毎日新聞 2006年1月6日 東京朝刊
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記者の目:少年少女の夢の扉を閉ざすな=秋山信一(岐阜支局)
校庭で遊ぶ日系ブラジル人の少年たち。彼らの未来を閉ざしてはならない=岐阜県大
垣市内の小学校で、宮田正和写す ◇外国人の義務教育化、急務−−法律で国民理解
獲得を
岐阜県多治見市で昨年5月、日系ブラジル人兄弟が警察官から拳銃を奪った事件を
機に日系人社会を取材するうち、外国人というだけで子供たちが平等な教育の機会を
与えられていない実態を知った。教育現場で出会った子供たちは希望に満ちた表情で
素直な夢を語ってくれた。将来に何の疑いも持たないその瞳を見て、「早く差別をな
くさなければ」と思う。
「外国人に義務教育はない」。小学校でそう聞かされて驚いた。小学校時代に韓国
人の同級生がいたので、日本人と同じだと思い込んでいた。しかし、教育基本法で義
務教育が保障されているのは日本国民だけである。
外国人でも公立校に入学はできる。だが、学習指導要領に外国人教育の細かい規定
はなく、指導は学校任せ。日本人と同じ授業を受けるが、日本語のできない子の多く
がついていけない。
岐阜県大垣市の公立中学に通う日系ブラジル人少年(12)は、まだ日本語の会話
も読み書きもできない。授業中はうつむき、暗い表情だ。少年にはほかにも悩みがあ
る。「同級生の会話に自分の名前だけ聞き取れた時は、悪口を言われているのではな
いかと心配になる」。学校にポルトガル語ができる教師はおらず、相談相手もいな
い。故国で優等生だった少年は自信を失っている。
外国人が日本語と算数の基礎教育を受ける「日本語教室」の時間は、少年の表情も
明るい。だが教室は週1回だけ。指導体制は学年が違う5〜8人の子供に教師2人、
通訳1人と手薄で、教材も教師の手作りだ。
国内には母語教育を行うブラジル学校も76校あるが、やはり日本の学校との差別
に苦しむ。学校として認可されれば公的支援を受けられるが、認可権のある都道府県
の大半は自前の土地・建物や一定の資金力を認可の条件としており、資金に乏しいブ
ラジル学校に認可校は一校もない。公的支援や公共交通機関の割引はなく、送迎バス
料金も含めた月謝は平均4万〜5万円。月謝を払えずに学校をやめる子供も多い。
さらに外国人学校は学校教育法で各種学校に区分されるため、認可校であっても義
務教育を行う学校とは認められない。日本の私立校の場合で1人当たり年間約28万
円の国庫補助もない。
大垣市のブラジル学校「HIRO学園」。00年開校当時、子供の数は120人
で、毎月100万円以上の赤字を私財で穴埋めした川瀬充弘学長(50)は「やめよ
うかと悩んだ時期もあった」と振り返る。だが03年に卒業生が本国の国立大に進学
したのを機に評判が高まり、今は0〜17歳の約250人が学ぶ。それでも収支はト
ントンだ。
こうした公立校、外国人学校の双方の事情は不就学児童を生む要因になっている。
岐阜県可児市が04年、義務教育年代の外国人370人の就学状況を調べたところ、
不就学の子供は約7%いた。「学習困難」「経済的理由」が理由の上位。所在不明も
約28%おり、実際の不就学率はもっと高いとみられる。
入管法改正で3世までの日系人の就労が自由になって15年。90年代後半からは
定住化が進み、在日ブラジル人は改正前の19倍の約28万5000人(04年末現
在)に増えた。子供も増え、教育の分野でもさまざまな問題が出てきた。しかし、国
の取り組みはあまりに遅い。国は05年度、全国12都市で不就学の実態調査に乗り
出したが、外国人が多く住む都市で作る「外国人集住都市会議」が不就学対策を国に
提言し始めたのは01年で、既に4年が過ぎている。
そこで私は改革の第一歩として、外国人の義務教育の法律化が急務であると訴えた
い。そもそも日本が94年に批准した「子どもの権利条約」は、すべての子供に初等
教育の義務化と無償提供を定めているのだ。
現場の教師から「義務ではないので不登校の子供や親を指導できない」との嘆きも
聞いた。法律化されれば、行政や学校、親が子供に教育を受けさせる責任を負うこと
になり、支援への国民の理解も得やすくなる。また指導法の確立も進み、専用教科書
の作成や教師の養成が図れる。一定条件を満たした外国人学校を義務教育のできる機
関に加えるべきだという議論も出てくるだろう。
大垣市の少年が照れながら語った夢は「社長になりたい」だった。だが今のままで
は高校進学も難しいだろう。自身の力ではどうしようもない差別が、夢の扉を閉ざそ
うとしている。その現実に私は憤りを覚える。
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