼間の戦闘のさなかふと目に付き、一本だけ手折って持ってきてしまった。
「へへへ・・・・、俺様も、大したロマンチストだぜ」
じっと見つめるその蒼い瞳が、ふと何かを思い付いた様に細められる。
手の中で花をくるくると回しながら、シドは窓の外の花火に目をやった。
「・・・・・やっぱり、こいつは、ミッドガルの花売りさんに捧げようか。」
細く開けられた観覧車の窓から投げられた紅い花は、ゆっくりと小さくなっていき、次々と舞い上がる花火に吸い込まれていった。
・ 終 ・