ルノーは1977年にターボエンジン搭載マシンをグランプリの世界に投入した.
大多数のチームはターボエンジン搭載マシンはグランプリの世界では不利であると考えていた.
ターボエンジンはスロットルを踏み込んでから加速するまでの間に若干の遅れが生じる(ターボラグ). この性質は加減速を繰り返すグランプリレースでは大きな弱点である.
さらにターボエンジンが不利になると考えられる要素があった. 自然吸気エンジンとの排気量の換算比である. F1以外のレースでは,ターボエンジンと自然吸気エンジンの換算比が1.4に設定されていた. つまり自然吸気エンジンの排気量が3リットルの場合は2.14リットルまで許されていた. しかしF1では違う. 換算比は2であり,ターボエンジンの排気量は1.5リットルまでしか認められていなかった. 自然吸気エンジンに勝つためには過給圧を上げなければならない. しかし過給圧を上げるとエンジンが壊れてしまう. この繰り返しだった.
ある会議の席上で,排気量の換算比が2というのは酷ではないかとの話がでた. そのときルノーのエンジン開発チーフは,我々はすでに存在している“換算比2”という厳しいルールにチャレンジしている,このルールを変更する必要はないと言った.
ルノーは第7戦モナコGPで,ターボをそれまでのギャレット製シングルツインからKKK製ツインに変更した. これでスロットルラグが改善された. そしてフランスGPに望んだ.
それまでの予想を大きく裏切り,2台のルノーはフロントロウを占めた. ターボラグのため,スタートは出遅れたが中盤に入りそれまで首位のG.ビルニューブをJ.P.ジャブイーユは抜き去った.
終盤,タイヤが摩耗したG.ビルニューブにR.アルヌーが接近してきた. いったんはR.アルヌーがG.ビルニューブを抜いたが,J.P.ジャブイーユのように引き離すことはできなかった. G.ビルニューブも意地をみせた. 2台はコーナーごとに真横にならび,時にはぶつけながらチェッカーを目指した.
J.P.ジャブイーユ優勝!
ルノーの母国でルノーのターボエンジンが初優勝を遂げた.
その後方では激しい2位争いだ. G.ビルニューブがかろうじて先にチェッカーを受け,ルノーの1-2フィニッシュを食い止めた.
この年のシーズン前半はリジェのマシンが他を圧倒する成績を残した. 開幕から連続してJ.ラフィーがポールポジションから優勝した. この2戦はリジェのマシン以外はトップを走ることなく,ファステストラップも取れなかった.
第3戦南アフリカGPでフェラーリは312T4をデビューさせた. 今度はフェラーリのマシンが,次のロングビーチと続けて1-2フィニッシュを果たした.
続く第5戦スペインGPではリジェのP.ドゥパイエがにてポール・トゥ・ウィンを果たす. しかし不幸にも彼は6月にハンググライダーの事故により両足骨折しシーズン脱落を余儀なくされてしまう. 代役はスポンサーであるジタンの影響によりJ.イクスとなった. しかし期待された戦果はあげられなかった. また,空力開発設備をシーズン途中から変更しこれが完全に裏目にでた格好になった.
第5戦以降,リジェは一勝もすることなくシーズンを終えた.
中盤以降に台頭してきたのがウィリアムズのFW07だった. 第9戦イギリスGPでC.レガッツォーニによりウィリアムズにとって初優勝を遂げる. ウィリアムズの場合は初優勝の勢いが続いた. 第9戦から第15戦までの7レースで5勝を果たしシーズン後半は完全にウィリアムズのペースであった.
タイトルは第13戦イタリアGPでJ.シェクター-G.ビルニューブの1-2フィニッシュによってJ.シェクターがタイトルを取った.