1958年ダイジェスト


前年シリーズを席巻したマセラーティがワークス活動をやめたため,J.M.ファンジオはプライベータとして活動せざるを得なくなった. 初戦のポールポジションは獲得するがマシンには戦闘力はなく,J.M.ファンジオはフランスGP後に引退した. そのため,過去3年連続J.M.ファンジオに破れてシリーズ2位のS.モスにチャンピオンのチャンスが訪れた. 1958年こそ,S.モスの年になるか?

チャンピオン争いは最終戦までもつれた. それまでS.モス3勝,M.ホーソーン1勝と勝ち星ではS.モスは優勢だった. しかし,M.ホーソーンはシーズンを通してポイントを着実に稼ぐことに成功しており,ポイントではS.モスを8ポイントも上回っていた. S.モスが最終戦でポイントを逆転するには,S.モスが優勝とファステストラップ獲得し,さらにM.ホーソーンが3位以下でフィニッシュする必要があった.

スタート直後から,ファステストラップをも獲得しなくてはいけないS.モスは勢いよく飛ばしていった. 一方のM.ホーソーンは3位争いの4位がやっとの状況で,このままいけば,S.モスの逆転タイトルだった. しかし,終盤,3位のT.ブルックスがトラブルでリタイアし,M.ホーソーンは3位に浮上した. あと1つ順位をあげれば,M.ホーソーンのタイトルが決定する. そして,2位を走っているのが,M.ホーソーンのチームメート,P.ヒルだった. ここで勝負が終わった. フェラーリのピットからP.ヒルに,スローダウンのサインが出て,M.ホーソーンが2位に浮上した.

優勝S.モス. ファステストラップ獲得者S.モス. しかし,M.ホーソーンは2位となり,この年のチャンピオンはM.ホーソーンが獲得した.

M.ホーソーンはシーズン後に引退を決意した. その数ヶ月後,彼は交通事故でこの世を去っていった.

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