2003年ダイジェスト


レギュレーション改定

開幕前、レギュレーションの大幅変更がFIAより発表された。 従来は1時間の予選時間で各車12周ずつ走行できた。 それが、予選は1台ずつ1周のアタックのみとなった。 そのため、遅いマシンに邪魔されアタックができないという問題はなくなった。 その代わり、途中で天候が変更した場合に予想外のグリッド順になる可能性がある。 また、従来は、予選と決勝とは別のセッティングを施すことができたが、予選後はパルクフェルメにマシンが保管され、その後のセットアップ変更ができなくなることになった。 従って、予選前にレースセットアップを確定し、そのまま予選を走行せざるを得なくなった。 さらに予選後から決勝まで燃料補給もできなくなったため、燃料搭載量を抑えて予選を走れば意外なマシンが上位グリッドを得ることも可能になった。

このレギュレーション改定がチームの同意を得ずになされたものであるとし、マクラーレンとウィリアムズが遺憾の意を表明し質問状を送付するという動きがあった。 内容は明らかにされていないが、その後の協議の結果、レギュレーション改訂は施行されることになった。

M.シューマッハの苦悩

フェラーリとマクラーレンは開幕戦に旧車を持ち込んできた。 フェラーリは予選で上位を独占し、2002年の再現が予想された。 スタート直後もフェラーリが一気に後続を引き離す展開となった。 しかしR.バリチェロはクラッシュ、M.シューマッハはK.ライコネンとのバトルの末バージボード破損により首位転落、そろって表彰台に上がることはできなかった。 終わってみればD.クルサードが優勝、2位にJ.モントーヤ、3位にK.ライコネンというミシュラン勢が表彰台を独占するという結果となった。

M.シューマッハにとって、開幕戦で19戦連続表彰台記録が途絶えた。 続くマレーシアGPではようやく6位に入賞するが、第3戦ブラジルGPでは、大雨によりクラッシュしたマシンを排除するために設けられた黄旗区間でスピンアウトするという大失態を演じ、25戦振りのリタイアとなった。 これは連続入賞記録がストップしたことも意味していた。 ポイントランキングでは、ブラジルGP終了時、M.シューマッハは8位だった。

M.シューマッハ復活

第4戦サンマリノGP予選2回目の記者会見後、シューマッハ兄弟に母危篤の知らせが入った。 急遽、R.シューマッハのプライベートジェットで兄弟は故郷に飛んだ。 そのまま決勝は欠場かと思われたが、深夜、2人はイモラに戻ってきた。 母は決勝日の未明に亡くなったという。 悲しい気持ちを持ったまま、兄弟は腕に喪章を着け、グリッドに着いた。 レースはR.シューマッハが先行しM.シューマッハが追うというシューマッハ兄弟の争いで始まった。 M.シューマッハは最初のピットストップまで弟にプレッシャーをかけ続けた。 そして最初のピットストップでR.シューマッハを抜くことに成功すると、そのまま独走しチェッカーを受けた。 念願の今期初優勝だったが、笑顔はなかった。 FIAから優勝記者会見の免除を受け、シューマッハ兄弟は故郷へ帰っていった。

続くスペインGPフェラーリの新車がデビュー、これを駆りM.シューマッハは連勝、さらに続くオーストリアGPでも優勝を遂げた。 ランキングは2位、ランキングトップのK.ライコネンとの差は2点となっていた。

よみがえったウィリアムズ

シーズン序盤、今期投入されたウィリアムズの新車FW25は駄作と噂された。 序盤は不振だった。 しかし徐々にマシンの性能を発揮し始めた。

第7戦モナコGPでついにJ.モントーヤが今季初優勝、続くカナダGPではM.シューマッハが優勝するも、2位と3位はウィリアムズ勢だった。 第9戦ヨーロッパGPと第10戦フランスGPでは共にR.シューマッハが優勝、2位にJ.モントーヤが入り、ウィリアムズ完全復活を印象づけた。

