1950年ダイジェスト


ドライバーズ・チャンピオンシップが始まった. それまで世界各国でバラバラに開催されていたグランプリレースを,この年から一つにまとめることにしたのである.

チャンピオンシップ初年度は,インディアナポリスを除いてアルファ・ロメオ勢が全戦ポールポジション・ファステストラップ・優勝という圧倒的な結果を残した.

この年のタイトル争いは最終戦までもつれ込んだ. ランキングは1位F.M.ファンジオ 2位L.ファジオーリ 3位G.ファリーナ. ここで,不運なトラブルがランキングトップのファンジオに襲いかかった. まず,ギアボックス・トラブルで停まってしまった. P.タルッフィのマシンに乗り換えて猛追するが,今度はエンジントラブルが発生した. 結局リタイアし,初年度のタイトルをあきらめざるを得なかった.

優勝は,タイトル争いをしていた3人の中では一番ポイントの少なかったG.ファリーナだった. 彼が大逆転で初代チャンピオンとなった.

確かにこの年はアルファ・ロメオの年であった. しかし,1.5リットルスーパーチャージャーエンジンは,パワーはあるが燃費が非常に悪かった. 一方フェラーリは,アルファ・ロメオと同じスーパーチャージャー・マシンでは対抗できないという考えから自然吸気エンジンを投入していた. これがシーズン後半になると,「これからのマシン」として浮上してきた. 最終戦ではアルファ・ロメオはフェラーリに追い回された.

シーズン前半,手をつけられなかったアルファ・ロメオの優位は,後半になって陰りを見せていた. 彼らのアルファロメオ158は戦前のマシンであり,時代遅れになりつつあった.

先頭へ