1978年ダイジェスト


前年,ロータスが採用したグランドエフェクトカー“78”が進化し“79”となった. ロータス79は十分速かった. 全16戦中8勝し,1-2フィニッシュは4回を数えた.

タイトル争いはロータスのドライバー間で争われた. しかし,1-2フィニッシュの内訳を見ると,必ずR.ペテルソンの前にM.アンドレッティがいた. チームオーダーが存在するらしいことは推測できる.

イタリアGPを迎えた.

スタート直前,F1マシンがスターティンググリッドに戻ってきた.

予選上位のマシンはグリッドに着いて静止した.

予選下位のマシンはグリッドに着いている最中だ.

ここでスタートの合図がなされた. 予選下位のマシンはこの瞬間は初速がある. あっと言う間に予選上位のマシンの横に並んだ.

モンツァのコース幅はストレートから1コーナーに向かって急激に狭くなっていく. 横一杯に広がったマシン群のうち,行き場がなくなったマシンがクラッシュを引き起こした. 後続も大混乱で,11台がクラッシュに巻き込まれた.

R.ペテルソンは両足複雑骨折,V.ブランビラはタイヤが頭に当たり意識不明だった. V.ブランビラは病院にて長い療養生活を必要とした. 一方のR.ペテルソンは事故翌日に容体が急変し死亡した.

そして,M.アンドレッティのタイトルが決まった.

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