シーズン中盤、M.シューマッハは失速した。

第13戦ハンガリーGP終了時、ランキングトップはM.シューマッハだったが、その1点後ろにJ.モントーヤ、さらにその1点後ろにK.ライコネンが来ていた。 コンストラクターズ選手権ではウィリアムズがフェラーリをリードしている。 残りはたったの4戦、そして次の第14戦はイタリアGPである。 フェラーリとしては地元としてもチャンピオン争いとしても絶対に負けられないレースである。 J.モントーヤとK.ライコネンにとっては、ここでポイントを逆転して終盤につなげておきたい。

正念場

イタリアGP前のモンツァテストでフェラーリは2000本ものタイヤを持ち込んだ。 その甲斐があったか、第14戦イタリアGPでM.シューマッハがポールポジションを獲得した。 しかし2位にはJ.モントーヤが来ている。 もう一人のチャンピオン候補K.ライコネンは4位だった。

決勝はM.シューマッハが先行、すぐ後にJ.モントーヤがつけた。 1回目のピットストップまでにM.シューマッハはJ.モントーヤを5秒ほど離していた。 しかし2セット目のM.シューマッハのタイヤで思うようにペースを上げることができなかったためJ.モントーヤが急接近してきた。 2回目のピットストップはJ.モントーヤが先だった。 J.モントーヤはM.シューマッハのピットアウト後にM.シューマッハの前に出ることを期待した。 2周後にM.シューマッハがピットイン、かろうじてJ.モントーヤの前でレースに復帰した。 終盤、二人の間に周回遅れのH-H.フレンツェンが入ったため差が広がってしまった。 J.モントーヤはここでポジションキープに切り替えた。 K.ライコネンはR.バリチェロを抜きあぐね4位で完走した。

絶対に勝たなければならない一戦でフェラーリは踏ん張った。

当然、続くアメリカGPで、J.モントーヤもK.ライコネンもM.シューマッハに先行することを狙っていた。 しかし、変わり続ける天候にミシュラン・タイヤの性能が発揮されず、M.シューマッハが優勝した。 J.モントーヤはR.バリチェロとの接触によりペナルティまで課せられ、これでチャンピオン争いから脱落した。

最終戦

アメリカGP終了時点でランキングトップはM.シューマッハ、ランキング2位にK.ライコネン、その差は9点となった。 最終戦日本GPでK.ライコネンがM.シューマッハを逆転しチャンピオンとなるには、K.ライコネン自身が優勝し、さらにM.シューマッハがノーポイントに終わる場合のみだった。

M.シューマッハのチャンピオンは確実かと思われたが、日本GP予選2回目途中に降った雨で大混乱となった。 霧のような雨は予選2回目が始める頃から降っていたが、傘を差すほどではなかった。 それがやがて雨と認識できるようになり、最後の5人が走る頃には傘が必要となってきた。 最後の3人であるM.シューマッハは雨により予選14位、R.シューマッハ、J.トゥルーリはアタックできずに終わった。 M.シューマッハの敵K.ライコネンも雨に泣かされたが、それでもM.シューマッハの前である8位のグリッドを獲得した。

決勝では、M.シューマッハは、プレッシャーからか、荒れたドライビングを連発する。 この日本GPでF1ドライバー復活となった佐藤琢磨に追突する、C.ダ・マッタ攻略中にパニックブレーキを踏む、まったく本調子ではなかった。 一方のK.ライコネンは徐々に順位を上げ終盤は2位となった。 トップはR.バリチェロである。 R.バリチェロに万が一のことが発生すれば、逆転チャンピオンの条件の一つである優勝を遂げることができる。 しかしそれはならなかった。 K.ライコネン自身のペースは上がらず、また、R.バリチェロに異変は起きなかった。 さらにM.シューマッハは8位まで上がってきた。 結局、R.バリチェロが今期2勝目を挙げ、M.シューマッハは8位1ポイントを獲得することにより、M.シューマッハの6度目のタイトルが決定した。

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