1967年ダイジェスト


第9戦イタリアGPは,序盤,ロータスのG.ヒルとJ.クラークがリードしていた. しかし,余裕の独走態勢とは言えなかった. J.クラークのハンドリングが徐々に悪化していたからだった. 原因は右後輪のパンクだった. それに気づいたJ.クラークはピットインして,タイヤ交換をする.

ピットアウトしたときには,すでにトップから一周遅れであった. これで彼の優勝の目がなくなったかに思われたが,ここから怒濤の快進撃が始まった. 一周につき1秒以上もトップのマシンより速い! あっと言う間にトップと同一ラップに並んだ.

レースは終盤に入った. 突然G.ヒルのペースが落ちた. エンジントラブルだった. もう一人のロータスワークスドライバーであるJ.クラークは,J.サーティースとJ.ブラバムをあっと言う間にかわし,トップに立った.

J.サーティースにしても,J.ブラバムにしても,簡単にあきらめるわけにはいかない. J.クラークを激しく追う. ドラマはラスト,ファイナルラップに訪れた. なんと,J.クラークがガス欠でストップ! これで首位はJ.サーティースに変わった. 背後にはJ.ブラバムがいる. レースはもう一周も残っていない.

J.ブラバムがJ.サーティースを攻めるが,なかなか抜くことができない. 最終コーナーのパラボリカにやってきた. J.サーティースが,コーナーで,僅かにインを空けた. J.ブラバムはここに潜り込んだ. しかし,そこにはオイルと滑り止めの石灰が撒かれていた. J.ブラバムは姿勢を乱した.

コーナー出口はJ.サーティースが前だった. しかし,立ち上がりはブラバムの方が上だ. 姿勢を立て直したJ.ブラバムがJ.サーティースに急接近していく.

ゴールラインではJ.サーティースが僅かに前だった. そして,その直後にJ.ブラバムがJ.サーティースより前に出た. J.サーティースが,かろうじて激戦を制した!

この年,フォードが出資し,コスワースが製造するエンジン,フォード・コスワースDFVがデビューした. デビューはオランダGPであった. J.クラークの手により,このエンジンはデビュー・トゥ・ウィンを飾った. しかし,初期トラブルが発生したこともあり,チャンピオンにはなれなかった.

1967年のコンストラクターズタイトルは前年同様ブラバム/レプコであった. ドライバーズタイトルは最終戦にもつれ込んだ. J.ブラバムとD.ハルムという,同じチーム内での争いだった. ブラバムのボス,J.ブラバムとしては,優勝するより他,D.ハルムからチャンピオンの座を奪うことはできない状況だった. しかし,優勝はロータス/フォードのJ.クラークであり,J.ブラバムの逆転チャンピオンはならなかった.

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