新幹線アトラス 意外と知られていない?黎明期の新幹線の製品達…の広告など



表紙
序章:最近のトピック
第1章:0系量産型
第2章:試作A・B編成
第3章:新幹線の骨董品
第4章:新幹線年表
掲示板
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 東海道新幹線用コンテナー電車
scale 1:80/16.5mm
特製品(塗装済完成品)
発売:ニットー教材
写真: fig1:TMS 1961年(昭和36年)12月号「ニットー教材広告」
fig2:TMS 1963年(昭和38年)3月号「ニットー教材広告」より引用

昭和35年当時,想像図だけが発表されていた貨物用新幹線の想像図を基にして作られたと考えられる製品である.この製品を,某銀座の4階で委託品として出品されているのを一度だけ見たことがある.その価格はプレミアつきまくりで,とても購入できるものではなかった.7輛編成である.
 このように古い製品は,発売当時を知っている人や,古い製品に詳しい人しか知らないのも無理は無いとも思えるが,某模型店でも発売元をカ○ミ特製品と書いていた.

実車について…世界銀行から借款のために,貨物新幹線の想像図が作られた.この貨物新幹線の想像図は昭和35年8月発行の”四年後の東海道線”で発表された.イラストにはコンテナを積んだ電動貨車が描かれている.東海道新幹線での貨物輸送計画はコンテナ輸送とピギーバック方式(トレーラーを直接貨車に積み込む)が考えられていたようである.最高時速150km,夜間運転で東京−大阪間5時間半程度が計画されていた.
 ”新幹線をつくった男 島英雄物語”によるとこの貨物新幹線計画は,金を借りるための世銀向けのポーズで,実際には構想すら無かったとある.
1961年12月号「ニットー教材広告」
▲fig1▼fig2
貨物用新幹線の想像図貨物新幹線の想像図 1963年3月「ニットー教材広告」


製品について…実物を見たのがもう数年前になるので(98年頃)細部はかなり曖昧ではある….はっきり覚えていることは,でかいということ.長さがではなく,幅がであった.隣に並んでいたカツミの0系に比べても幅・高さ共に大きかった.どうやら1:80の16.5mmで作られたようである.
 製品は7輛編成で両端の車輛は運転室付きの制御車(機関車でない)で,後ろにコンテナを5個積んでいた.制御室は湘南顔の2枚窓で,腰の部分に大型の前照灯.製品にはこの部分にアイボリーの帯を巻いていた.車体の塗色は貨物車も含め青であった.写真からも分かるように,中間車の1輛はパンタグラフが載る部屋付きの車輛である.パンタグラフはY字型のシングルアームのものが2個付いていた.この車輛はコンテナを部屋の両側に2+3の計5個搭載していた.残りの3輛はただのコンテナ車で,コンテナを6個搭載していた.コンテナの色はグリーンのと銀のものだったような気がする.パンタ付きの車輛にのっていたコンテナは銀色のタンク型で枕木方向に搭載されていた.
ニットー教材製コンテナ電車
▲TMS 1961年(昭和36年)12月号「ニットー教材広告」より引用

過去の資料(鉄道模型趣味”TMS”…新幹線が走り出す前から発売されていた模型本はもちろんこれのみ)を漁ると,1961年(昭和36年)12月号のニットー教材の広告でこの製品が初めて出てきていた.そこには特製品”東海道新幹線用 コンテナー電車”として製品の写真入りで掲載されていた.よってこの頃発売されたのでは?と考えられ,ということは想像図が発表されてから1年足らずで製品が発売されたことになる.新幹線関連のHO製品としては,過去の広告を見る限りこの製品が最初である.
 次に誌面に登場していたのが,2年後の1963年3月号の同社の広告で,ここでは”新幹線 コンテナー電車(7輛編成完成品)
55,000円”と掲載されていた.TMSが1冊160円,カツミのキハ82M付きが2,700円の時代にである….余談ではあるが,この3月号のニットー教材の広告で,同時に宮沢模型店製の新幹線試作電車の広告が初掲載されていた.なぜか宮沢模型店の自社広告では触れていなかったのだが….なにぶんにも若輩であるため,ニットー教材という模型店は知らないが,この当時TMSで1ページ全面の広告を出しているのがココと天賞堂位と少なかったので模型店として結構知られている存在だったのかも?
 よって,車体が大きいのもしょうがないのかもしれない.なんせ在来線(あっ,まだ当時はそんな言葉も無いか…)の車輛がHOサイズでは,1:80で作られていたのだから….
 
新幹線フリークとしては,いつかは手に入れたい製品ではある.

 新幹線 試作電車011,012
scale 1:87
塗装済完成ボディー
製造:宮沢模型
写真:TMS 1963年(昭和38年)5月号「日東科学教材(株)広告」より引用
0系試作製品広告
別項で紹介している試作車輛の広告について.上でも述べたように,TMS1963年3月号のニットー教材の広告で初出.次に出ていたのは同年5月号の日東化学教材(株)の広告である.この広告には写真も掲載されており,”夢の超特急ボディー”,”東京〜大阪間を3時間で結ぶ超特急の塗装ボディー.先頭車と最後部車の2種.真鍮製・ライト類一式付き.各送料共1,900円”とある.
 この日東化学教材の広告では,A編成のようである.1962年6月にA・B編成共新製され走行開始されている上,63年3月にはB編成による最高時速256kmを記録し,世間でも夢の超特急として盛り上がっていた時代である.
 製品に付いては試作車の項に詳しいが,この製品は1:87で製作されている.ニットー教材のコンテナー電車発売から約2年後,外国車輛と同じ3.5mmスケールのHOの日本型車輛の製品で,製作は宮沢模型である.
 なぜか,この製品は1:80で作られていると思いこんでいる方が多いようで,
模型誌でもこれまでこの車輛が登場すると”1:80なので大きめである”と書いている事がある
 当初,先頭車のみ発売されたようで,いつ頃6角窓の中間車達が発売されたのかは不明であった(その後の広告には登場していないため).製品はボディーのみで台車は付属していないようである.また,パンタグラフもPT16?が製品には付属していたようである.


