天の羽衣   



開けはなたれた窓から、夜の澄んだ空気が入ってきて、部屋にこもった熱を運んでいってくれる。
シドは、薄闇の中、ズボンだけを履いた格好で、煙草に火を付けようとしてベッドから立ち上がる。
無駄のない、引き締まった腕の筋肉を、ベッドにうつぶせになっているヴィンセントはぼんやりと眼でたどっていた。
ライターを探そうと、ベッドの横の明かりをシドが付けると、いきなり部屋が明るくなったように感じる。
ヴィンセントは、無言で床に散らばる服を指差し、紅い瞳は、シドにそれをとってくれるように頼んでいる。
弱い灯かりに照らされた細い身体は、透けて下が見えるのではないかと思うほどに儚く頼りない。
その白い肌と、肩に掛かった長い髪の黒とのモノトーンは、月明かりに浮かぶ影絵のように神秘的ですらあった。

シドは、床に自らが脱がせて放り出した、白いシャツを拾い上げた。
寝る時に、ヴィンセントが好んで身につけているその服は、ゆったりとした軽いシャツで、その下に息づく肌の白さを想像させるような、薄い生地のものであった。
シドはその滑らかな肌触りを楽しむように頬に当てたまま、椅子に座って煙草の煙を吐いた。

「・・・・・それを。」

早く返せと催促するように、細い指が伸ばされる。
シドは子供のように、かぶりを振ると、シャツをくしゃくしゃに丸めて抱きかかえてしまった。

「・・・・・シド。」
ヴィンセントは少々むっとした様子で、手をつき身を起こそうとした。


「ウータイの、昔話なんだけどよ。」
唐突にシドが口を開いた。
「天の女神さんが、地上に降りてきた時、あまり湖の水がきれいなもんで、つい、着てた羽衣を木にかけて水浴びしてたんだと。
そしたら、たまたまそこを通りかかった漁師がよ、その美しい女神さんに惚れちまってよ、木にかかってた羽衣を隠しちまった。それがないと、女神さん、天に帰れないっていうんで、その漁師さんの所に泣く泣く嫁にいって、暮らす事になっちまった。
二人の間に子供まで出来て、幸せにくらしてたんだけど、ある時、その漁師が子供に歌っていた子守り歌に、その羽衣の隠し場所が歌われていることを知って、羽衣を見つけた女神さん、里が恋しくなって、天に昇ってしまったんだとさ。」


シドは笑いながら、立ち上がった。
「なんかよ、今のお前さんにこれかえしたら、どっかに消えてなくなりそうでさ。」
じっと見つめる紅い二つの瞳に向かって、告げる。
「どこにも行くなよな。」
あわてたように瞬きをすると、くるりと白い身体は背を向けて丸まってしまった。
すると、その耳に、聞きなれない音が入ってきた。思わずふりかえると、シドがシャツの袖を大きな糸切り歯で咥え、力任せに引っ張っているところだった。
長く鋭い音をたてて、袖はまっすぐに引き裂かれた。
半分以上袖が裂かれたシャツを、嬉しそうにシドは振り回した。
「これで、おめえは、天にはかえれねえぜ。」
上目使いでシドの横暴を睨み付けていたヴィンセントは、その言葉を聞くと、眼を潤ませてぷっと吹き出した。




◇ ◇ ◇ ◇




「おい、いつまでねてるんだよ。」
うっすらと眼をひらいたヴィンセントの頭上から、怒鳴り声がふってきた。
すっかり朝の眩しい光に部屋が包み込まれている。
「早くおきろよ。今日は朝イチで移動だぜ。」
シドも寝坊をしたのか、まだ下着だけの姿であった。
ヴィンセントは、霞のかかる頭のままなのか、ベッドの中でぼんやりと、シドの動きを眼で追っている。
「あれ?」
素っ頓狂な声をあげて、シャツを着るシドの手がとまった。
シドの茶色のシャツの袖の途中に出来ていた裂け目から、左腕が突き出している。
「てめえ・・・・・」
素知らぬ顔をしてまた枕に埋められた長い髪を、シドの大きな手がくしゃくしゃかき回した。露になったほっそりしたうなじに、軽く口付けされる感触が伝わってくる。


「俺様は、天を目指して飛んでいってもな。」
シドはそのまま無理矢理シャツに手を通すと、上着を着て、ゴーグルを手に取る。
「腹が減ったら、帰ってきちまうように出来てるんだよ。料理も出来ねえ、おめえの所に。」
身動きもしないヴィンセントの背中に、そう言い放つと、シドは煙草をゴーグルにはさんで、ドアへと向かった。
「急げよ。時間ねえぞ。」
乱暴に閉められたドアの向こうで、シドが機嫌よく口笛を吹いているのが聞こえてきた。


・ 終 ・




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