バスルームより愛をこめて
by 愛
コスタ・デル・ソルの夜は、いつも通り賑やかだった。
バーで一杯引っかけてきたシドは、ほろ酔い気分でコスタ・デル・ソル・インに戻ってきた。
遠くから波の音が聞こえてくる。潮風が火照った体に心地良い。
鼻歌交じりに自分の部屋の扉を開けようとして、ふとシドは耳をそばだてた。
隣りの部屋からシャワーの音が聞こえる。
ニヤリと笑ったシドは、満足気に肯いて煙草に火をつけた。
案の定、扉には鍵がかかっていなかった。
うきうきとした気分でほくそ笑みながら、シドはそっと薄暗い部屋に入る。
部屋の主は、やはりシャワーを浴びているらしい。
マントやガントレットが几帳面にベッドの脇に積まれている。
明かりのともるバスルームのシャワーの音に負けじとシドは声を張り上げた。
「開けるぞぉ、ヴィンセント!」
「開けるな。」
即刻冷ややかな返事が返ってくるのを無視して、シドは勢い良くドアを開けた。
「開けるなと言った筈だが」
まさか本当に開けるとは思わなかったらしく、うろたえた声が中から聞こえる。
湯気を透かしてその姿を見たシドは、大袈裟にプッと吹き出した。
「か・・かわいいぜえ、それ!」
全身真っ赤になったヴィンセントは、ピンク色のシャワーキャップを慌てて頭からはずそうとするが、時既に遅かった。
むっとした表情で、シャワーを止め、バスルームを出ようとするヴィンセントをゲラゲラ笑い転げているシドが、がっちり抱き留めた。
「お嬢ちゃん、俺様が洗ってさしあげよう」
「結構。」
「その美しさに更に磨きをかけてやるぜぇ」
「酔っ払いに煽てられても嬉しくない。」
「ま、そうつれなくするなって、へへ・・・」
服が濡れるのも構わずに、ヴィンセントを抱えて中へ入ってくるシドに、ヴィンセントはため息をつき、諦めた様に座り込んだ。
と、その時、ヴィンセントは手に持っていたピンクのシャワーキャップでバスタブにはってあったお湯を汲むと、シドに浴びせかけた。
「熱っち!」
「・・・・・・バスルームで煙草なんか吸っているからだ」
「こ、このヤロー!」
水で濡れた煙草を苦々しく吐き捨て、シドは拳を振り上げ、吠えた。しかし自分を睨み付けているヴィンセントの口元が僅かに笑いをこらえているのを見てとると、怒りはあっと言う間に水に流れていく。
「あー、ちくしょー、ビショ濡れじゃ仕方ねえ、俺様も入るか!」
「髪が邪魔だったのだ。」
バスタブにつかり、例のシャワーキャップをおもちゃにしているシドを横目に、髪を両手でかき上げながらヴィンセントが言い訳する。
濡れた長い黒髪の先から次々と雫が光り、白い肩に落ちていくのを目で追いながら、シドは言う。
「邪魔なら、切っちまえばどうだ?」
「そうはいかない。」
ヴィンセントは、その紅い瞳に、非難の色を浮かべて顔を上げた。
「私の長い髪が好きなんだと、言ってくれた人が居るから・・・・・・
もっとも、当の御本人はお忘れの御様子だが。」
真剣に見つめるヴィンセントの紅の瞳。今度は、シドが真っ赤になる番だった。
シャワー姿は恥ずかしいってのに、こういう台詞は平気で言いやがる。おかしな奴だ。
「え、い、いやー、忘れてなんかいねえよ。」
「嘘をつくな。」
「嘘じゃねえって!」
髪の長さなんか、俺様にとっちゃ、たいした問題じゃねえんだ。
お前がそうやって素直になった今となっては・・・・・な。
シドは照れくささをごまかすように、シャワーを全開にする。
コスタに時折訪れるスコールのような激しい水音が、バスルームに響く。
不思議そうに見つめる紅い瞳に、悪戯っ子のような笑みをたたえて、シドの青い瞳が近付く。
「・・・・・・みんな、まだ起きてんだよ。声、聞かれるとヤバイだろ?」
何かを言いかけたヴィンセントの言葉は、シドの唇に呑み込まれていった。
潮風が開け放たれたままの窓から入り込む。
夜は、まだまだ終わりそうもない。
・ 終 ・