1987年ダイジェスト


ホンダエンジンが非常にパワフルであり,それを搭載したウィリアムズが圧倒的なパフォーマンスを見せつけた. ホンダエンジンは,ウィリアムズ以外にはロータスに供給されていた. しかしロータスはアクティブサスペンションの熟成に手間取り,常にウィリアムズの後塵を拝していた. ドライバーズタイトル争いは,ウィリアムズのドライバー同士で争われた.

第15戦日本GP.

N.ピケはそれまで3勝して73点を獲得している. 彼は第2戦サンマリノGPでのクラッシュが原因で体調不良を起こしていたが,ポイントは着実に稼いでいた. 一方のN.マンセルは安定感がなく6勝しているものの61点しか獲得していなかった. N.マンセルがタイトルを獲得するには次の第16戦オーストラリアGPとあわせて連勝しなければならない.

予選が始まった. N.マンセルはポールポジションを獲得しておきたかった.

N.マンセルがアタックを開始する. S字カーブに差し掛かった. しかしここでウィリアムズはスピンをしてしまった. 後部からタイヤバリアに激突し,マシンは宙高く舞い上がった. コース上に着地し静止したとき,N.マンセルは背骨を痛めていることに気づいた.

N.マンセルは病院へ運ばれ,レース出走は断念した. こうしてN.ピケの3度目のタイトルが確定した.

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