 新幹線電車
scale 1:87
塗装済完成品
製造・発売:カツミ模型店
記事:TMS 1964年(昭和38年)10月号「製品の紹介」より引用

今日まで何回もマイナーチェンジを繰り返しながらも,基本仕様はそのままで発売され続けてきた,カツミ製0系の第1回製品の詳しい広告は1964年(昭和38年)7月号である.この号で発売形式と価格が発表されている.この3〜4号前から発売予告はされていたが…
 その広告の内容は次の通り.
21形式(1号車)2,650円
16形式(8号車)2,340円
35形式(9号車)1,630円
22形式(12号車)3,370円
先頭部は継目無しの1枚板のしぼり出し.屋根はエッチング加工で左右ベンチレーターと歩み板を表現.
一段下げた屋根にパンタグラフを裏側から取付けてあり,このパンタグラフは固定式です.また1等車の扉は金色のフチドリがしてあります.モーターは偶数号車(パンタ付)に各1個ずつ取付け.中間車に動力集中化もできます.
室内灯・前照灯・尾灯はスイッチ付.
次に下の記事はカツミ製0系の最初の製品の紹介記事である.TMS1964年(昭和39年)10月号より引用させていただいた.
東海道新幹線は,いよいよ10月から営業を開始する.列車はすべて12輛編成で,大阪寄りが1号車になっており7形式から構成されている.新幹線電車の形式は,従来の国鉄車輛とは全く違う規程によって付けられ,7形式の内訳は次の通りである.
・21形(1号車) MC
・26形(2,4,6,10号車) M’(26形には2種類ある)
・25形(3,11号車) M
・35形(5,9号車) MB
・15形(7号車) MS
・16形(8号車) M’S
・22形(12号車) M’C
なおM’は電源車(パンタ付),Bはビュッフェ合造,Sは1等車を示す.

 新幹線電車のモデルは,プラ製など玩具的なものまで含めて,すでに何種類か発売されており,その中には9mmゲージまであるが,ここでは量産車を始めて揃えたカツミ製品を紹介しよう.
 種類は21,16,35,22の各形式で,一応この4形式をつなぐと新幹線電車の感じが味わえるが,このあと26と25の2形式が発売されるので,15形を除く6形式が揃うことになる.
 新幹線のモデルが,はたして一般モデルマニア……特に本誌読者にどの程度アッピールするか,これはかなりの疑問をもつが,この製品を見ると,やはりメーカーでもその点を承知しているようで,全体的にかなり簡略化して,主にデパートの購買層を対象にしているように思われる.
 
縮尺は1/87すなわち3.5mmスケールで,遂に国鉄車輛のHOが現れたわけである.それでも,実物の全長が25mであるから,モデルでも車体長で280mm,先頭車(21,22形)は286mmとかなりの長さになり,車体幅は39mm,屋根迄の高さは46mmである.
 さて,4形式の内,16形と22形がモーター付になっている.両形式とも実物では電源車と呼ばれ,小さなパンタが付いているのでわかりやすい.この内16形は2個モーターにもできるようになっている.
 車体は側板と屋根とが別の板で作ってあり,屋根には平面的だがエッチングによってディテールがついている.
先頭部の流線型部分は一体プレス製で,乗務員ドアーの所で側板及び屋根と継いである.この車輛で最も大切な,しかも最も表現しにくい,むずかしい部分といえよう.
 パンタグラフはPS200と称する非常に小さなもので
上昇したままの状態に固定してあり,折りたたみ不能の注意が包装にゴム印で押してある.
 室内灯は各車2個ずつ.先頭車のヘッドとテールは,写真のように上下に透明と赤の豆電球が1個ずつ付き,簡単な反射板により左右両方のライトがついているように見せている.もちろん,セレンによりヘッドとテールのいずれかに切りかえられる.ライトの点滅スイッチ及びコンタクトは,従来のカツミ国電シリーズと同じ方式である.
 
床下機器は全部省略してあり,床下は動力車のみにウエイトが取付けてある程度で,いたってさっぱりしている.スカートがあるとはいえ,それでも実物は床下機器がけっこう見えるのだから,これはかなり思いきった措置といえよう.
 対照的なのは台車で,
ドロップフォージング製の良好な台車枠を使っており,特に車輪はディスクブレーキ式を表現するため特製しているというこりようである.動力装置は一般的な方式でDV18Cとウォーム及び連動ギヤーによるもの.連動ギヤーは軸距28.6mm,スパー5枚の内3枚がデルリン製である.
 実物と対照してみると,先頭車の前部台車がかなり後退していること,及び35形のビュッフェ側車端部のドアーに窓があいていることが気になったが,前者は模型化のため,後者は実物とほとんど同時ぐらいに設計生産した製品だから,やむをえなかったのであろう.
 塗色は,屋根が銀色,サイドがブルーとアイボリー,床下が黒,
先頭車の大きな前頭照明は運転室の窓枠と共に銀色に塗って表現,そのほか1等車(16形)のドアーのフチドリと1の標記が金で入っている