1986年ダイジェスト


ウィリアムズに搭載されたホンダエンジンが非常に強力だったこともあり,コンストラクターズタイトルは,ウィリアムズが簡単に獲得した.

ドライバーズチャンピオン候補筆頭はブラバムからウィリアムズに移籍してきた,チャンピオン経験者であるN.ピケだった. しかしN.ピケとN.マンセルが同チーム内でライバルと化し,得点を奪い合った. また,予想できない悲劇がウィリアムズチームを襲った. ウィリアムズの総帥であるフランク・ウィリアムズが交通事故により重傷を負ってしまう. リハビリ中はチームの方向性が失われ,混乱した. それに乗じて,A.プロストが得点を伸ばしてきた. そしてチャンピオン争いは最終戦までもつれた.

最終戦,オーストラリアGP.

N.マンセルは3位に入ればチャンピオンになれる. A.プロストとN.ピケは優勝するしかなく,あとはN.マンセルの順位次第だ. N.マンセル断然有利の状況で最終戦を迎えていた.

ポールはN.マンセルで2位はN.ピケとなり,ウィリアムズがフロントローに並んだ. A.プロストは4位だった.

レース前にA.プロストとK.ロズベルグは話し合っていた. K.ロズベルグはA.プロストのためなら,できることがあればなんでもする. A.プロストが上位にあがるまではK.ロズベルグはおとり役を演じよう……

スタート!

N.マンセルはスタートを上手に決めたが, すぐにA.セナに抜かれる. その隙をついて,N.ピケとK.ロズベルグもN.マンセルをパスする. N.マンセルはあっという間に4位まで後退してしまった.

N.マンセルは慎重になっていた. 3位になってもチャンピオンだ, 安全にいこう……

K.ロズベルグが7周目にトップに立つ. その後K.ロズベルグがぐんぐん先行していった 燃費のことなど考えていないような走りだった

23周目,N.ピケがスピンをしてしまう. 優勝しか手がないN.ピケにとっては手痛いミスだった. 彼のミスによりA.プロストとN.マンセルが順位を上げる.

32周目,G.ベルガーを周回遅れにしようとしていたA.プロストが軽く接触し,タイヤに変調を感じる. ピットインしている間にウィリアムズの2人より20秒以上も差を付けられてしまった. A.プロストにとって,絶望的な差か?

ここで,タイヤのサービスマンがA.プロストのタイヤを見て驚いた. 予想以上に摩耗が少ない! これではタイヤ交換の必要はない. 各チームにこのことを伝えた.

新品タイヤのA.プロストはウィリアムズの2人に急接近していた. 燃費はきつくなっていたが,優勝しかないA.プロストは勝負に出ていた.

63周目,トップのK.ロズベルグの右リアタイヤが突然ブローした. 異変を感じたK.ロズベルグはすぐさまエンジンを切り,バックストレートが終わる地点でマシンを止めた.

翌周,このレースで最大のアクシデントがバックストレートで発生した. 300km/h以上で走行していたN.マンセルの左リアタイヤが激しくバーストした! 車高を落とし,マシンの下面と路面が激しく擦れて猛烈なスパークが飛んだ. この火花とともに手中にしていたと思われたチャンピオンの座がN.マンセルのもとから飛んでいった.

2台続けてタイヤアクシデントが発生した. 当然ほかのマシンにも同じことが発生する危険性があった. N.ピケがタイヤ交換のためピットインする. A.プロストはすでにタイヤ交換に入っていたため,いまはピットに入る必要はない. レースに戻ったN.ピケはA.プロストを猛追した. 対するA.プロストはレース中盤にペースを上げたことにより燃費が気になり,ペースを落とさざるをえない. 2人は接近していった. N.ピケは最終ラップに最速ラップをたたくが,結局A.プロストに届かなかった.

A.プロストの逆転チャンピオンが決定した.

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