1962年ダイジェスト


前年新しくなった1.5リットルレギュレーションに苦しめられたイギリス勢の準備が,ようやく整った. 一方フェラーリは前年のマシンで戦いを挑んだ. しかし,新レギュレーション対応のイギリス勢に対して苦戦を強いられ,前年とは打って変わって一勝もする事ができなかった.

この年,ロータスはモノコック構造のマシン,ロータス25をグランプリの世界に投入してきた. 従来のフォーミュラマシンは,パイプを張り巡らしたスペースフレーム構造だった. それに対してモノコック構造はボディがそのままシャシーフレームになっている. 外皮に負荷を負担させる構造になっている. これにより,軽量でねじり合成を大幅にアップすることができた. このマシンで,この年9戦中4勝を達成してコンストラクターズタイトルを獲得したBRMを追い回した.

ドライバーズタイトル争いは,BRMのG.ヒルとロータス/クライマックスのJ.クラークとの間で争われた. 最終戦の南アフリカGP,J.クラークにとっては,優勝かつG.ヒルが無得点の場合にのみタイトルを獲得できる. 非常に辛い立場に立っていたJ.クラークだったが,決着はあっけなかった. ロータスはレース終盤にオイル漏れでリタイアした. これでBRMのG.ヒルがドライバーズタイトルを獲得した.

ちなみに,シリーズが始まる前には,タイトル獲得の最有力候補は,今年こそS.モスであろうと思われた. しかし,開幕前の非選手権F1レースで瀕死の重傷を追ってしまった. これがきっかけとなり,S.モスはGPの世界から引退することを決意した.

先頭へ